アジア系アメリカ人の投票行動 COVID-19の拡大は選挙にどう影響しているか
こんにちは。雪だるま@選挙です。アジア系アメリカ人は、アメリカで最も人口が成長している人種グループであり、選挙結果に与える影響にも注目が集まっています。2020年のCOVID-19は中国・武漢から世界中に拡大し、アジア系のコミュニティにも差別の急増などの形で大きな影響を与えました。
この記事では、アジア系有権者の人口や居住地域、政治的傾向の歴史的推移を概観し、2020年以降どのような動きを見せてきたか分析します。
アジア系有権者の基本情報
アジア系アメリカ人は、総人口の約7.2%(約2400万人)を占めています。Pew Research Center によると、そのうち投票資格のある有権者は2022年時点で約1335万人と推計されています。2018年からは、約9%増加しています。
居住地域では、西海岸のカリフォルニア州に約32%が居住しています。次いでニューヨーク州、テキサス州、ハワイ州、ニュージャージー州の順に居住している有権者数は多くなっています。
州全体の有権者のうち、アジア系の占める割合が高いのはハワイ州(約55%)、カリフォルニア州(約16%)、ネバダ州(約10%)などとなっています。このうち、最も割合が高いハワイ州では半数以上がアジア系有権者です。また、大統領選挙で激戦となるネバダ州、一部の下院選挙区が激戦となるカリフォルニア州でも、アジア系有権者の割合が多くなっています。
ハワイ州は民主党優位の州ですが、カリフォルニア州、ネバダ州はそれぞれ選挙において重要な意味をもつため、この後詳しく分析します。
アジア系有権者の政治的動向
ここからは、アジア系有権者がどのような投票動向を示しているかに注目します。全体の動向では、この10年間程度は一貫して民主党優位の傾向が続いています。
次に示すのは、2020年大統領選挙、2022年中間選挙の出口調査結果を人種別に示したものです。いずれも、青の民主党候補に投票した人が、赤の共和党候補に投票した人を大きく上回っています。
投票動向の歴史的推移
歴史的に見ると、1990年代までアジア系有権者は共和党に投票する傾向が強く出ていました。次の図は、大統領選挙での投票先を示したものです。
1992年の大統領選挙では、共和党のブッシュ候補に55%、民主党のクリントン候補も31%が投票しています。2000年の選挙で、民主党のゴア候補が共和党のブッシュ(子)候補を上回り、2008年以降は民主党が優位を拡大し続けています。
1990年代に共和党支持が優勢だったのは、冷戦時代のアジア系移民が反共を投票の動機としていたことが理由と考えられています。その後、移民は第2世代以降となり、多くのアメリカ人と同様に外交政策よりも内政を重視して投票するようになったと考えられています。
共和党が不法移民に対して厳しいのに対し、民主党は公民権や人種的マイノリティの利益を保護する姿勢を示しています。内政が投票動機として重要になるにつれて、アジア系有権者は共和党から民主党に移動したとみられます。
さらに、アメリカ社会では一般的に若年層ほどリベラル色が強く、特に10代~20代の「Z世代」はこの傾向が顕著になっています。2010年代以降に民主党支持が突出して増えた要因は、Z世代の選挙参入も関係している可能性が高いといえます。
民族性×投票動向
アジア系有権者全体では、前述したように民主党候補に投票する傾向が強いですが、出身国や民族性によってこの傾向は変化することが知られています。
次の図は、インド系、韓国系、日系、中国系、フィリピン系、ベトナム系の有権者が、民主党 / 共和党候補のいずれを支持するかを示しています。
2022年の中間選挙前の世論調査ですが、ベトナム系有権者では共和党支持(40%)が、民主党支持(35%)を上回っています。
ベトナム系で共和党支持が優勢になっている理由は、冷戦期に亡命してきた反共移民が多かったからだと考えられています。アメリカが軍事介入したベトナム戦争の時期などに、社会主義国の北ベトナムからアメリカに亡命した移民の影響が強く残っているため、ベトナム系では共和党支持が優勢だと考えられています。
一方、最近の研究ではベトナム系の間でも民主党支持が広がっているとされています。ベトナム系アメリカ人が多く居住するカリフォルニア州・オレンジ郡では、50歳以上の有権者のうち68%が共和党員と登録していますが、49歳以下では65%が民主党員と登録しています。
この要因については、アジア系有権者全体の歴史的動向と同じだと考えられています。亡命移民が強い反共で結束しているのに対し、若い有権者は内政を中心に投票先を選択するため、共和党は苦戦を強いられています。
ベトナム系有権者は、共和党→民主党への移動が進んでいる可能性が高く、このことは先ほどの世論調査結果からも推測されます。
バイデン大統領、トランプ前大統領の支持率については、次の図のようにベトナム系のみ突出して回答を留保する割合が多くなっています。これは、共和党→民主党への移動が進む中で、中間に位置して政治的態度を決定していない人が相当数いることを示していると推測しています。
移民世代とアメリカ生まれの世代 投票率の違い
