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小説「実在人間、架空人間」

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彼は食事の途中だった。 口内に次々に吸い込まれる世界、そうして意識を失ったが白い部屋で目覚める。曖昧な記憶を辿りながらその部屋が現実であると知り愕然とする。 そこで見知った伊東…
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小説「実在人間、架空人間」第二十八話

「先崎さんと有本さんはさ、ハクは人間だと思う?」 「俺は実在側だと思ってる、そもそもが架空側は乗っ取らないと銃は撃てない、このことからあの瞬間だけ乗っ取ったとするとその後のハクの態度からしてもおかしい」 「私はまだはっきりしないと思います、例えばハクさんは架空側でもうひとりの架空人間がハクさんをあとから乗っ取ったかもしれないから、初めから全て演技だとしたらハクさんの容疑は消えないと思います」  確かにそうだ、そう考えることもできる。  ゲームが始まる直前、いきなり銃を

小説「実在人間、架空人間」第二十七話

 ルールブックによれば『3、この世界の銃』で説明されているように乗っ取った状態でしか架空側は銃を撃つことが出来ないシステムとなっている、このことから少なくともハクは実在側と考えて自然だ。  勿論、断言することは出来ないがハクと杉原のやり取りからしてもごく自然に銃を撃ったことで、ハクは実在側であることは概ね確定している。もし架空側がハクを乗っ取り銃を撃ったのだとするとこのやり取りの自然さから実行したと考えられるが、このゲームには時間制限があり、確定とまでいかなくとも状況的にほ

小説「実在人間、架空人間」第二十六話

 愚者の存在。  初見同士での最もチームプレイで重視されるのは無難さを知っていること、これは常識を知っているということ、故に非常識が通りやすく、時にその常識を覆すプレイが生かせる。もし何も常識を知らなければただの異質な者としてその者が所属するチームに悪影響が及ぶことが約束される。  愚者というのはこの常識の理解が欠落している。常識は無くても良い、ただそれを知っているかどうか、ここに重点が置かれる。  ではハクが取った行動はどうだったか。  口に出さないが一様にハクを皆

小説「実在人間、架空人間」第二十五話

 どれぐらい経っただろうか、時間にして短いのかも知れないが長く感じられた。  ハクの嗚咽のような悲鳴のような、その声にならない唸るような声だけがそこを支配していた。形容しがたい状態でテーブルに突っ伏して泣き、椅子とテーブルに嵌め込まれるようにそれらと一体化していた。私達は残されたパズルのピースのようなもの、ただそこに残された私達もハクと同様にパズルのように合致して混ざってしまうのではないか、ハクの様子を見てそう感じた。  松葉が何も言わずハクを抱え込むように肩を掴んでは、

小説「実在人間、架空人間」第二十四話

 データマンとなった先崎は二人を止めることをしなくなった、今となっては先崎は一番賢明で堅実な道を行っている、その役割を果たす為、データを取るという明確な意思によってゲームと向き合っている。ここでこの二人を止めるのは残された者の役割、しかし、その巻き添えを被ることも同時に想像出来てしまう、愚者という存在はただその場にいるだけで竜巻のようなどうしようもない災害に近い。 「ほら、あなた自身が証明しちゃってるじゃない、馬鹿は勝手に妄想してそれが全てと思い込んで、だからあなたもここを

小説「実在人間、架空人間」第二十三話

「それもそうだが、お前も人のことなんておかまいなしだよな、ただそのお前の言う時間は有限という部分においては俺も同意する」  先崎がそう言って本からペンを取り出し何やら書き始めた。  ルールブックの背表紙裏はある程度分厚くなっており、その中央にペン一本分の窪みが空いていてそこにペンが埋め込まれるようにして入れられている。この本はルールの説明のあとはかなりのページ数が空白のページで構成されていて、どうやらメモを取る為に用意されているらしかった。 「俺は俺のやれることをやる事

小説「実在人間、架空人間」第二十二話

 ここでふと松葉を見ると悲しげにハクを見ている、心配した様子で本を開いてはハクに話しかけたり「ハクは何も悪いことしてへんよ」としきりに励ましていた。そうこうする内にガクもハクも松葉も他愛の無い談笑をし、時に笑顔を浮かべては冗談を言い合ったりしていた。 「ガクは普段何して遊んでるん?」 「格ゲーかなぁ」 「格ゲーなら何でもやるいう感じ?」 「うん、基本的に自由な時間はそんなに無いから、普段練習ばっかでやになっちゃうし、ずっと会える友達も移動することが多くて少ないから、大

