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『ターナー日記』の邦訳⑥第十章~第十一章


第十章

1991年11月16日。先週の迫撃砲による攻撃にたいする"システム"の反応が形になってきた。たとえば、公然と街中を移動するのがますます難しくなった。警官と兵士による街頭でのチェックが強化されており、歩行者から車まで、あらゆる人間が制止される。呼び止められたときにもしも身元を証明することができなければ略式の逮捕を受けると、ラジオで一時間に一回は大衆へ警告が発せられている。
偽造された運転免許証と偽の身分証明書がすでに一部のメンバーに支給されているが、ワシントン地区にいる人間が全員しょっぴかれるのは時間の問題だろう。昨日はキャロルが間一髪の目にあった。彼女は今週の部隊の食料を買うためにスーパーマーケットに行ったのだが、警察がやってきてチェックを始めたときに彼女はまだ店内にいた。出口毎に男性警察官が配置されて、店から出る人間の全員に、彼らを納得させる身分証明書の提示をもとめた。
キャロルが店から出ようとした丁度そのときに、出口の一つで騒動が起こった。身分証明書を携行していなかったらしい一人の男に警官が尋問をおこなっていたら、そいつが暴れだした。手錠をかけようとした警官の一人を思いっきり殴って、逃走しようとした。
数フィートも逃げないうちに警官たちが組みついて、ほかの出口に配置されていた警官もみんな応援に来た。一時的に無防備になった出口から、キャロルは食料品とともに脱出することができた。
こうした身分証明書のチェックは、通常の職務から警官たちの配置転換をして実施されているので、黒人とほかの犯罪分子たちにとってはありがたい状況ができている。陸軍の人員も身分証明書のチェックなどの警察の作業に駆り出されているが、陸軍の主要な任務はいまだに、政府とメディアの施設の警護である。
ヒューマン・リレーションズ評議会にも非常時の警察権があたえられたのは一番驚くべき変化だ。しかも、銃の没収事件のときと同じように、生活保護の受給者の名簿に載っている黒人を大量に"代理人"へ任命している。コロンビア特別区とアレクサンドリアでは、代理人の黒人たちがすでにあちこちを威風堂々と闊歩して、路上で白人を呼び止めている。
やつらは呼び止めた人間に賄賂を要求して、断られれば逮捕をちらつかせて脅しているという噂がある。しかも、白人の女を"尋問"と称して"地区司令部"に引っ張りこんでいたという。彼女たちは裸に剥かれて、輪姦されて、殴打されて――すべては法の名のもとに!
ニュースメディアはこういう凌辱について一言だに語っていない。もはや驚くことでもないが。それでも噂はずっと出回っている。人々は怒りにふるえたり怯えたりしているが、どうするべきかがわからない。武器がなくては、できることがあまりにも少ない。完全に"システム"の掌の上でおどらされている。
二年前にあれだけ大衆からおおきな恨みを買ったのに、"システム"がいったいどうして、黒人をまたも代理人にして物事をわざと混乱させているのか。それを推し量るのは困難である。部隊のなかで俺たちはこのことについて話し合ってみたが、意見は別れた。俺以外の全員は、月曜日の事件が"システム"を恐怖に陥れたので過剰反応しているのだと考えているみたいだった。
そうかもしれないが、俺はそんなふうに考えない。やつらには、俺たちとのゲリラ戦という構想に慣れるまでに二か月も時間があった。FBIのビルを吹っ飛ばしてやつらの鼻っ柱を初めてへし折ってやってから、五週間ちかくも経っている。
全国に潜伏している俺たちの兵力が2000人をこえないことをやつらは知っている――つまり彼らは俺たちをじり貧に追い込んでいると気付いているはずだ。黒人を白人にたいしてけしかけているのは、完全に予防措置のためだとおもう。白人の大衆をおそれさせることで俺たちの勧誘を難しくしているつもりなんだ。そうやって俺たちの壊滅を早めている。
ビルは俺と正反対の意見をのべた。ヒューマンリレーションズ評議会と"代理人"のギャングたちのあらたな活動にたいする白人たちの反応は俺たちの勧誘をやりやすくするだろうという。1989年ならば、俺が言ったこともある程度は正しかった。しかし、白人のアメリカ人たちはこの二年間で"システム"の圧政がその姿をあらわにするのにかなり慣れてきた。最近の動きは大衆を挑発するよりも委縮させるほうに寄与すると俺は信じたが。ま、真実はそのうちわかるさ。

