小説「実在人間、架空人間 fictitious編」第二話
でも杉原の言動や行動はどうもおかしいな。
馬鹿だと判断しても良いけど、どうもここまでの経路から考えても行き過ぎかなと取れるね、これって凄く演技っぽいんだけどかといって架空側とも思えないんだよなぁ。
この世界だけの判断だとそうなるんだけど、人間はこの世界が中心じゃないから、だから前の世界で様々なここでは確認出来ない要素があるとして、じゃあ向こうの世界でこの性格が形成されたとしてどういう経路でこうなるかな……。
うーん……。
例えばもし杉原が前の世界で何かしらの不幸があってどうでも良くなっているとしたらどうだろう、早く帰りたいという主張は早く帰って死にたいとも取れちゃうもんね。
ああ、そうか、人って自殺する生き物だからこれって死へ向かおうとする欲動と捉えた方が良さそう、きっと杉原は死にたがってる、てことはここでいくら説得しても無駄じゃん。仮にこいつが僕ら側ならあまりにも目立ち過ぎで変だし、いきなり取る行動でも無いからさ、何か狙いがあるようにも見えないしただ単純に撃ってくれと自ら志願しているのと同じだからね、だから杉原は実在側と考えていいね。
皆馬鹿じゃん、こいつを説得すればするほど時間が消費されちゃうんだから、実在側からしたら大損もいいとこ、僕が実在側なら無視するね、相手にしない。
まあ知能で劣るこいつらは今はどうでも良いとして、この読みは当たってると思う、杉原は初めからこのゲームをやる気が無いんだ、初めから参加してない、だからこんな無茶が出来るんだ。
向こうに愚者がいて良かった、まあ愚者というよりも不幸が過ぎて死んじゃっただけなんだけど、てことはじゃあこいつはこのまま自然の流れで死ぬね、ほっといても死ぬ。
実在側の馬鹿達がこいつを説得すればするほどに僕らは得をする。
ここから僕がどれだけ撃たない方が良いと言ったところで殺されるのは杉原、だからここで思いっきりアピールしていい場面、僕は純朴な子供で争いが嫌いな愚者、かといってここを捉えきれていない知能の低さ、これを今から演出していい。
そうこうしている間にも時間が経過してくれるんだ、もっともっと火をくべないと、実在側が実質ひとり死ぬことが確定している中でさらに時間も浪費してくれる、やっぱりこいつらは馬鹿だ。
『大袈裟に大胆に、目は虚ろに』
そう決意してその言葉を何度も反芻しては諭すようにして皆に語りかけた。
「……ねえ、皆は何怒ってるの?」
演じる、愚者を。
「あれだよね、皆バカだよね、人に対してね、やる事じゃないよ」
僕は気怠い様子を見せながらも疲れた様子で歩いていって銃を手に取った。
「こんなのがあるから無意味に争ったりするんだよ、こんなのがあるから皆バカになっちゃった、ほんとは皆良い人の筈だよ」
持っていた銃を自身の後ろに放り投げる、それはハクに目掛けて投げた、転がるようにして落ちたみたいだ、音の距離からしても狙い通りの位置に落ちたようだった。
その銃をハクが拾ってくれれば良いけど。
「こんなのがあるから、こんなのがあるからね、だからね、悪いのは銃なんだよ、こんなのが始めからなかったら皆バカにならかった」
ああ、ハクが間違えて撃たないかな、有本は実在側、そしてその有本を撃つのはこの愚者にしか出来ない、自滅しろ実在人間。
「皆はどうしたいの、何がしたいの、殺したいの?」
さあ震えろ『違う、そんなつもりは無い』と、この純朴な僕を見て感じるんだ。
「そうじゃないでしょ、だって意味ないもん、僕にだってわかるよそれぐらい、僕みたいなバカだって、僕みたいな子供だってそれぐらいわかっちゃうよ、どうしてそんなこともわからないの?」
皆話を聞いてる、僕の話をありがたがって聞いてる。
「僕は銃は使わないよ、皆みたいにバカになるぐらいだったら僕は何もしない、そんなことしても何もならないよ、そんな簡単なこともわからないようなことになっちゃうなら、こんなもの捨てちゃったほうがましだもん」
「馬鹿はあなたよ、先崎もそれに絆されてて手が覚束無いじゃない、そんなのただの子供の戯言よ、大人はもっとしっかりと意思を持ってるものなの、わかるかな僕ちゃん」
先崎が杉原に銃口を向ける。
「こいつはやばいな、俺達の中で唯一まともなのはこの子だけで、俺達が一番の馬鹿だって事が分かってしまった、銃を下ろせ杉原」
「はっ、馬鹿じゃないの、ここで下ろしたら私が撃たれてしまうわ、皆惑わされないで、正しいのは私よ」
そう言って杉原は僕に銃を向ける、その銃口がしっかりと僕に向いていき、目と銃口が合わさる、それを見て思わず笑いそうになった。
柊は杉原に銃を構えた。
「やめろ杉原、お前がそれ以上何かすれば、私は撃つぞ」
柊の忠告を挑発と捉えたのか、杉原は諭すようにしてこう言った。
「あなたのフルネームを教えなさい、僕ちゃん」
「絶対言うな、こいつは撃つかもしれない」
柊が可愛くも僕をかばってくれてる。
でもまあ確かに撃たれてはまずい、名前を即座に言えば煽りと捉えられて杉原は撃ちかねない。でも大丈夫、ハクが僕を守ってくれる、だってハクは馬鹿で僕という存在はハクにとってこの世界で唯一の身近な存在、心の拠り所なんだから。
危機感を感じたのか柊は僕の為に目の前にあるルールブックを回収しようとしたようだった。テーブルとの間を挟むようにしてそこに居た杉原はそれを見逃さず、素早く一冊のルールブックを掻っ攫うようにして手に取った。
そうしてノートを開き、確認していった。
「あらあら、やっぱり書いてあるわ、えーっと、島津学ちゃん、ともう一人のおこちゃまが、……島津博ちゃんね、二人合わせて博学といったところかしら」
そう言って、あはは、と笑った。
「馬鹿みたいな名前、こんなセンスの欠片も無い名前初めて聞いたわ、頭の悪い親が付けそうな名前ね、親の顔が見てみたいわ、きっと相当なアホ面なんでしょうね」
「いい加減にしいや!」
松葉が駆け足で杉原に向かう、それを見て杉原は叫んだ。
「島津学っ!」
それに続くようにしてハクが、
「杉原優」
と、声をあげ、銃声音が鳴り響いた。