小説「実在人間、架空人間」第二十三話
「それもそうだが、お前も人のことなんておかまいなしだよな、ただそのお前の言う時間は有限という部分においては俺も同意する」
先崎がそう言って本からペンを取り出し何やら書き始めた。
ルールブックの背表紙裏はある程度分厚くなっており、その中央にペン一本分の窪みが空いていてそこにペンが埋め込まれるようにして入れられている。この本はルールの説明のあとはかなりのページ数が空白のページで構成されていて、どうやらメモを取る為に用意されているらしかった。
「俺は俺のやれることをやる事にする、全員の行動履歴をここに書いていく、言葉も一字一句メモを取る、こいつの言う通り皆も何か時間の有意義な使い方があればやるべきだ、その案もあればその旨も伝えて欲しい」
先崎はデータマンとしての役割を進んで始めてこのゲームと向き合うことにしたようだ。
「ふん、あらそう、好きにしたら?」
愚者の存在。
ことチームプレイにおいて愚者の存在はダメージの元となる、杉原の言動は相手を威圧し、そのどうでもいい言葉に周りは振り回される。それが特に深い理由が無くともただそこに居るだけでそれが深いダメージとなって蓄積されていく。
私は杉原の持っている弾は戦力と考えるが、他者に対して足を引っ張るような言動、行動、これらに危機感を持ってしまう。人というのは偏見が必ずと言っていい程存在し、杉原のその癖の強さが蓄積されて今や愚者となって不快な存在として他者に影響を与えている。
そしてこの問題をドライに考えた場合、感情を抜きで、心情を抜きで考えれば、ハクの取った行動も愚者そのものだ。もしあの時にハクが撃っていればどうか、それだけじゃない、今撃っていないだけでこれからもハクは感情で人を撃つ可能性があるということがあの行動から確定に近いと約束されているのも同じだ。
短絡的な行動はその部分を突かれれば一気に実在側の敗北に繋がることを意味する。
私が架空側ならハクを揺さぶる為にガクを落とし入れ、その不安を煽って実在側が実在側を撃つように仕向けるだろう。ただルール上、架空側ももう一人の架空側を把握できない、実在側はそこを上手く利用する他無い、ハクの心情を利用するのはこちらも同条件であり、それすらも知能で上回る架空側は気付くと考えて自然か。
ハクが架空側だった場合。
誰が実在側かを知りたい筈だ、よって撃つフリをしただけ。
杉原が架空側だった場合。
同じく実在側を知りたい、こちらも同様撃つフリをする。
この二人の行動の曖昧さは比較的実在側に近いと判断できる、断定はできずとも実在側が取りやすい愚行、特に杉原はその目立つ行動こそ実在側にかなり寄っている。架空側ならその行動によって死ぬリスクが存在し、あまりに大胆過ぎてそれが狙いだとしても不利益になり過ぎる、これはハクにも言える。
知能に差があっても微量の差によって私達の思考の範疇を超えないギリギリのラインをいっていると考えて、そのような無茶はやはりしない、架空側は時間を使いたいし、じっくり敵か味方を知りたい、同士討ちだけは避けたいのだから。
ガクもそうだ。
これも同様に無茶は避けたい、もし架空側なら銃を捨てるという大胆な目立つ行動は愚者のそれに属する、こちらに考えを不足させながら行動したいとなるのが自然だろう。
「私達ってさ、何か悪いことしたのかな」
本を立て、本に話すような状態、顔が見えない状態でハクが誰に問いかけるでも無く疑問をぶつけてきた。
「何も悪いことしてないから、これもたぶん嘘だと思うなぁ……」
声が震えている。
「ていうか嘘だよね、こんなのありえないもん」
杉原という毒が入ったことによって、幼い思考は現実逃避という形に入っていく、愚者は愚者をさらに愚者にする。
「家に帰りたい、何かのいたずらみたいなのだったら、早く終わってよ」
語気が荒くなっていく。
「だってもし本当だったらガクは殺されるとこだったんだよ」
手も震えているようだ。
「ガクは何も悪いことしてないじゃない!」
そう言って立てていた見開いた本をそのまま前方に叩き付けるようにして倒した、テーブルにぶつけられた本の打音が『カッ』と音を立てる、この打音がある種私を冷静にさせた。
考えたくもない思考が巡る、愚者は場を乱すだけだということ、今足を引っ張っているのはこの杉原とハクの二人であるということ、そうしてその思考に入ったときある疑問が浮かんだ、それはこのゲームのルールだ。
私は無意識に実在側が死ねばその持っている銃を使えないと考えている、だが銃は消えないのだからその銃を別の者が撃つこともできるのではないかと考えた、つまりは弾が消費されなければ愚者が死んでもリスクは無いのではないか、というひとつのルールの穴のようなもの、それを意識してしまった。
それは有り得る。
「杉原さん、どうしてガクが悪いと思ったの、どうして撃とうとしたの?」
「……その子が馬鹿だからよ」
「馬鹿ってだけの理由で撃つの?もしこれが本当だったら死ぬってことでしょ、何も悪いことしてないガクが」
「そうよ、その理由で十分じゃない、馬鹿は役に立たないんだから、真っ先に死ぬべきだわ」
危うい、この二人は。
「……うん、わかった、杉原さんはやっぱり嘘付きなんだ」
「何それ」
「だってそんな簡単にそんな悪いことする訳ない、だからここは嘘で杉原さんが言ってるのもやっぱり嘘なんだ」
「はあ?」
「もういいよハク、少し落ち着いて」
ガクが制止するもハクはガクを無視するように杉原だけを見ている。
「ここが嘘なんてわからないでしょ、あなたとんでもない馬鹿ね」
「うるさい!」
言葉の断片は感情に刺さる、馬鹿を殺すと言った杉原の言葉はそのままハクの印象として入った。ハクはその印象によって『馬鹿』と罵った杉原に対して『五月蝿い』と言ったのだ、それはハクのある意味自衛から来るもの、ハクからすれば杉原は脅威の存在、ガクを殺そうとしたという事実がそれに対して感情の制御が取れ、杉原を敵と見なした。
もはやハクはゲームどころではない。