アジア系有権者には、他国からアメリカに移住してきて投票権を獲得した移民(第1世代)と、アメリカで生まれた有権者(第2世代以降)が含まれます。第1世代と第2世代以降では、投票率に違いがあるという研究があります。
次に示すのは、移民世代(Foreign-born)と、アメリカ生まれの世代(U.S.-born)で政治的活動に参加した割合を示すものです。
大きな差があるわけではありませんが、アメリカ生まれの世代は、移民世代と比べて政治運動に参加しやすい傾向があります。
その理由については、複数の先行研究が明らかにしているように、アメリカ生まれの世代のほうが言語の壁が低く、市民権の獲得、コミュニティへの浸透が容易である点などが挙げられています。
この傾向を議論する上で、より重要なのは市民権や投票権を得られるかだという指摘が出ています。次の研究では、移民世代とアメリカ生まれの世代で政治参加への意識・関心は大きく変わらないものの、市民権や投票権を得るまでの社会参画 (Incorporation) が重要であると示唆されています。
2020年以降の状況
COVID-19で増加したアジア系への差別
2020年以降、新型コロナウイルスの感染が世界中で拡大しました。初期の感染が中国・武漢から始まったため、アメリカではアジア系への差別が急増したと報告されています。
FBIの統計によると、2019年から2020年にかけて、アジア系に対しての人種差別は77%増加しました。また、2020年以降、アジア系への様々な憎悪犯罪が発生していると報道されています。
差別や憎悪犯罪の増加は、アジア系有権者の投票行動にどのような影響を与えたのでしょうか。研究では、アジア系の多くが差別や憎悪犯罪の増加はトランプ政権と関連していると考えていて、民主党に投票する要因になっていることが示されています。
トランプ前大統領は2020年のパンデミック初期に、新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼称し、アジア系への差別を煽ったと批判されました。 一方の民主党は、投票動向の歴史的推移を分析した際でも示したように、公民権を擁護する政党とみなされています。
アジア系の有権者は、COVID-19のパンデミックで差別を経験し、民主党に投票する可能性が高まったと考えられています。
差別の経験が民主党への投票意欲を高め得ることは、パンデミック以前から明らかになっていましたが、パンデミックでアジア系への差別が急増したことでこの傾向がより顕著になった可能性があります。
さらに、共和党のトランプ氏と差別の増加が関連しているという認識が広まったことで、2020年の大統領選挙ではバイデン氏への投票が促進されたと分析されています。
2020年大統領選とハリス副大統領
2020年の大統領選挙では、民主党からアジア系のカマラ・ハリス氏が副大統領候補として出馬しました。ハリス副大統領は、アジア系有権者の投票動向にどのような影響を与えたのでしょうか。
まず、一般的にアジア系候補の存在が、選挙においてアジア系有権者に与える影響を分析します。選挙にアジア系候補が出馬していると、同じアジア系の有権者の投票率が高まり、さらにその候補の得票率も高くなる傾向があると考えられています。
この効果は「同じ民族グループに限定されている」とする研究もあります。以下の研究は、例えば、韓国系の候補であれば韓国系アメリカ人の間での得票率が高まる傾向が見られても、他の国にルーツを持つアジア系有権者の間では党派性以上の明確な差は見られない、としています。
これを踏まえて、ハリス副大統領がアジア系候補として与えた影響は、それほど大きくないと示されています。まず、ハリス副大統領はアジアの中でもインド系ですが、最も大きな影響を受けると予測されるインド系アメリカ人は、既にアジア系有権者の中でも突出して民主党支持で固まっています。
民主党の候補が「インド系アメリカ人のハリス氏だった」という理由で共和党から民主党に投票先を変更したインド系の有権者は多くなかった、とみられています。
さらに、ハリス氏はアジア系以外にも黒人をルーツに持っているため、このような多人種的(Biracial)な背景によって、アジア系に特有の投票行動への影響は弱まっていると考えられています。
ハリス副大統領とアジア系有権者の弱い関係性
以上の推論を実証するように、ハリス副大統領は2022年現在、アジア系有権者の中で突出した支持を得ているわけではありません。
次に示すのは、カリフォルニア州のアジア系有権者に限定したバイデン大統領、ニューサム知事、ハリス副大統領の感情温度です。
バイデン氏、ニューサム氏と比較して、ハリス氏が少し遅れを取っていることが分かります。また、民主党予備選を想定して、バイデン氏以外の候補者で誰に投票するかを尋ねた調査では、ハリス氏がサンダース氏、ウォーレン氏などの主要候補に後れを取っていることが分かります。
ハリス氏は、上院議員時代にカリフォルニア州から選出されていたため、カリフォルニア州との政治的繋がりはある程度強固ですが、それでもアジア系有権者からの支持は得られていません。
ハリス氏が大統領候補となった場合には、「支持する」と「支持しない」が拮抗する結果となっていて、民主党が共和党を政党支持で大きく上回っていることを考えると、厳しい結果だと言わざるを得ません。