いっぽうで、俺には山ほどの仕事が待っている。ワシントン司令部から、新規に三十台の送信機と百台の受信機の設置を手伝ってくれと要請がきた。期限は年内だ。俺の力でやりとげられるかはわからないが、やってみるとしよう。

11月27日。身を粉にして昼夜をわかたずに今日まで働いてきた。ワシントン司令部がもとめてきた通信機器の設置をおわらせようと尽力しながら。三日前の火曜日に、必要な部品をかきあつめて工場内に組立てラインを築いた。キャロルとキャサリンに手伝いをお願いした。比較的に簡単な作業を彼女たちに任せたおかげで、最終的に締切りにまにあうことができるかもしれない。
しかしながら、昨日にワシントン司令部から呼出し命令をくらってしまったので、本日の早朝から夜の十時まで工場を離れなければいけなくなった。呼出された目的の一つは"忠誠度チェック"だった。
指定された番地に到着するまで、そんなもののことは知らなかった。そこは小さな土産物屋であり、そこでハリー・パウエルの試験が始まった。
見張りが地下の倉庫からちいさな事務室へと案内してくれた。そこで待っていたのは二人の男だった。一人は革命司令部からきたメジャー・ウィリアムスであり、以前に会ったことがある。もう一人はクラーク博士という合法部隊の人間であり、彼は臨床心理士だとすぐに紹介された。
ウィリアムスが説明してくれたところでは、地下部隊の新兵のためのテスト課程を"組織"が開発した。その役割は、新兵のほんとうの意欲と思想を探って、秘密警察からきたスパイを弾くことにある。そのほかの理由で不適格だとみなされる人間も同様だ。
新兵のみならず、古株のメンバーもテストされる。というのは、秘密警察にとって特別な価値がある情報を、彼らは任務のおかげで握っているからだ。"組織"の通信システムについての俺のつまびらかな知識はそれだけで、俺もその範疇に入れてしまう。さらに、俺の仕事は普通よりもたくさんの他部隊の人間と接触することを可能にしてくれている。
もともとの計画では、地下部隊のメンバーが、自部隊以外のメンバーが使っている個人情報を――または部隊の位置を――知らないようにしようという話だったのだが、実際にやってみると大幅に妥協せざるをえなかった。この二か月であきらかになったのは、ワシントン地区でも――自発的に、あるいは拷問されたら――無数の他のメンバーを敵に売ることができる人間が何人もいた。
俺たちはもちろん、銃の没収事件のあとの新兵の勧誘と見定めに細心の注意をはらっていたが、俺が今朝受けたようなことはしていなかった。すくなくとも二本以上の薬物の注射を受けたが、一本目で頭がもうろうとして、それから何本打たれたかはわからない。電極を六つ、体のいろいろな部位に取付けられた。まばゆい光が目の前で点滅して、感覚がすべてなくなり、周囲の状況がわからなくなった。俺を尋問する声だけが聞こえた。
次におもいだせるのは、三時間近くあとに地下室の簡易ベッドのうえであくびをしながら体を伸ばして起床したことだ。尋問そのものは三十分もせずにおわったと言われたが。薬物の影響はどこにも残っていないようで、とてもすっきりした気分だった。
俺が立ちあがると、係りの人間が近づいてきた。締め切った事務室から、くぐもった声が聞こえてきた。だれかが尋問されていたのだ。数フィート先の簡易ベッドにべつの男が寝ているのにも気付いた。彼もおなじ体験をしたばかりなのだと察した。
地下のべつの部屋に案内された。とても小さな小部屋であり、一脚の椅子と小型の金属製のテーブルが置かれていた――じっさいはただのタイプライタースタンド(訳中:タイプライターを設置する台)である。テーブルの上には、厚さが二インチはありそうな、プラスチック製の黒いバインダーがあり、タイプされた報告書がはさまれているようだった。係りの人間から、バインダーの中身を細部までくわしく読むべきだと言われた。そのあとでメジャー・ウィリアムスからまた話があるとも。ドアを閉めて出ていった。
椅子に座ったちょうどその時に、女がサンドイッチを盛った皿と熱いコーヒーを持ってきた。礼を言ってから、空腹だったのでコーヒーをすすってサンドイッチにかぶりつきながら、バインダーの最初のページに目をとおした。
四時間ほどかかって最後のページを読み終えたときに、サンドイッチがまだ皿に残っているのに気付いた――食べかけのもあった。マグカップにはすっかり冷えたコーヒーがなみなみと残っていた。千年間の宇宙旅行から地球に――部屋にもどってきたみたいだった。
俺が読んだものは――400頁ほどもタイプされた本に相当する――この世界の外へと俺を連れていった。"組織"の地下部隊の闘士として存在している日常の外へと。そして、俺の前にひろがっている、すべての国民と種族と人種をふくむ世界全体を見通すことができる、高山の頂へといざなってくれた。そこで俺は、自分の眼前で展開されている時代の奔流を理解することができた。一億年前の沸騰する根源的な泉から、何世紀にも何千年にもわたって俺たちの前に掲げられていた無限の可能性へとつづいてゆく。
この文書のおかげで、俺たちがいま直面している苦難――"組織"とその目標と未解決の問題――がいままで考えていたよりもずっと大きなコンテクストのなかで捉えなおされた。すなわち、文書の内容についていろいろ考えてみたのだが、こういうことのすべてが一貫した一つの形で表現できたことはなかった。全体像がこんなに鮮明にみえたことがなかった。

