小説「実在人間、架空人間」第十九話
「……ねえ、皆は何怒ってるの?」
ガクが耐え切れないといった様子で杉原をじっと見つめながら話し始めた。
「あれだよね、皆バカだよね、人に対してね、やる事じゃないよ」
そう言ってのそのそと疲れた様子で歩いていって銃を手に取った。
「こんなのがあるから無意味に争ったりするんだよ、こんなのがあるから皆バカになっちゃった、ほんとは皆良い人の筈だよ」
ガクが持っていた銃を自身の後ろに放り投げる、それはハクの足元に転がるようにして落ちた、その銃をハクが拾い上げた。
「こんなのがあるから、こんなのがあるからね、だからね、悪いのは銃なんだよ、こんなのが始めからなかったら皆バカにならかった」
この中で唯一まともなのはガクだけかも知れない、そう思った。
「皆はどうしたいの、何がしたいの、殺したいの?」
違う、そうじゃない。
「そうじゃないでしょ、だって意味ないもん、僕にだってわかるよそれぐらい、僕みたいなバカだって、僕みたいな子供だってそれぐらいわかっちゃうよ、どうしてそんなこともわからないの?」
皆、ガクの話をただただ聞く事しかできなかった。
「僕は銃は使わないよ、皆みたいにバカになるぐらいだったら僕は何もしない、そんなことしても何もならないよ、そんな簡単なこともわからないようなことになっちゃうなら、こんなもの捨てちゃったほうがましだもん」
先崎が構えていた銃口がゆっくりと下がっていく、それと相反するようにして杉原は両手でしっかりと銃を持ち直した。
「馬鹿はあなたよ、先崎もそれに絆されて手が覚束無いじゃない、そんなのただの子供の戯言よ、大人はもっとしっかりと意思を持ってるものなの、わかるかな僕ちゃん」
下がっていた銃口がまた上がり、先崎は杉原にしっかりと照準を合わせる。
「こいつはやばいな、俺達の中で唯一まともなのはこの子だけで、俺達が一番の馬鹿だって事が分かってしまった」
体が震えた、ガクの言葉で。
一見正しいと思うその行動が、その大義名分の下に人は人を殺すんだ、殺そうと決断するんだ、何て愚かしいんだ、そんなものはただの虚像で、勝手に自分を肯定してそれをカメラのレンズから見るようにして現実との境を見誤っていく。それもしっかりと連鎖して人殺しの真似事まで皆で始めて、挙句実行まで持っていこうとする、何て私は愚かしいんだ。
「銃を下ろせ、杉原」
先崎の手に力が入っていると分かってしまうぐらいに、感じてしまうぐらいに、声色が、語気が強くなっている。
「はっ、馬鹿じゃないの、ここで下ろしたら私が撃たれてしまうわ、皆惑わされないで、正しいのは私よ」
そう言って杉原はガクに銃を向ける、その銃口がしっかりとガクに向いていき、ガクの目と銃口が合わさる、それを見て私は杉原に銃を構えた。
「やめろ杉原、お前がそれ以上何かすれば、私は撃つぞ」
それを挑発と捉えたのか、杉原は諭すようにしてこう言った。
「あなたのフルネームを教えなさい、僕ちゃん」
正気か、こいつは。
「絶対言うな、こいつは撃つかもしれない」
もはや自分に酔っている、杉原は正気じゃない。
「まあいいわ、ルールブックにどうせフルネームが書いてあるでしょ、ルール何だから」
ある意味脅し文句としての自衛なのだろうが、このままだと実行する機会を増やしてしまう。私はそう感じて目の前にあるルールブックを回収しようとした。テーブルとの間を挟むようにしてそこに居た杉原はそれを見逃さず、素早く一冊のルールブックを掻っ攫うようにして手に取った。
そうしてノートを開き、確認していった。
「あらあら、やっぱり書いてあるわ、えーっと、島津学ちゃん、と」
こいつ……。
「もう一人のおこちゃまが、島津博ちゃんね、二人合わせて博学といったところかしら」
そう言って、あはは、と笑った。
「馬鹿みたいな名前、こんなセンスの欠片も無い名前初めて聞いたわ、頭の悪い親が付けそうな名前ね、親の顔が見てみたいわ、きっと相当なアホ面なんでしょうね」
「いい加減にしいや!」
松葉が駆け足で杉原に向かう、それを見て杉原は叫んだ。
「島津学っ!」
それに続くようにしてハクが、
「杉原優」
と、声をあげ、銃声音が鳴り響いた。
その音は思ってた以上に乾いた音だった、もはやイメージしていた銃声とは思えず、これからマラソンでも始まるかのような音、拍子抜けする音、滑稽なその音を頼りに誰が撃ったのか両者を食い入るようにして見た。