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小説「実在人間、架空人間 fictitious編」第一話

 私という存在は漂っている。

 私という言葉はどうやら個に対するあちらの世界での言葉であるらしく、これはひとつのシステムとしてこの意識に入っているようだ。

 私は意識という存在。

 ただ漂っている、そこに存在しているだけでこの世界を漂っている、何やら目的はあるようでそのときをずっと待っている、それは意思によるものだろうが意味はわからない。

 幾つかの原子がこちらに集まっている、この中に自身の素粒子が入り込むことでようやく別世界で肯定されるという意識だけがはっきりとしている、理由だけがわからない。































 ああ、よくわからないな……。































 そうして随分してからそこに入り込む、漂っていただけの意識はその原子の集合体と統合されていま支配下に置いた、僕はどうやらこの瞬間から世界で存在を確保したみたいだ、楽しいな。

 これは誰かの意図であるみたい、ああ、そうか!

 これって命令のようなものでもあるんじゃないかな、なるほどね。

 だからこの世界で存在を肯定されたんだね、この世界での僕の名前は"島津学しまづがく"っていうんだ、いきなりだけどとても納得したよ、こういうシステムなんだ、へー、凄い。

 この世界で肯定された僕に一瞬にして様々なイメージが浮かんだ、重さを感じるよ、鼓動を感じるよ、内部で膨らんでは縮むし、吐き出しては取り込んだし、そうか、これが呼吸なんだね。

 呼吸は燃焼じゃないみたい、量子トンネル効果から有機物の電子を取り外しちゃって酵素に結び付けてるんだね、面白い!

 細胞の中の呼吸をつかさどっている酵素はエネルギーの素となる糖の炭素から電子を取り外して隣の酵素にバトンタッチ、更に電子の対として陽子を細胞内のミトコンドリアの中から外へ運んでいるんだ。

 原子核の陽子を取り外して分子の外に運ぶという行為を酵素が行っているんだよね、本来酵素は人体には毒である筈なんだけどおかしいね、面白いね。

 量子トンネル効果。

 電子や陽子が音が壁を通り抜けるみたいにさ、障壁の一方から反対側へすり抜けるんだ、空間や絶縁体や電子、陽子がすり抜けて隣の原子に飛び移る、これはさっきの僕が今の僕であるように同じ理屈からそうなってるんだね。

 口から養分を取り込んでその養分を燃焼させる、それは消化器で分解されてグルコースなどの糖になって、それが血流に乗ってエネルギーに必要な細胞へと運ばれる、そうしてから空気を吸って燃やすために必要な酵素が肺から血流に乗って細胞へと運ばれる、これで燃料は揃うんだ。

 以降の呼吸はミトコンドリア内で処理される、まずは解糖系で糖を分解して、そのあとにクエン酸回路で分解した糖と酵素をくっつけて二酸化炭素を作る、そこから余った結構な量の水素を使って電子伝達系でエネルギーを作る、でもこのままじゃずっと食べ続けなきゃ維持できないからATPアデノシン三リン酸という分子を作っておいて、必要なときにATPに加水分解してエネルギーを作りだす、単純に言っちゃえば水を加えてエネルギーにしちゃうってことだね。

 炭素を燃やして電子を酵素に移動させて二酸化炭素と水にしちゃう、その中で余ったものをエネルギーにする、不要なものをろ過するみたいにする人体にただただ驚いちゃう。

 あはは、思わず考えこんじゃったよ、色んな事が頭に入るんだもん、でもやるべきことは別にあって僕の目的はこのゲームをする為にあるってプログラミングされてるんだよね、本能っていうんだよねこれ、面白いね。

 さあ、これからこのゲームをクリアしなきゃいけない、その理由は知らないけど、どうやらこれが製作者の意図なんだろうねー。

 あーあ。

 生きてるって楽しい!

 そうやってあれこれ思い出すようにして統合された元実在側の知能がこの世界の理屈を教えてくれた、僕は僕であって僕じゃない、これって凄いことじゃない?

 ああ、でもそろそろゲームしなきゃ、だってそれが僕という存在がこの世界に肯定された理由なんだから、だからね、始めなきゃ、この原子の集合体みたいな変な存在をさ、始めなきゃいけない。

 よし、始めよう!

 そうして僕は深めに一呼吸した、吸って吐いた。

 うん、呼吸って面白い、集中する為の差異を明らかにする身体の動作のひとつでもあるんだから。

 さーってと、じゃあまず、

 ……誰を殺そうか。

 ここにいる原子の集まりは柊、松葉、有本、杉原、先崎、ハク、下地、伊東、その内ひとりが架空人間、実際に殺すのは少し難しそうだけどどうだろう、ルールブックがあるみたいだけど下手に確認すると怪しまれるかな、良いタイミングで自然に確認したいな。

 どうせ時間が経過すればこちらの勝ちなんだから、焦らずじっくり殺そう。

 弾はひとりにつき一発しかないし、一回しか乗り移れないんだから同士討ちが理想だね、ひとりかふたり、ゴミのようなクズ、愚者の存在が必要。この肥溜めの中からそのクソみたいな愚者を炙りださなきゃ、そこを利用して実在側を殺したい、こいつらはどうせ僕らよりも知能の劣る馬鹿なんだから。

 そう考えてたら杉原が何やら喋り始めた。

「その子、私に似た方、あなたの名前は何かしら?」

「……有本、有本和美です」

「あなた、いきなり銃を取ったわよね、説明もまだ途中だというのに、こういう危ない行動を平気でやるような人、このよく分からないゲームみたいなものの邪魔にならないかしら」