(読者への注意:ターナー氏が「本(the Book)」のことを語っているのはあきらかである。「殉教者の記録」から約十年前に書かれたことがほかの証拠からわかる。つまり、おそらくはBNE9年のいつかである。古い年代法によると1990年だ。ターナー氏は"タイプされた"と述べているが、彼が指しているのがタイプされた複写原稿なのか、原本そのものなのかは不明瞭である。もしも後者ならば、その場合のわれわれは、「本」のオリジナル原稿についての唯一の参考文献を手に入れたことになる! ターナーの叙述と一致する複写原稿はいくつか現存していてアーカイブに保存されているのだが、考古学者たちはいまだにオリジナルのタイプ原稿の手がかりすらみつけられていない)

俺たちがやっていることはなんなのか、その深甚なる意味をはじめて理解した。たとえ勝つためになにをすることになろうとも、俺たちの何人が斃れることになろうとも、どうして俺たちがいま失敗するわけにいかないのかを理解した。一切は俺たちにかかっていたし、俺たち次第なのだ。俺たちは主が大いなる計画を成就するための、まさに道具なのだ。こんなのは、いまだかつて信心深かったことがない俺から出てくるには奇妙な言葉に聞こえるかもしれない。しかし、まぎれもなく真実の心から出た言葉である。
メジャー・ウィリアムスがドアを開けたときに、俺は読んだことについて考えながら、そこに座ったままだった。いっしょに移動するようにもとめようとして、俺がサンドイッチを食べ終えていないことに気が付いた。狭くるしい部屋にもう一脚の椅子を持ってきて、話しているあいだに食べてしまうように促した。
短い会話のあいだに、耳寄りな話をいくつか聞かせてもらった。そのひとつは、俺のいままでの思い込みに反して、すこしずつだが着実に新兵が入ってきているということだ。ワシントン司令部はあたらしい人間を新規の部隊に配属しているので、俺たちはだれも気付かなかった。あたらしい通信設備が必要だったのは、だからだ。
また判明したのは、新兵にすくなからず秘密警察のスパイが紛れ込んでいたことである。さいわいにも、"組織"の指導者たちはこの脅威を見越して対策を考案してあった。"組織"が非合法になったときには、絶対確実に新人をふるいにかける方法がなければ安全に勧誘を継続することができないと気付いていた。
用いる方法はこうだ。"組織"へ入りたいという人間が合法部隊のもとにあらわれたら、彼はすみやかにクラーク博士のところに送られる。クラーク博士の尋問法には言い逃れも嘘も通用しない。メジャー・ウィリアムスの説明によると、不合格だった志願者はテストのあとのお昼寝から目覚めることがない。
これなら、スパイがどうして消えてしまうのか、"システム"にはわかりようがない。これまでのところ三十人以上の侵入者をつかまえており、そのなかには女も複数いたといわれた。
もしも俺の尋問で、忠誠心に欠けていたり不安な結果が出て、俺の知識を頼りにするにも値しないと判明したらどうなっていたのかを想像すると、震撼した。そして、クラーク博士という、地下部隊のメンバーですらない男が俺の生殺与奪を握っていたことに瞬間的な憤りをおぼえた。
博士が合法部隊にいるのはべつに非難されるべきことでないことをよく思い出してみると、その憤りはすぐに消え去ったが。クラーク博士が地下部隊のメンバーでない理由はただ一つ、九月にFBIの拘束者リストに名前がなかったからだ。うちの合法部隊は、俺たち地下部隊が戦いを遂行するうえで、きわめて重要な役目を演じている。プロパガンダと勧誘活動にとって必要不可欠である――"組織"の外の世界とじかに接触できるのは彼らだけだ――発見されて拘束されるリスクを俺たちよりも冒してすらいる。
メジャー・ウィリアムスは俺が考えていることに気が付いたはずだ。俺の肩に手をおいて微笑みながら、俺のテストはとてもうまくいったと保証してくれた。そう、本当にうまくいった。俺は"組織"の内部でえらばれた人間の内部組織に加入することになった。さっき読み終えたあの本を読むことは、入会式の第一段階だった。