小説「実在人間、架空人間」第二十一話

 全員が椅子に腰掛け、まずはルールブックを確認していこうと私が提案した。  理由として一番知りたいことは架空側は我々人間側と同条件かを知るべきだと判断したから、この同条件というのはこのゲーム上における公平さがあるかどうか、仮に架空側が優れているなら人間側が知らない『何か』を把握してしまえるという意味に直結する。  そうであってもそうでなくても、どちらにせよその基本となる部分を一旦整理した方が良いと考えた為だ。  0、ゲーム全体の説明 『人間側と架空側に別れ、実在側二名

小説「実在人間、架空人間」第二十話

 撃ったのは先崎だった。  どうやら人に向けて撃たず、適当な場所に打ち込んでその場を鎮めたかったようだった。そうしてその音に、その乾いた音に呼応するようにして二人は息を止め、硬直した。 「俺には杉原とは別にもう一丁銃を持ってるからな、お前もお前だハク、二人共いい加減暴走するのはやめろ、ここまで敵を作ってしまったら杉原はもう逃げられねえ、杉原はそれを覚悟して一旦落ち着け、ハクもだ」 「ふん、五月蝿いわね、わかったわよ」  そう言ってばつが悪そうに私達と距離を空けるように

小説「実在人間、架空人間」第十九話

「……ねえ、皆は何怒ってるの?」  ガクが耐え切れないといった様子で杉原をじっと見つめながら話し始めた。 「あれだよね、皆バカだよね、人に対してね、やる事じゃないよ」  そう言ってのそのそと疲れた様子で歩いていって銃を手に取った。 「こんなのがあるから無意味に争ったりするんだよ、こんなのがあるから皆バカになっちゃった、ほんとは皆良い人の筈だよ」  ガクが持っていた銃を自身の後ろに放り投げる、それはハクの足元に転がるようにして落ちた、その銃をハクが拾い上げた。 「こ

小説「実在人間、架空人間」第十八話

 暫くの沈黙から口火を切ったのは杉原だった。 「その子、私に似た方、あなたの名前は何かしら?」 「……有本、有本和美です」 「あなた、いきなり銃を取ったわよね、説明もまだ途中だというのに、こういう危ない行動を平気でやるような人、このよく分からないゲームみたいなものの邪魔にならないかしら」  杉原は右足で地面を踏むようにして小刻みに揺らし、強い口調でさらに続けた。 「ずっとルールのような説明に集中できなかったわ、この子のこの行動が怖かったのよ、だって人をすぐ殺しそうじ

小説「実在人間、架空人間」第十七話

『では実在人間、架空人間のルールを説明致します』  そう言って軽く咳払いをした。 『七人の実在人間と二人の架空人間が存在します、その二人の架空人間は君達の中の二人からランダムに選ばれて、私達二人が憑依します。その二人を二時間以内に見つけて、テーブルの上に置いてある銃でその二人を殺してください』  そこまで話すと少しの間が空いた。 『えー、その銃ですが、弾は一発しか込められていませんが、銃を自身の首より上、鼻先まで持っていき、手持ちの銃に対して名前をフルネームで70デシ

小説「実在人間、架空人間」第十六話

 木漏れ日が先崎から吐き出された煙草の煙の間を抜け、黒煙に似た灰色が薄く鈍った色に変化する。その空気中に漂う濁った色を何となく、ただ何となく目で追っていると、突如選挙カーかのような大音量の音声が辺りに響き渡った。 『あー、テステス、ただいまマイクのテスト中』  木々の隙間から聞こえたこの場に似つかわしくない機械音声は「んー、あー」と更に続け、幾度か音声のチェックをしているようだった。一時の静寂から妙なリバーブの効いたステレオ音声、妙な人では無くそれでいて機械じみた声が音声

小説「実在人間、架空人間」第十五話

 白い家の周りをドーナツの穴を覆うように木が取り囲んでいる。家の位置はこの島の端付近に存在していて、この裏手の木々を抜け、先に進むとすぐに崖がある。  大よその歩いた所感、この島の陸地は円形の形を取っている、結構しっかりと円だとわかる、ただ歩いただけでの所感で予測がついている為、ある意味では明確に円だとわかったという認識だ。  この家の外から見る概観について皆は確認済みかも知れないが、私には所々記憶が無い、そう思って私は何となくこの家をぐるっと回って確認してみようと、私か