Flog_kerokero
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【情熱を再編する為の心得】
見上げる程に大きな樹木と頭上を覆う葉の影に目を細める。
遠くから聞こえる鳴き声は耳馴染みのないものばかりで、どこか現実感の薄い足元を二度踏み鳴らした。
「皆様、ダイナソー!本日はダイノダイナーにお越しいただき、まことにありがとうございます!」
案内人の明るい呼びかけに全員が視線を向けた。
笑顔の裏に注目を浴びた事への微かな怯みを隠し、注意書きを読む様に促す。
「……――以上の事にお気を付けく
【晩餐を楽しむ為の心得】
「空村さーん?」
マンションの警備を任されている男性が、部屋のチャイムを二度鳴らす。
先日オーナー宛に住人の一人が勤める会社から無断欠勤の連絡が入ったという。
スマートフォンは電源が切られているのか連絡がつかず、電話口では責め立てる様な言葉が何度も繰り返されていたらしい。
「逃げたとかじゃないんかね」
ぼそりと呟く。
数分待っても反応は無く、借りていたマスターキーを差し込んで――鍵は掛かって
【平穏を享受する為の心得】
「ここが、ホテル・カデシュ……」
青年――エイル・アーデンの眼前には一見すると豪奢な高級ホテルが聳え立っている。
ニューヨークの街中に溶け込みながら、理解していれば確かにどこか雰囲気が違っている様な。
伝えられていた時間より早く到着していた自分の後に続いて、何台ものタクシーが入り口前に並び始める。
車から降りてきた人々は、明らかに異様だった。
これから宿泊をするとは到底思えない風貌、身に纏う雰囲
【人生を謳歌する為の心得】
ある出版社のデスクにて、一人の青年が壮年の男性と向かい合っていた。
青年はここに所属する作家であり、先日送付した原稿を読み終えた担当編集との打ち合わせの為に出社したのが昼前である。
300ページに及ぶ一通りを読み、それぞれのシーンの意味合いの確認や会話の調整、誤字脱字などの指摘が二時間ほど行われた。
彼の言い分は自分の好みや感情論ではなく理屈や根拠に乗っ取ったものが多く、青年はそういったところを好
【Who is Liar?//後日談】
グラスの中で氷が揺れる。
ゆっくりと溶けながらも味わいを微塵も損ねない調和のとれた一つの世界。
口に含めば広がる香りに満足げな気配がマスクの裏側に浮かぶ。
「随分上機嫌だな」
「そりゃ美味い酒を飲めばね」
「どうも」
マスターの寡黙な眉が僅かに動いたのを見た。
元々小さなバーだが、今日は客の数が少なくは無い。
自分の相手もそこそこに注文を受ければボトルが開く音がする。
「お?珍しい奴がい
【Who is Liar?】
雨の降る夜。
コンクリートに染み込んでいく水滴は普段の喧噪を覆い隠し、高架下に燻る紫煙は音を立てずに下へ下へと流れていった。
それらを横目に眺めながらネオン街から路地を三つ跨ぎ、テナント募集中の看板がぶら下げられたビルとビルの間の扉を潜る。
「いらっしゃい」
旧式の義体が僅かに軋む。
剥き出しの目がぎょろりと来店者に向けられるが、男は慣れたものでカウンター席の真ん中に座った。
「空いてんだか
【アントシアンの礎石】 Cp.2
「お待たせしました」
椛重工の役員用会議室に最後の一人が到着した。
祇園寺ローレルを含めた五人が集まり、環境課から提供された情報と自社の調査によって得られた情報の二つを眺める。
そして渋い顔をした。
この騒動の発端――
「結論から言えバ――まったくもって恥ずかしい身内の恥ダネ」
ハッカーをバックアップしていたのは椛重工の子会社だった。
数か月前のインフラ整備工事の際、仕事を回されなかった事が
【アントシアンの礎石】 Cp.1
皇純香。
胸元から下げているIDに刻まれている名前。
椛重工の応接室に招かれた彼女は、調印された書類を見比べている男性の言葉をじっと待つ。
時折向けられる視線を意に介さず、堂々と、胸を張って。
「確認いたしました」
自分とその隣に座る男性役員――初めて顔を合わせる相手。
それぞれ一枚ずつを受け取り、立会人が深々と頭を下げた。
「椛重工と環境課の双方にとって、この関係が良きものでありますよう」