第二段階は一時間後にはじまる。店の二階で、俺たち六人はゆるやかな半円形を描いてあつまった。営業時間がおわったあとであり、ブラインドをしっかりと下ろしてある。二本のおおきなロウソクの光だけが店の裏手からみえる。
俺が部屋に入ったのは最後から二人目だった。階段をあがると、俺にサンドイッチを運んでくれた女から呼び止められて、灰色の粗い生地でつくられた、フード付きのローブが手渡された――修道士のローブみたいな服だった。そのローブを着ると、俺がどこに立っているべきを彼女が示して、静かにしているように注意をした。
あつまった人間の表情はフードに隠れてみえなかった。この奇妙な小集会に参加している相方たちの顔は一人も判別できなかった。六人目の参加者が階段をあがって部屋の入口にあらわれたときに、俺は振り返って彼を一目見てぎょっとした。長身で体格のいい男がコロンビア特別区首都警察の巡査部長の制服を着て、上にローブを羽織っていた。
背後の別のドアから、ようやくメジャー・ウィリアムスが入ってきた。彼も灰色のローブを着ていたが、フードは背中に下ろしていたので、二本のキャンドルの明かりが左右から顔を映し出した。
彼は抑えた声で俺たちに語りかけて、説明をした。俺たちはそれぞれが「言葉の試練」と「行為の試練」に合格して、騎士団のメンバーに選出された。つまり、
全員が自分に証を立てた。大義にたいする正しい態度のみによるのでなく、大義を実現する戦いのなかの行為のみによるのでもない。
騎士団のメンバーとして、俺たちは信仰の担い手になるのである。この騎士団の階層のなかからのみ、"組織"の将来の指導者が出てくる。そのほか沢山のことを俺たちに教えて、俺がさっき「本」で読んだばかりの話をなんども繰り返した。
彼が説明した"騎士団"は、俺たちの使命の第一段階が成功するまでは、"組織"の内部でも秘密のままにしておかれる。つまり、"システム"の破壊だ。「騎士団」のメンバーがたがいを識別することができるサインを彼が教えてくれた。
それから、誓約をおこなった――力強い誓いを。体を骨まで揺さぶって首の後ろの毛を逆立たせる、真実の心からの誓いを。
一分ほど間をおいてから一人ずつ部屋を出ていくときに、入口のところにいた女がローブを回収した。そしてメジャー・ウィリアムスが全員の首へ金の鎖の小さなペンダントをかけてくれた。このペンダントのことはすでに説明をしてもらってある。中にとても小さなガラス製のカプセルが入っていて、昼夜を問わずにどんなときでも身に着けていなければならない。
脅威が眼前に迫って捕縛されるおそれがある状況になったならば、ペンダントからカプセルを取出して口内に入れておく。そして、捕縛されてしまって、速やかに脱出できる可能性がみいだせないならば、口内のカプセルを歯で破砕することになる。死は苦痛もなく、たちどころに訪れてくれるだろう。
いまや俺たちの生命はすべて、騎士団のものである。ある意味で、今日、俺は生れ変ったのだ。俺のまわりの世界と人々を、人生でもう二度と、昔とおなじようにはみることができないと気付いている。
昨日の夜に寝るために服を脱いだら、キャサリンがめざとく俺のあたらしいペンダントに目を留めて、当然ながらそれについて訊いてきた。昨日はずっとなにをしていたのかも知りたがった。
さいわいにも、キャサリンは包み隠さず真実を話しても大丈夫な種類の女性だった――まったくもって、稀少な宝石にひとしい。ペンダントの用途を説明してやって、俺が"組織"から引受けているあらたな使命のために欠くべからざるものだと告げた――使命のくわしい内容は、だれにも話すことが禁じられている。すくなくとも今は。彼女はあきらかに内容が気になる様子だったが、それ以上踏込んではこなかった。