 へー、頭わるそー。

「ずっとルールのような説明に集中できなかったわ、この子のこの行動が怖かったのよ、だって人をすぐ殺しそうじゃない、仮にこの子が人間側でもこんな短絡的な行動をしちゃう子は、このチームプレイのようなゲームに合わないのじゃないかしら?」

 こいつは利用できそう、この展開は好都合だなぁ、有本はどちらかというと行動に理を感じられる、その理を否定から入るこいつは愚者だね、ここから争いが止まらないようにしなきゃだけどあんまり目立つのもあれだし、ここは慎重に見守っておくかな。

「みんなどう思うかしら、私はこんな馬鹿はすぐにでも排除してしまった方が、これからをスムーズに進めることができると思うわ」

 ここで不思議なことが起きる、意識していないのに僕の言葉が勝手に誘導されるように浮かぶ、杉原に対して実際に思っている内容のように発せられた。

「どうって……言われても困るよ」「どうって……言われても……」

 ああ、ハクか、双子だからこちらの思考と島津学こいつの思考が混ざるんだ、これは意図か、このゲームの公平さを見せる為にハクの意識とガクの元の意識が統合されて時々そちらに寄るんだ。

 このゲームの開発者はここまで織り込み済みなのか、初期設定がしっかりしてるね、それともこれは人間と呼ばれるものの設定かな?

 まあとにかく今はルールブックを確認したい、それにこの争いが止まらないように努めないとね、あくまで銃を見たくもない触れたくもないとアピールをしながら話も途絶えさせちゃダメ。

 僕はテーブルに向かって歩いて、銃を軽く避けるように手の甲で払ってから銃の下にあったルールブックを手に取ってパラパラとめくって皆に問いかけた。

「こんなこというのも何だけどさ、案外これって何かの実験とかで人は死なないんじゃない?」

 ハクがそれに続いた。

「うんうん、だって人殺しなんて法律で駄目って言われてるもんね」

「そうそう、そんな事がさ、認められている訳ないじゃん、だったらもう僕たちは適当に過ごしてさ、時間切れでいいじゃん、殺すなんて馬鹿げてるよ」

 これで子供アピールも出来て自然かな、この容姿は使える、愚者を演じるのに適してる、こいつらみたいな馬鹿はどうせ印象で判断するでしょ。

 杉原が地面を踏み潰すようにして踏んだ。

「……子供ね」

 そういってテーブルまで向かい、銃を手に取った。

「そうよ、そうかも知れないわ、でもね、今はここが現実よ、可能性を考慮しなければ駄目よ、時間切れでどうなるか何て分かりようがないのも事実なの、私はあの時後悔したわ、もっと聞いておけば良かったって」

 銃口を有本に向ける。

「私はこの女を殺すべきだと思うわ」

 この言葉に即座に反応したのは柊だった。

「子供なのはお前だ、ここが現実なのも理解したなら、何故殺すという発想が浮かぶんだ、それにいくら正しかったとして、それに何の意味がある?」

 テーブルまで向かい、柊は銃を取った。

「あらゆる可能性を考慮したなら、その銃を取った有本は自衛でやったかもしれない、臆病な考えがそうさせたとも捉えることができるだろう、まったくもって可能性を考慮していないのはお前だ、杉原」

「あはは、何それ、可能性を考慮し過ぎるのも馬鹿な証拠よ、人は人でしょ、私は私なの、行動の遅れは失敗の元でもあるわ、時間は二時間しかないのよ、この島から出れないのも確認済みだわ、じゃあ生き残る可能性を考えて不要な馬鹿は排除するべきでしょ、当たり前のことよ」

「お前は自分が死なないと思っているのか、そんな短絡的な発言をして周囲を敵に回すようなその提案は、お前自身の首を絞めている、人は人でお前がお前なら、そのお前自身がその身を守る意味でもそのような発言はただの白痴だ、どちらにせよお前は間違っている」

 杉原が舌打ちをした。

「いちいちうっとおしいわね、じゃああなたが死ねば?」

 そう言って柊に銃口を向けた。

「お前はお前の世界だけで完結している、人は人だがその人によって暮らしは支えられている、お前がこの現実を創っているのではない、お前も私もその一部に過ぎないんだ、世界の中心を一人が支えているのではない、皆が支えている、お前はこの世界ですらも勝手に都合よく解釈しているだけだ」

 それに続くようにして先崎が言った。

「そうだな、まったく同意見だ、この女はてめえの都合だけで物事を解釈してる、いざとなれば殺そうとまでする女だ、チームプレイと理解しながら勝手に一人で苛立ち、勝手に怒り、勝手に解釈して、その都合の中で人を見下している」

 先崎はゆっくりとテーブルに向かう。

「俺がお前を殺してやろうか?」

 そう言って銃を取った。

「てめえの都合で殺すだのなんだの言うんなら、俺の都合でお前を殺すことも肯定しろよ」

 銃口を杉原に向ける。

「柊さん、言いたいことはこいつにぶつけていい、こいつが何か変な行動を起こそうとしたら、俺は躊躇ためらいなくこいつを撃つ」

 いい感じ、何もしなくても勝手に自滅するじゃんこの素粒子達。

 問題はこのいま騒いでるやつらの中に架空人間がいるのかってことぐらいかな、杉原の行動はここでの島津学こいつの記憶によると普段からこうなのだから実在側かな、まあまだゲームは始まったばかり、ゆっくりと誘導してゆっくりと刺せばいい。

 ほっといても勝手に死ぬかもしれないけどね。

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