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EKKYO.CONFERENCE vol.9 - 自然を模倣すること。自然から学ぶこと。-

お久しぶりです。EKKYO.HUBにてEKKYO.CONFERENCEというカンファレンスを担当しております長山です。

EKKYO.HUBは「面白そう」を開拓せよ、「面白そう」では終らせない。をミッションに掲げている25歳前後のメンバーで構成された有志団体です。メンバー全員に留学経験があり、海外で感じた日本の魅力や課題を共有しながら日々活動しています。EKKYO.CONFERENCE(通称:越境カンファ)は我々が感じている課題に対するアプローチの一つで、既存の枠組みにとらわれない偶発的な議論の場をつくろうとしております。越境カンファはこれまでに計10回(うち対面開催が3回)行われ、毎回異なるテーマでプレゼンターに登壇していただき、偶発的なアウトプットに向けて、「越境と共創」をコンセプトに、同分野異分野でのクロスカンファレンスを行ってきました。対面開催はこれまでにドイツのミュンヘンと、宮城県仙台市、東京都の根津で行われております。

わからない団体でわからないことしていると思った方も多いと思いましたので、簡単に説明させていただきました。詳しくは以下のホームページをご覧ください。🙌


植物の魅力、実装の難しさ、生物そのもののポテンシャル

毎回の越境カンファでは、議論の方向性を示すためにキーノートトークを行なっております。今回のキーワードは自然を模倣して持続可能なデザインを開発する「バイオミミクリー」でしたので、以下の登壇者に発表していただきました。また本投稿を書いている長山自身も越境カンファへの理解を深めるというもう一つの目的も持ちつつ、発表させていただきました。

1人目の登壇者である長山は植物の魅力とその力、また擬人化して考えるならどんな能力に優れているかを発表しました。

2人目の登壇者である岩見さんは建築分野でものづくりを実際にやる側としてのバイオミミクリーの実装段階における難しさを語っていただきました。

3人目の登壇者である若宮さんは社会性昆虫そのものについて、そしてバイオミミクリーにおける生物の見られ方に対する違和感をお話ししていただきました。

3名のキーノートトークはこちらからご覧いただけます。

登壇者情報 :

◎岩見歩昂 (建築家・京都)
1998年滋賀県生まれ。京都大学大学院 工学研究科建築学専攻修士課程在籍。京都大学昆虫生態学研究室や、京都大学宇宙ユニットなどとの協働を通して、異分野から捉え直した建築設計の可能性を模索しながら、滋賀県の住居兼アトリエにて設計活動に取り組んでいる。

◎若宮健 (生物研究者・東京)
1993年生まれ、京都育ち。東京都立大学 特別研究員。2021年、東北大学大学院 生命科学研究科 博士課程修了。博士(生命科学)。ミツバチやアリなどの社会性昆虫の生態・進化に着目し、ゲノム科学・バイオインフォマティクス分野の解析手法を取り入れながら研究を展開している。

◎長山智哉 (土木研究者・長崎)
1998年長崎県生まれ。熊本大学大学院 土木工学教育プログラム修士課程修了。フランス・グルノーブル大学3SR研究所と熊本大学でのX線CTを活用した研究を通して、植物根系の新たな可能性を模索し、実社会との接点を探っている。2023年10月からグルノーブル大学にて博士課程に進む。

EKKYO.HUB ホームページより

自然を味わう?!

さらに今回は、味覚でも自然を感じようと、竹からスイーツをつくる柳原沙紀さんをお招きし、竹スイーツを振る舞っていただきました。東アフリカでの雇用創出に向けて熱心に活動されておられます。詳しくはこちらをご覧ください。

竹スイーツ大好評でした!!

◎柳原沙紀(竹スイーツ・長崎)
長崎大学大学院修士2年。これまで教育プロジェクトの立ち上げや、海外でのインターン企画開発のリーダーとして携わる。留学や教育関連NGO活動のため、アジア・アフリカ・ヨーロッパの4カ国で長期滞在を経験。持続可能な社会を実現するため、環境政策活動をしてきた。根っからのスイーツ女子。

EKKYO.HUB ホームページより

個人が自由に動く組織で組織全体の価値を向上させるにはどうすればよいか

2023年7月29日(土)に東京・根津で行いました「EKKYO.CONFERENCE vol.9」では、『自然を模倣すること。自然から学ぶこと。』をテーマに、身の回りの自然の魅力、力、可能性から同分野異分野交流と共創を通して若者のアイデアを社会に実装する、その第一歩として議論が行われました。

普段の個人の活動範囲内では思いつかない視点に触れて、参加者それぞれの考え方のフレームを借りながら、「個人が自由に動く組織で組織全体の価値を向上させるにはどうすればよいか」を話し合いました。

その結果、れんこん、アリ、ミツバチから組織形態を考えてみたり、組織がより機能するためには「自由の幅を狭める」必要があるといった意見も出ました。会場の柔らかい雰囲気も相まって、生産性や利益などといった言葉からはかけ離れた自由な発想でリラックスして議論されている様子が印象的でした。こうした議論の偶発性からうまれたものが参加者の日々の生活で生き続け、様々な問題を自分事としてとらえ、柔らかい多角的な発想で解決を目指せる、そんなきっかけを作れたのではないかと感じております。

EKKYO.CONFERENCE vol.9 多視点報告は以下のリンクからご覧ください。

集合写真も個人が自由に動いておられます笑
ご参加いただきました皆様、多方面よりお越しいただきまして、誠にありがとうございました!!!