ハリス氏を支持する要因でも、「民主党候補なら誰でもよい」が最多に上っていて、アジア系にルーツがあるからという回答の割合は低くなっています。
これまでの研究や世論調査の結果からは、アジア系有権者に対するハリス副大統領の求心力(リーチ力)は、一般的な民主党候補者と変わらない水準であると考えてよいでしょう。
アジア系有権者が与える将来的な影響
2020年以降の政治的・社会的状況を前提としながら、アジア系の有権者が選挙や政治にどのような影響を与えるか分析します。
ネバダ州:激戦州で勝敗を分ける要因に
大統領選挙や上院で激戦になるネバダ州は、アジア系の人口が約10%と多くなっています。近年、ネバダ州はヒスパニック系労働者の保守化に伴い共和党寄りに動いている州で、全米で最も激戦と言ってもよい水準です。
2022年の中間選挙では、知事選では1.4ポイント差で共和党候補、上院議員選では0.9ポイント差で民主党候補が勝利しています。アジア系有権者の割合(約10%)は、民主・共和両党にとって勝利に向けて大きな意味を持ちます。
アジア系有権者のうち、ネバダ州ではフィリピン系がラスベガス郊外に多く居住しています。共和党は、2024年の次期大統領選挙で勝利するために、ネバダ州の獲得を視野に入れた選挙戦略を構築するとみられていますが、アジア系のニッキー・ヘイリー元国連大使が良い影響を与える可能性があります。
ヘイリー氏はインド系アメリカ人の移民2世で、上記で検討した理論に基づけば、アジア系有権者のうちインド系にリーチする力が強いと考えられます。
ネバダ州に多く居住するフィリピン系への求心力には不透明さが残りますが、Biracialではなく両親がアジア系である点や、人種的マイノリティに厳しい印象を持たれている共和党から出馬する正副大統領候補である点を考慮すると、アジア系有権者全体を共和党側に引き込む影響を与える可能性があります。
カリフォルニア州:オレンジ郡 下院の重要な1議席
カリフォルニア州南部のオレンジ郡には、ベトナム系アメリカ人が集中して居住しています。前述のように、ベトナム系はアジア系の中で民主・共和両党が最も拮抗しています。
オレンジ郡には、連邦議会下院の複数の選挙区がまたがっていて、一部の選挙区では共和党が議席を持っています。
2020年の選挙では、オレンジ郡北部に選挙区の大部分があるカリフォルニア州第39選挙区で、共和党が民主党から議席を奪取しました。さらに、共和党が僅差で下院の多数派を奪還した2022年中間選挙でも、共和党はこの選挙区の区割りを引き継いだ第40選挙区で、議席を維持しています。
この選挙区では、韓国系アメリカ人のヤング・キム(Young Kim)氏が共和党の議席を保持しています。2022年中間選挙では、第40区の地区別結果は次のようになっています。
2020年大統領選挙では、バイデン氏が1.3ポイント差で勝利していますが、同時に行われた下院議員選挙ではキム氏が民主党現職を4.5ポイント差で破り、勝利しました。
連邦議会下院全体では、分極化に伴って接戦の選挙区が減少し、民主・共和両党の議席差が小さくなっています。
2020年11月の一般選挙では、大統領選挙でバイデン氏が勝利を収めたのに対し、連邦議会下院では民主党が222議席に留まりました。過半数の218議席を僅かに上回る程度で、改選前より10議席減らす不振に終わりました。
2022年の中間選挙でも、予測されたレッド・ウェーブ(赤い波)は起こらず、共和党が得た議席数は222議席と僅差での過半数奪還となりました。
このような政治情勢の中で、各接戦区の持つ意味は極めて重要です。カリフォルニア州も、州全体は民主党の強固な地盤になっていて大統領選挙や上院議員選挙の結果にほとんど影響しませんが、下院ではオレンジ郡のアジア系有権者の動向が過半数周辺の攻防に大きな影響を与えると予測されます。
COVID-19は長期的にどのような影響を与えるか
2020年以降、パンデミックの中でアジア系への差別や憎悪犯罪が増加し、アジア系有権者は民主党に傾斜してきました。アジア系有権者の世代交代など人口動態の変化は、民主党に優位な方向で歴史的に推移してきましたが、COVID-19はこの傾向をより一層強くしています。
また、筆者はCOVID-19の政治的影響は長期に及ぶと予測しています。Chan, N., Nguy, J.H. & Masuoka, N (2022) は、差別の増加によって自らの民族性をより顕著に意識したのはアメリカ生まれではなく、移民のアメリカ人だったと指摘しています。
その理由については、移民はアメリカ生まれに比べるとアメリカ社会での経験が浅く、差別の増加を「アメリカ社会の現実」として強く印象付けるためだとしています。
この事実から、筆者は移民を中心にアジア系住民が政治的なアイデンティティとして、パンデミック中の差別増加と民主党への投票を内面化した可能性が高いと考えています。これに伴って、民主党への投票が長期にわたって定着するため、COVID-19の影響でアジア系が民主党に傾斜した現象は、ある程度不可逆的なものになると予測しています。
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