第十一章

1991年11月28日。夜に不穏な事件が起こって、俺たち全員がひやひやする羽目になった。ヤク中の若いやつらが車でやってきて、うちの建物に侵入しようとした。人がいないと思っていたようだが、やつらの車ともども始末しなければならなかった。こういうことが起こるのはこれが初めてのことだったが、ここは放棄された場所にみえるので、これからも同種のトラブルを誘いこむかもしれない。
彼らの車がうちの駐車場に入ってきて周辺警報システムを発動させたときに、俺たちはみんな二階で食事をしていた。ビルと俺が階下の薄暗い車庫に行ってのぞき穴のカバーをとったら、だれが外にいるのかがわかった。
車はライトを消していた。搭乗者の一人が車外に出て、ドアを開けようとしていた。しかも、ドアのガラスに貼り付けられていた板を引き剥がしはじめた。もう一人の若者が降りて手伝いにきた。暗闇なので顔つきはみえなかったが、話し声は聞こえた。黒んぼなのがはっきりとわかった。あの手この手をつかって、ここに侵入しようと企んでいた。
ビルが彼らを退散させようとこころみた。みごとな物まねで――スラム街のアクセントでドア越しに叫んだ。

「おい、おまえ! ここは俺たちのものだ。 汚ねえケツをひっさげてさっさと出ていけ!」

二人の黒人は仰天してドアから飛びすさった。二人が小声で話しあっていると、さらに二人分の人影が車からあらわれて合流した。黒人の一人とビルのあいだで、それから対話が始まって、こういうふうに進んだ。

「人がいるとは知らなかったんだ。俺たちはクスリをやる場所を探していただけだ」
「そうか、ならもうわかっただろ。礼儀知らずのガキめ!」
「なんであんたはそんなにケンカ腰なんだ。入れてくれよ。Stuffも女もいるぜ。あんたは一人なのかい」
「いや、一人じゃない。Stuffもいらない。さっさと出ていったほうが身のためだぜ」

(読者への注意:アメリカの黒人方言にはドラッグの使用に関して、彼らに固有の特殊な用語がその絶滅までたくさんあった。"Stuff"とはヘロインのことであり、阿片の派生物のなかでとりわけ人気があった。"クスリをやる(shoot up)")とはヘロインを静脈に注射することである。旧世紀の最後の五十年の、政府によって人種の混淆が強制された時代に、黒んぼの薬物依存と固有の用語はアメリカの白人の一般大衆にひろがった)

