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小説「実在人間、架空人間 fictitious編」第五話

 とにかく今は架空人間が実在側よりも早く誰なのかを探って、架空人間に自分が乗っ取られるように仕向けることが最優先かな。

 そうやって思考しながら何となく松葉を視界に入れる。

 僕の横で松葉はひたすらにハクを励ましてる。この人は本当によくわからない、ルールを確認することもしないし何というかここにいない感じ、ひとりだけゲームに参加してないんだ。

 馬鹿なのか何なのかわからない、きっと馬鹿だとは思うんだけど理解が出来ない、通常頭が悪いひとってさ、何というか自分のことを賢いぐらいに思ってる愚者なんだよね、でもこのひとはそんな様子がまったくないんだ。

 ふわふわしてて実態が掴めないというか、ずっと前向きでずっと誰かを守ろうとしてて、ゲームに参加しなさすぎて実在側でも架空側でも無い立ち位置でここにいるって感じ。

「ガクは普段何して遊んでるん?」

 いきなり松葉から質問された、何だか今考えていることを見透かされているような気がしてすっごい怖い。

「格ゲーかなぁ」

「格ゲーなら何でもやるいう感じ?」

「うん、基本的に自由な時間はそんなに無いから、普段練習ばっかでやになっちゃうし、ずっと会える友達も移動することが多くて少ないから、大体は友達とネット対戦したり通話したりして遊んでる」

 ああ、もう何なんだよこいつ……。

「だからガクは私より成績が悪いんだ」

 そう言って笑いながらハクはポケットから採取してきた木苺を、ひょいと投げ入れるようにひとつ口の中に入れた。

「何だよ、いいじゃんか別に、たまにゲームするぐらいさ」

「たまにだって、あはは毎日やってるじゃん」

「うるさいなー」

「ハクめっちゃ辛辣しんらつやん、こわー」

 この場の空気を読んで取り合えず僕は笑った、ハクも松葉もそれに呼応するようにして楽しそうに笑っている。

 ハクはさっきまで落ち込んでたのにすっかり元気を取り戻してる、ずっと松葉がハクを励ましてたからね、変なやつだけどある意味で理に適ってるよなぁ。ハクと杉原を実在側として捉えればここで最も最悪なのは実在側である可能性の高い杉原に支配されないことだからね、正常に戻すことで実在同士無駄に争わなくて済むから、でもそう考えれば行動的には実在寄りかな、勿論そこに理由があればって話だけど。

 ああもう、何だかわかんないけどひょっとしてこいつ松葉って知能レベル高い?

 本当にわっかんない。

「ちょっと、そこの三人さん、楽しい楽しいお話の途中だけど、いいかしら?」

 ここに杉原が割って入ってきた。

「今はね、そんな話をしている場合じゃないの、そうこうしている間にも時間は過ぎていってるの、このままだと私も巻き添えになって死んでしまうわ、少しは人のことを考えたらどう?」

「ええやん別に、こういう会話から何かわかるかもしれんねんから、それが無駄やって決め付けることもできんやん」

 うわ、やっぱり松葉こいつこのゲーム理解してるじゃん、ルールブックを読まなかったのも戦略か?

「無駄に決まってるじゃない馬鹿ね、無駄は無駄でしかないの、時間は有限、こんな単純なこともわからないからそうやって呑気に笑っていられるのよ」

 これに先崎が杉原の意見に同意する形で会話に参加してきた。

「それもそうだが、お前も人のことなんておかまいなしだよな、ただそのお前の言うという部分においては俺も同意する」

 先崎がそう言って本からペンを取り出して何やら書いてる。

「俺は俺のやれることをやる事にする、全員の行動履歴をここに書いていく、言葉も一字一句メモを取る、こいつの言う通り皆も何か時間の有意義な使い方があればやるべきだ、その案もあればそのむねも伝えて欲しい」

「ふん、あらそう、好きにしたら?」

 あー、やられた、それやられちゃうと架空側こっちがわは乗っ取りやりづらいじゃん、これ先崎が実在側だと厄介な存在になっちゃうなぁ、この行動履歴メモは僕がやるべきだったね、そうすればそれを警戒したもうひとりの架空人間が僕を乗っ取ることも考えられるんだから、これ思いつくの遅かった僕が悪いな……。

「私達ってさ、何か悪いことしたのかな」

 本を立て、本に話すような状態、顔が見えない状態でハクが誰に問いかけるでも無く疑問をぶつけてきた。

「何も悪いことしてないから、これもたぶん嘘だと思うなぁ……」

 声が震えてる。

「ていうか嘘だよね、こんなのありえないもん、家に帰りたい、何かのいたずらみたいなのだったら、早く終わってよ」

 語気が荒くなってくる。

「だってもし本当だったらガクは殺されるとこだったんだよ」

 手も震えてるみたい。

「ガクは何も悪いことしてないじゃない!」

 そう言って立てていた見開いた本をそのまま前方に叩き付けるようにして倒した。

「杉原さん、どうしてガクが悪いと思ったの、どうして撃とうとしたの?」

「……その子が馬鹿だからよ」

「馬鹿ってだけの理由で撃つの?もしこれが本当だったら死ぬってことでしょ、何も悪いことしてないガクが」

「そうよ、その理由で十分じゃない、馬鹿は役に立たないんだから、真っ先に死ぬべきだわ」

「……うん、わかった、杉原さんはやっぱり嘘付きなんだ」

「何それ」

「だってそんな簡単にそんな悪いことする訳ない、だからここは嘘で杉原さんが言ってるのもやっぱり嘘なんだ」

「はあ?」

 そろそろ止めないと怪しまれる、僕は愚者を演じているんだから、それに止めることで話を長引かせれる可能性もあるからどっちにしろ得だ。

「もういいよハク、少し落ち着いて」

 僕の言葉を遮るようにして杉原が続ける。

「ここが嘘なんてわからないでしょ、あなたとんでもない鹿ね」

「うるさい!」

 ハクも杉原も相変わらず馬鹿だけど、ここでふと松葉を見ると今にも泣きだしそうで悲しそうな目でこのやり取りを見ていた。

 それを見て僕は身震いした。

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