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小説「実在人間、架空人間」第二十八話

「先崎さんと有本さんはさ、ハクは人間だと思う?」

「俺は実在側だと思ってる、そもそもが架空側は乗っ取らないと銃は撃てない、このことからあの瞬間だけ乗っ取ったとするとその後のハクの態度からしてもおかしい」

「私はまだはっきりしないと思います、例えばハクさんは架空側でもうひとりの架空人間がハクさんをあとから乗っ取ったかもしれないから、初めから全て演技だとしたらハクさんの容疑は消えないと思います」

 確かにそうだ、そう考えることもできる。

 ゲームが始まる直前、いきなり銃を手に取っただけあってかなり冷静で慎重な判断だ、誰も信用していないこの洞察力はこのゲームを瞬時に理解していることを意味する、この中でも知能は上位かもしれない。

「何それ、じゃあハクは架空人間だって言いたいの?」

「違います、あくまでも可能性の話で安易に判断すべきじゃないと言っただけです」

「はあ?意味わかんない、どうみたってハクはハクだよ、双子の俺だからわかるんだ」

「それは私情だと思います、このゲームはスタート直後から初めに完全に憑依してその人になりきれることができる訳ですから、その記憶も行動も全てにおいて引き継がれて自然に振る舞うことぐらい出来るでしょう」

「違う、ハクはそんなやつじゃない!」

「……ですからそれが私情というものです、ガクさんは一度冷静になった方が良いです」

 有本が一呼吸置いて冷静にガクに返答する、即座に返答しないのは自身が感情的にならないようにつとめていて且つ、ガクをできるだけ刺激しない為だろう。あの杉原と容姿がまったくの同じだけあって妙な冷静さは似ている、杉原から感情的な要素だけを省き、その劣った部分を補うようにして知能を高めたような、そんな印象だ。

 感情そのものは悪いものでもない、過剰だと攻撃的になってしまうこともあるだけだ。

「うるさいな!」

 ガクはそう言って銃を手に取った。

「あんまりしつこいと撃つよ」

 そう言って有本に銃を向けた。

 このゲームは架空側にとって銃は飾りでしかない、何故なら架空側の銃を撃つ条件は乗っ取ってからしか撃つことが出来ない、実在側が圧倒的に知能で劣る分、このシステムによってバランスが取られている。

 更には乗っ取りは一度しか行えないルールだ、そのルールはこの世界では破ることは出来ないとされている。

 架空側が銃を撃つ場合には高等な話術や演技を求められ、もはや銃を乗っ取ってまで撃つ理由があまりない、この条件をクリアするには2つの高いハードルを越えなければならない。

 まずは一つ目。

 乗っ取った場合に元の身体は不自然にそのままの状態で静止する。

 この状態はその不自然さから一目瞭然であり、ましてや先崎が常にデータマンとしてチェックしているのだから、その中でバレない様にしてくぐって乗っ取るのはかなり厳しい。

 次に二つ目、

 何とか先崎の目を搔い潜って乗っ取った状態で銃を撃てたとしても、乗っ取りを解除すれば乗っ取られた側が即座に気づいてしまう。

 これもその乗っ取られた側が主張してしまえば即座に問題視され、そこにやり取りの整合性が取れていなければ実在側の一人を架空側が自ら証明してしまうことになる。

 そしてここにパラドックスが発生する。

 そこに正当な理由が無い限り周りも乗っ取られたであろうと勘違いしてしまう。

 これは二つ目の要素に近いが逆のパターンが存在し、撃った側があまりにも愚者であり、理由も無く撃った場合にハクのように架空側として疑われてしまう。

 そう思考していると有本がガクに対して、

「私が悪かったわ、ハクさんは実在側ですよね、疑って失礼しました」

 と答えた。

 これは有本の嘘だろう、これ以上やりあっていても仕方ないし、ここでの正論は正しさとして扱われない。まして悪化までしてしまう要素となるのだから有本のこの嘘はむしろ正しい。怖いぐらい冷静でいて且つ正確にガクの愚行を捉えている。だからこそ自身を下げてガクに対して「おっしゃる通りです」として受け流したのだろう。

 ガクはばつが悪そうにして「何だよ……」と誰に聞かせるでも無く呟いて銃を下した。そうして歩いて木陰に向かってはノートを開いた。先ほど書いたであろう自身のメモに目を通しているのだろうか、納得がいかないといった様子で座り込んだ。

































「実在人間、架空人間」完。

 fictitious編へと続く。

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