だが、彼らを退散させるビルの試みは不首尾におわった。二人目の黒人が「開けろよ、開けろよ」と呪文のように復唱しながら車庫のドアをリズミカルに叩きはじめた。車のなかでだれかがカーラジオのスイッチを入れて、黒人音楽が耳をつんざく音量でやかましく流されはじめた。
俺たちがしてやれる最後の努力をおこなったのにこの騒がしい状況ができて、このままではお隣のトラック運送会社の人間か警察に目を付けられそうだったので、ビルと俺は迅速に対処を図った。女二人にショットガンをもたせて、工場のそばに転がっている廃自動車の後ろに配置した。俺は拳銃をとって裏口からこっそりと出て、音を立てないように車庫の建物をまわりこんだ。車庫への侵入者の出口をふさぐことができる位置に俺は忍び寄ったことになる。そこでビルが発表した。

「わかった、わかった。開けてやればいいんだろ。車を入れろ」

ビルが車庫のドアを上げているあいだに、黒人の一人が車にもどってエンジンを起動した。ビルは車庫のなかで端に立って頭を下げていた。そうすれば、車のライトが照らしたときに白い肌がはっきりとみえにくくなる。全員が入庫したらビルが車庫のドアをまた下ろしたのだが、黒人の車は十分に奥まで入らなかったのでドアを完全に閉めることができなかった。もっと奥まで入れろとビルが指示を出したが、運転手に無視された。
下車した黒人たちがビルをよくみると、すぐに一人が警戒の声をあげた。

「こいつは仲間じゃねえ」

そいつは叫んだ。
ビルが工場の照明をつけると、女性陣が隠れ場所からやってきた。俺はドアの下のすき間から内部にすべりこんだ。

「全員、車から出て、床に伏せろ」

ビルが運転席のドアをおもいっきり開けながら、彼らに命令をした。

「出ろ、ニガーども、来い!」

四つの銃口が向けられているのに気付いた彼らは、抗議の声をあげることもせずに車外へと出てきた。なんと、彼らの二人は黒んぼでなかった。コンクリートの床で顔を下にして這いつくばらせたが、全員で六人いて、そのうち三人は黒人の男で、一人は黒人の女――そして二人は白人のあばずれだった。どちらも十八歳をこえてはいなかっただろう、白人の少女たちをみて、胸糞がわるくなった。
彼らをどうするべきかを決めるのに長くはかからなかった。銃声を響かせることはできなかったので、俺は重いバールを手に取って、ビルはショベルを手に取った。女性陣がショットガンで制圧しているあいだに、床で伏せている彼らの列の端と端から俺たちは始めた。仕事は手早く、だが正確にこなした。後頭部に一撃を食らわせれば、どいつも十分だった。
あと二人というときだった。ビルのショベルの刃が黒人男の頭蓋骨をかすめて、そばに伏せていた白人少女の肩に直撃した。彼女の肉に食い込んだが、致命傷には至らなかった。俺がバールでとどめを刺す前に、ちいさなあばずれが弾丸のように速く起き上がった。
車庫のドアは俺がすべりこんできた時のままになっていて、錠がかけられておらず、しかもいつの間にか六インチほどずり上がっていた。少女は狭い開口部を通りぬけて走ってゆき、通りにむかっていった。俺から彼女の背中まで十ヤードはあった。
逃走する少女のちょうど前方の暗い舗装道路で丸い光が揺れているので、恐怖で身が凍った。大型トラックが隣の駐車場から道路に入るところだった。もしも少女が通りにたどり着けば、トラックのヘッドライトが彼女を照らし出すだろう。運転手はまちがいなく少女に気が付く。
迷うことなく拳銃を上げて発砲すると、即座に少女はその場で雑草のわきに倒れこんだ――雑草は育ちすぎていて、うちの駐車場とトラック会社の駐車場を隔てるフェンスになっている。じつにラッキーな一撃だった。命中した場所だけじゃなく、加速するトラックの爆音が発砲音をうまくごまかしてくれた。トラックの轟音が遠方へ去るまで、冷や汗でぬれながら、駐車場にしゃがみこんでいた。
六人の死体を、ビルといっしょに黒人たちの車の後ろへ積みこんでから、ビルがその車を運転した。キャロルが俺たちの車でついてきた。おぞましい積み荷を車ごと、アレクサンドリアの下町にある黒人の飲食店の外に置いてきた。あとは警察に事件の解決を頼もう!
あたらしい通信機器の動作はいたって良好である。夕餉の前までに――晩のめんどうな事件の前までに――キャロルとキャサリンが機器の膨大な部品を組立てておいてくれたが、俺が担当する作業である、調整とテストが追い付かなかった。もっといいオシロスコープなどの計器があったら、もっといい仕事ができたのだが。