1回のイベントで終わらせない。
新たな問いは
「組織に必要な最低限のルール」

9月16日に行いましたvol.9.5はvol.9のアフターイベントとなっておりまして、出てきた各班のまとめ(多視点報告)をさらに深掘りする回でした。こちらはオンライン開催でした。議論した問いは、「組織に必要な最低限のルール」です。社会性昆虫も喧嘩をするように、生物が必ずしも合理的でない(ように見える)ことに着目してこの問いに定めました。1つのルールからどんな全体性が見られるかが注目するポイントです。言い換えると、一見意味のない行動でも全体に与える影響があるのではないかということです。単体の行動やルールが全体に与える”偶発的な挙動”に着目しています。(ちなみに、この案は主に岩見さんの発案でした。素晴らしいです。)

また、問いの中にある”うまく”というのは組織に属する人々が快適に働きながら全体目標達成のために動いていることを指していますが、広義に”うまく”という言葉通りに曖昧に捉えていただいても構わないとお伝えしました。 

その結果、意外にも賛同が多かった意見は「サボる」ことでした。サボることがもたらす効果は私たちが合理的に考えて予測できること(例えば、適度な休憩により作業効率が上がる)よりももっと秘められた多くの効果があるのではないかといった議論になりました。

アイデア出しの様子。
今回はvol○.5(テンゴ)ということで
フリートーク形式での議論を行いました。



サボるの語源はフランス語の「サボタージュ(sabotage)」です。そもそもサボタージュとは、故意に仕事を停滞させたり、過失に見せかけて機械を破損したりして、経営者に損害を与えて解決を促す労働争議の戦術のひとつだと言われています。さらに、サボタージュの語源はフランスの労働者がsabot(サボ:木靴)で機械を破壊した説が語源ではないかとされている。何もしないだけがサボるではなく、何もしない状況をつくるためにわざわざ機械を壊すところがなかなかですね。フランスならではの労働者の権利主張を感じます(笑)

サボることは悪か。

日本でサボるといえば、仕事をサボるや家事をサボるのように、自分が休むことで誰かにしわ寄せがいき、迷惑をかけることになります。また、学生時代の部活動においてサボってはいけないという精神が染みついている方も多いでしょう。自分がプレー中に休むことでチームが負ける可能性が高まると考えるからです。もしかしたら、戦略としてうまく休むことを取り入れているチームもあるかもしれません。これは場面によりそうです。一方で、部活などを通じてやらなければならないときにすごい密度で取り組める自信がついた方もいると思います。その結果、仕事でも結果を出せたり、趣味に没頭できたりしているかもしれません。

ただ、"いつでも"サボってはならないのか。"ときには"サボっていいのかという議論にもなりそうです。サボることは身を守ることではないのでしょうか。サボることでメンタルを保って、結果を出している、という方もいるでしょう。これらの議論はまだ理論的に考えた結果とも言えます。

バイオミミクリーの視点で、今回の議論をするならば理論度外視で偶発的に考えることもまた重要になります。ただ偶発性を議論するのは難しそうです。実際、今これをまとめている長山も当日そのような議論ができたかといえば怪しいです。いま振り返ると、具体的なアプローチと全体的な理論を同じレイヤーで混ぜて考えていたかもしれません。

偶発性を計画する

偶発性を計画するには?という疑問に対して

  • 余白に触る

  • 自分の専門外の人・モノ・コトに触れてみる

  • チームを作る際も自分にないものを持つ人と組むことを意識する

といった意見が出ました。まさに普段やっている越境カンファの異分野グループに帰結しそうです。

また、割合的には少ないかもしれませんが、研究でも場当たり的にやってみることが価値を生み出す可能性があります。

他にもいろいろな意見が出ましたので紹介いたします。

  • 生物をわざわざまねなくても人間が既にやっていることを観察することで生まれるものはありそう。

  • 日本では人に仕事を割り当てるからサボれない。海外では仕事に人を割り当てるところもあるからサボれる。

  • 数学は考えるツールとしていい。また次のような場面にも役立つ。プログラミングで機能を組み合わせるときに互いに干渉しないか、包含関係や必要十分条件はどのようになっているか。

  • 変数と定数の考え方も便利だと日常生活で感じる場合は多い。何を動かせてどう影響するのか。

自然を模倣すること。
自然から学ぶこと。

自然を観察することで人間な特異な生き物であると改めて感じています。自然界の現象や法則は全てが美しいわけではないのかもしれませんが、そのポテンシャルは計り知れません。そのような意味で複雑さを理解することから始まるのかもしれません。私たちの身の回りにある草木を花を昆虫を子どものように観察して、面白がることで何かヒントが得られるかもしれません。そのような観察する力が個々人や組織、社会にいつか還元されることを願っております。

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