小説「実在人間、架空人間」第十八話
暫くの沈黙から口火を切ったのは杉原だった。
「その子、私に似た方、あなたの名前は何かしら?」
「……有本、有本和美です」
「あなた、いきなり銃を取ったわよね、説明もまだ途中だというのに、こういう危ない行動を平気でやるような人、このよく分からないゲームみたいなものの邪魔にならないかしら」
杉原は右足で地面を踏むようにして小刻みに揺らし、強い口調でさらに続けた。
「ずっとルールのような説明に集中できなかったわ、この子のこの行動が怖かったのよ、だって人をすぐ殺しそうじゃない、仮にこの子が人間側でもこんな短絡的な行動をしちゃう子は、このチームプレイのようなゲームに合わないのじゃないかしら?」
チームプレイか、確かにそうだ、そしてこのチームプレイはチーム戦でもある。
敵か味方かが分からないこのゲーム性、一人の行動があらゆる誤解や問題を生み、その一人の行動や言動によってそのチームは崩壊し、自滅することもあるだろう。つまりはこの『説明の途中で銃を取った』という発言も、その有本の取った行動も、同様にチームプレイを乱している。ここで話があらぬ方向に向かえば、すぐにでも全滅、自滅してしまうだろう。
では有本は本当にすぐに短絡的に殺してしまうかというと、そうと断定できるものでも無いだろう、ただ自衛の為に他に殺されたくないという臆病さから来ているかもしれない。勿論指摘通りそういう傾向と捉えることもできる。しかし、ここでいきなりこのような主張をするような危うさを持った発言をする杉原に対して、仮にそう論じればその論争に巻き込まれてしまい、恐らくは納得もしないだろう。
この論争こそ、人間側が敗北してしまう脅威にさらされてしまう要因となりかねない。
「皆どう思うかしら、私はこんな馬鹿はすぐにでも排除してしまった方がこれからをスムーズに進めることができると思うわ」
杉原が早口で皆の賛同を求めた。
「どうって……言われても…」「どうって……言われても困るよ」
ガクがテーブルに向かって歩いていく、銃を軽く避けるように手の甲で払い、銃の下にあったルールブックを手に取るとパラパラと捲った。
「こんなこというのも何だけどさ、案外これって何かの実験とかで人は死なないんじゃない?」
ハクがそれに続いた。
「うんうん、だって人殺しなんて法律で駄目って言われてるもんね」
「そうそう、そんな事がさ、認められている訳ないじゃん」
杉原の足の揺れが止まった。
「だったらもう僕たちは適当に過ごしてさ、時間切れでいいじゃん、殺すなんて馬鹿げてるよ」
一見子供らしい考えにみえて、現実的でもある。
あまりに非現実な出来事に惑わされてこのゲーム性に納得してしまうところを、やはり非現実であると考えて現実的に物事を捉えるのも正しいだろう。それは私達が人をむやみに殺す理由が無いからだ、そんなことを考える時点で狂っている、どうにか逃げたりやり過ごす方法を考えるのが正常といえるだろう。
杉原が地面を踏み潰すようにして踏んだ。
「……子供ね」
そういってテーブルまで向かい、銃を手に取る。
「そうよ、そうかも知れないわ、でもね、今はここが現実よ、可能性を考慮しなければ駄目よ、時間切れでどうなるか何て分かりようがないのも事実なの、私はあの時後悔したわ、もっと聞いておけば良かったって」
銃口を有本に向ける。
「私はこの女を殺すべきだと思うわ」
呆れた、この杉原に対して私は心の底から軽蔑した。
これじゃあ殺人犯と何も変わりない、その動機はシリアルキラーそのものの発想だ、開始僅か10分も経たないといった所でそのような決断に近い思い込みをしている要素も含めて、身勝手で自分の都合だけで人を殺すというその発想、その発言から杉原に対して体が拒否反応を示した、怒りのようなものが湧き上がり、と同時に背筋の皮がぞわぞわと逆立つようにして鳥肌が立った。
その時には私は無意識に声に出ていた。
「子供なのはお前だ」
同時に『しまった』と脳内で悔やんだ。
「ここが現実なのも理解したなら、何故殺すという発想が浮かぶんだ、それにいくら正しかったとして、それに何の意味がある?」
無意識にテーブルまで向かい、私を銃を取った。
「あらゆる可能性を考慮したなら、その銃を取った有本は自衛でやったかもしれない、臆病な考えがそうさせたとも捉えることができるだろう、まったくもって可能性を考慮していないのはお前だ、杉原」
ここでそう言いながら脳内で処理した、この状況をどう上手くまとめるのか、私はこの論争に自ら足を突っ込んでしまった、もう覚悟を決める他ない、失敗は死を意味する、実在側の敗北という結果にも繋がる、この世界の不自然さはこのゲームが現実的であると考えても自然なんだ。
「あはは、何それ、可能性を考慮し過ぎるのも馬鹿な証拠よ、人は人でしょ、私は私なの、行動の遅れは失敗の元でもあるわ、時間は二時間しかないのよ、この島から出れないのも確認済みだわ、じゃあ生き残る可能性を考えて不要な馬鹿は排除するべきでしょ、当たり前のことよ」
「お前は自分が死なないと思っているのか、そんな短絡的な発言をして周囲を敵に回すようなその提案は、お前自身の首を絞めている、人は人でお前がお前なら、そのお前自身がその身を守る意味でもそのような発言はただの白痴だ、どちらにせよお前は間違っている」
杉原が舌打ちをした。
「いちいちうっとおしいわね、じゃああなたが死ねば?」
そう言って私に銃口を向けてくる。
「お前はお前の世界だけで完結している、人は人だがその人によって暮らしは支えられている、お前がこの現実を創っているのではない、お前も私もその一部に過ぎないんだ、世界の中心を一人が支えているのではない、皆が支えている、お前はこの世界ですらも勝手に都合よく解釈しているだけだ」
それに続くようにして先崎が言った。
「そうだな、まったく同意見だ、この女はてめえの都合だけで物事を解釈してる、いざとなれば殺そうとまでする女だ、チームプレイと理解しながら勝手に一人で苛立ち、勝手に怒り、勝手に解釈して、その都合の中で人を見下している」
先崎はゆっくりとテーブルに向かう。
「俺がお前を殺してやろうか?」
そう言って銃を取った。
「てめえの都合で殺すだのなんだの言うんなら、俺の都合でお前を殺すことも肯定しろよ」
銃口を杉原に向ける。
「柊さん、言いたいことはこいつにぶつけていい、こいつが何か変な行動を起こそうとしたら、俺は躊躇いなくこいつを撃つ」
私の予感は当たっていた。
やはりこの論争から破滅へと向かう、それはあらぬ方向にも向かい、愚者は愚者を生み出し連鎖する。得てして殺人と変わりなく、それが広がりを見せては敵と味方がこのゲームと関係なく分岐して進行した。私に賛同した先崎も、私の諭すような言葉も、杉原の発言も、有本の行動も、その全てが愚考による殺人ゲームへと変貌した。ゆっくりと対話をする間もなくこの世界でいうところのゲームが始まってしまった。