11月30日。土曜日の事件のことを考えているうちに、白人のあばずれ女を二人殺したことに良心の呵責も悔恨も感じていない自分に驚いた。六か月前には、白人のティーンエイジャーの少女を冷静に始末している自分など想像できなかった。たとえ、その少女がなにをしたのであろうとも。なのに、今はもう大幅に現実的な人生観をもつようになってしまった。"システム"が若者に浴びせるように作り出している不自然な最新のポップカルチャーと教会と学校のせいで、リベラリズムという病に感染した。あの二人の白人少女が黒人といっしょにいた理由は単にそういうことだとわかっている。おそらくきっと、健全な社会で成長していたならば、彼女たちにも人種への誇りが芽生えていただろう。
だがそのような推察は、俺たちの戦いの現在の状況に無関係である。この病の一般的な治療法となる手段が手に入るまでは、ほかの方法によって対処しなければならない。ちょうど、病気にかかった家畜が群れにあらわれたら、群れのすべての家畜を失いたいのでないかぎり、その個体を取り除いて処分しなければいけないように。女々しく手をこまねいていられる猶予はない。
このような訓戒は、この晩のテレビのニュースによっていやおうなく全員の胸に刻まれた。シカゴのヒューマン・リレーションズ評議会がおおがかりな"反レイシズム"の大集会を今日催した。表向きの言い訳は、黒人の"代理人"を乗せた車への機関銃攻撃が、金曜日にシカゴの下町で白昼堂々とおこなわれたことへの抗議という話だ。やったのは"組織"だろう。たった三人の黒人が殺されただけだが、"システム"はこれを利用して、ヒューマン・リレーションズ評議会とその代理人の黒人の傭兵部隊にたいする、白人たちの煮えくり返った憤りを圧殺することにした。この黒人"代理人"たちはシカゴの無防備な白人にたいして、こっちよりもひどい狼藉を働いているみたいだ。
シカゴの大集会はシカゴ一帯のすべてのマスメディアから猛烈に応援されていたのだが、初動で20万人近くの参加者を動員した――半分以上は白人である。数百台のバスが特別に交通局から提供されて、人々を郊外から輸送した。数千人の若い黒人のチンピラが、シカゴのヒューマン・リレーションズ評議会の腕章をつけて、有象無象の暴徒のあいだを尊大に練り歩いた――"秩序を維持するために"。
毎度おなじみの政治屋と生臭坊主が顔をそろえて、大集会で演説をした。"同胞愛"だの"平等"だのという、しらじらしいお題目を発して。それから"システム"は地元のアンクル・トムを舞台に上がらせて、"邪悪な白人レイシズム"をいまこそ完全に撲滅しようという情熱的なスピーチをさせた。

(読者への注意:"アンクル・トム"とは、当局やユダヤ人の利益を代表する、ネグロイドの顔役である。おなじ人種の仲間たちを操縦するのに長けたエキスパートであり、その仕事でいい給料をもらっている。革命の最終局面では、わずかな間だが"組織"に雇用される"トム"すらいた。うじゃうじゃいる黒んぼたちを都市部の特定のエリアから収容所へと移動させるときに、白人の生命の損失を最小におさえるために彼らが必要だった)

