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■ 其の305 ■ メリー・ゴー・ラウンドは再生の物語なのか?

📕メリー・ゴー・ラウンドというふたつの作品があります。
 
 音楽  メリー・ゴー・ラウンド 山下達郎   (1999年)
 小説  メリー・ゴー・ラウンド 三浦哲郎 (1977年)


📕山下達郎さんの曲の歌詞です。

  真夜中の遊園地に
  君と二人で
  そっと忍び込んで行った
  錆び付いた金網を乗り越え
  駆け出すと いつも月が昇ってきた

  心は粉々に砕かれ
  失くしてしまった
  幻のMerry-go-round
  愛さえ


  亜麻色の (spin, spin, spin)
  月明の下で
  僕たちは (spin, spin, spin)
  笑いながら愛し合った
  色褪せた水玉のベンチは
  滅び行く時の匂い しみついていた

  きっと生まれ変わる 今なら
  (Merry-go-round)
  もう一度だけ
  動き出せ Merry-go-round
  目を覚ませ ユニコーン

📕三浦哲郎さんの短編小説から、六つの場面を抜粋。

 母親の命日の朝、寺へいって、初めてハンドバッグに入っていたガラス玉の輪が数珠だとわかった。本堂でお経を上げてもらうとき、父親が自分でその輪を取り出して、合掌しているチサの手の親指の股のところに黙って掛けてくれたからである。


「母ちゃんよ、俺、もう、くたびれっちまった。」
 独り言のようにそういうと、不意に合掌していた両手をひざの間にだらりと垂れてしまったので、チサはびっくりした。


「そうだな。女の子にはあれがいい。あれにたっぷり乗せてやろう。」
 父親はそういって、メリー・ゴー・ラウンドのチケットばかりを七回分も買った。


 それにしても、父親にしっかりと抱かれたまま細い坂道を登り詰めて、茨のなかをぐようにして崖縁の方へ近寄ったときは、チサはやっぱりこわくてもがき出しそうになった。
「父ちゃん、こわい。」
「こわくない。父ちゃんも一緒だ。」


 ┄┄その晩、もう帰りの汽車には間に合わなくて、仕方なく泊まることになった浜の旅館で、チサは、おかしな夢を見た。仄暗ほのぐらい野原のようなところをひとりで歩いていると、昼に遊んだメリー・ゴー・ラウンドの木馬たちが、ひずめの音も軽やかにあとを追いかけてくる夢である。


「父ちゃん、寒いの?」
 今度も返事はなかったが、こんな真夜中に、浴衣の前をはだけて畳の上にあぐらをかいていたりするからだと、チサは思った。それから、死んだ母親が冬の寒い晩などによくそうしてくれたように、父親のふるえる背中に自分のからだの前をぴったりと貼りつけるようにして、チサは目をつむった。

盆土産と十七の短篇 中公文庫より


📕メリー・ゴー・ラウンドは、痛みと再生、希望の象徴なのかもしれない。
  と、そんなことを思いました。


■この動画は、山下さんの曲に個人がベース演奏を重ねて録音したものです。

 


 


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