スピーチのあとは、ヒューマン・リレーションズ評議会から送られた熟練の扇動者たちが群衆のあちこちで仕事をして、連帯の感情が爆発的に盛りあがるようにした。この、トランジスタ式のメガホンを持った縮れ毛の浅黒いユダ公は、自分がやるべき仕事がよくわかっていた。"白いレイシスト"が不運にも敵の手中に落ちて鮮血を流すことが群衆の熱望になり、絶叫がとどろいた。
「レイシストを殺せ」などの連帯の言葉をくりかえし唱えながら、群衆はシカゴの下町を行進しはじめた。道端の店員、労働者、そしてビジネスマンたちは、黒い"代理人"たちによって、行進にくわわるように命じられた。拒否した人間はだれであれ容赦なく殴られた。
そのとき、黒人のギャングたちが行進のルート上にある商店やオフィスビルに入って、メガホンを使ってそこの人間全員に通りに出るように命令しはじめた。たいていの場合、一人か二人のわからず屋の白人を叩きのめして血まみれの物言わぬぼろ雑巾に変えるだけで、のこりの全員にわからせて無我夢中でデモに参加させることができた。
群衆は増大して最後は五十万人ほどにまでふくらみ、腕章をつけた黒人はますます攻撃的になった。群衆のなかで声が足りないようにみえる白人が攻撃されているようだった。
あきらかに悪意がうかがえる出来事もいくつかあって、テレビカメラが嬉々としてズームアップしていた。行進の進路にある本屋で"レイシスト"の本が販売されているという噂が群衆のなかのだれかから流れはじめた。一分か二分も経たないうちに、デモの本隊から数百人のグループが分かれて――これはほとんどが若い白人だった――本屋に突入した。窓が打ち砕かれて、店内になだれ込んだデモ参加者たちが、本を抱えては外に放り投げはじめた。
本のページをなんどか荒々しく破りとって虚空にまき散らしたら、最初の憤怒の衝動が収まったらしい。のこりの本を使って、路上で焚火がはじめられた。そして白人の店員を外に引きずり出して殴打を加えだした。店員がアスファルトに倒れると、暴徒が彼に殺到して、一斉に踏みつけては蹴りつけた。テレビはその場面をアップで映していた。白人の参加者の顔は憎悪によって歪んでいた――自分の人種への憎悪によって!
テレビの視聴者の期待にこたえてクローズアップされた、もう一つの事件は猫の殺害だ。群衆のだれかが、おおきな白い野良猫をみつけて叫びだした。

「白人の猫をつかまえろ!」

一ダースほどのデモ参加者が小道に走って、不運な猫を追いかけた。数分後にまたあらわれた彼らは、血まみれの猫の骸をかかげていた。勝ち誇った歓声をあげていて、なにが起こったかを知るには十分だった。まったく狂っていやがる!
シカゴで展開されたこの惨劇をみて俺たちがみんなどれだけ暗澹としたか、言葉には尽くせない。もちろん、それこそが大集会の主催者の目的だった。彼らは心理学に精通しており、民衆によるテロを脅迫につかう方法を熟知していた。まだ心のなかに異論をかかえている無数の人間がこれで震えあがって口をつぐむだろうと考えていた。
だが、俺たち国民は――白人のアメリカ人は――どうして骨を抜かれたまま暴君にへつらって追従を述べていられるだろうか? こんな暴徒のなかから革命のためにたちあがる兵士を募ることがどうすればできるだろうか?
これは二十年前に宇宙に行って月面を歩行したときとまったくおなじ競争じゃないか。俺たちはじつに低いところに堕ちたものだ!
身の毛もよだつ話だが、流血の大河を見ずして――正真正銘、本物の河を見ずして――この戦いに勝利をおさめる方法がないのはあきらかだ。
土曜日に車でアレクサンドリアに置いてきた肉塊のことは地元のニュースで短く触れられただけだった。全国ニュースではまったく触れられない。俺が推測するところだと、この扱いの軽さの理由は人間が六人殺されてもあまりにありふれた事件なのでニュース価値がない、からではない。事件に人種的な意味合いを当局が感じとったので、模倣犯罪を誘発しないようにしているのだ。

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