『ターナー日記』の邦訳④第六章~第七章
六章
1991年10月13日。昨日の朝九時十五分に、FBIの本部ビルで爆弾が炸裂した。爆弾が計画より小さいという心配は杞憂だった。ビルの損害は途方もしれない。FBI本部の業務の大部分をすくなくとも何週間かは確実に停止させてやることができたし、やつらのコンピュータ施設をつぶすという目標を達成することもできたようにみえる。
昨日の朝五時からすこし前にエドワード・サンダースが第八部隊の車庫で灯油と硝酸アンモニウム肥料を混ぜるのを手伝って、その日の俺の仕事がはじまった。袋を一つずつならべて立てて、上部にドライバーでちいさな穴をあける。穴の大きさは漏斗の先端が差込めるくらいだ。俺が袋と漏斗をささえて、サンダースが一ガロンの油を注ぐ。
四角い粘着テープを穴に貼りつけて塞いでから、俺が袋を転がして中身を攪拌し、油炉から引いた給油線をとおしてサンダースが油の缶に給油をした。44袋分すべてをおわらせるのに三時間近くかかったので、俺は働き疲れた。
その一方で、ジョージとヘンリーは外出してトラックを盗んでいた。たった2.5トンの爆発物のために巨大なトレーラーはいらないので、事務用品の商社が所有する運送トラックを頂戴することにした。まず、目当てのトラックを車で追跡した。運転手――黒んぼ――がトラックの荷台を開けて中に入ったときに、ヘンリーがつづいて飛び乗ってナイフでそいつを始末した。あっという間に、音もなく。
ヘンリーがトラックをうちの車庫まで運転して、ジョージが車であとに従い、エドワードと俺が仕事をおわらせたときに丁度帰ってきた。通りにいた人間のだれにも気付かれなかったと確信しながら。
一トンもの謄写版と雑多な事務用品をトラックから下ろすのに三十分かかった。それから、ダイナマイトの箱と反応性の肥料の袋を荷台に注意深く詰めこんだ。最後は、起爆装置につながるケーブルとスイッチを、荷台から運転席まで隙間をとおして引いた。運転手の遺体は荷台のうしろに残したままだ。
ジョージと俺は車でFBIのビルに向かった。ヘンリーがトラックを運転してついてくる。十番通りの搬入口の近くに駐車して、地下につづくドアがべつのトラックのために開くのを待つ算段だった。ヘンリーは二ブロック離れたところで"俺たち"のトラックといっしょに待っていて、そのときが来たらトランシーバーで合図を送ることになっている。
だが、ビルの近くまで来ると、地下への入口が開いていて他にだれもいなかった。ヘンリーに合図を送りながら走り続けて、七ブロックか八ブロック先で適切な駐車場所をみつけた。それから、腕時計を見ながらゆっくりと歩いてもどりはじめた。
まだ二ブロック先にいるときに、足の下の舗装道路が激しく振動した。一瞬おくれて、衝撃波がやってきた――耳をつんざく"ドカッ、ゴォーン"、巨大な轟音、破壊音、周囲のガラスがすべて砕け散る高音のノイズにおそわれた。
建物の窓ガラスと、通りにあるもの全部が粉々に砕け散った。キラキラと輝く危険なガラスの破片の雨が、付近の建物の上層階から数秒間は通りに降り注いだ。俺たちから前方で、漆黒の煙の柱が空にむかってまっすぐに噴き出した。
最後の二ブロックを駆抜けると、FBIの本部が最初はまったくの無傷にみえたので狼狽せずにいられなかった――もちろん、窓ガラスはほとんどなくなっていたが。数分前に車で通りすぎた十番通りの搬入口に行った。もうもうとして窒息しそうな煙が地下へつづく傾斜路からあふれ出ていて、入ってみる気になったやつはいなかった。
搬入口のまわりでは大勢の人間が駆け回っていて、あるものは中央の中庭に入り、あるものは中庭から出てきた。切り傷をつくっておびただしく出血している人間がたくさんいて、起こったことが信じられずに茫然自失と驚きの表情をみんな浮かべていた。ジョージと俺は深く息を吸ってから搬入口に飛込んだ。俺たちを誰何する者も二度見するものもいなかった。
中庭の風景は惨状そのものだった。ビルのペンシルバニア・アベニュー・ウイングは中庭側もアベニュー通り側も、俺たちが見たところ丸ごと崩壊していた。倒壊したコンクリートのがれきのむこうで、中庭の舗装に巨大な穴がぱっくりと開いていて、漆黒の煙の柱はほとんどがその穴から立ち昇っていた。
ひっくり返ったトラックと自動車。オフィスの家具が粉々に砕けている。建物のがれきが無残に散乱していた――おそろしくなるほどの数の犠牲者の遺体もまた。黒雲の幕があらゆるものを覆っていて、目と肺が焼け付きそうになり、朝日がさえぎられてあたりが薄暗くなっていた。
俺たちがもたらした被害をもっとよく確認するために中庭へと足を踏入れると、ゴミのなかをかき分けて進まなければならなかった――俺たちの右側の書類棚の残骸からばらまかれた紙が海のように堆積していた。きっと千枚はあっただろう。まるで、崩壊したウイングの上から中庭へ一斉に滑りおちてきたかのようだ。バラバラになってはじけた書類棚の残骸の山が20フィートの高さまで積みあがっていて、飛びだした中身が80フィートから100フィートは散乱していた。積み重なるというより、中庭のほとんどが紙で覆われていた。
戦慄と高揚感をいっしょにおぼえながら惨状をぽかんとながめていたら、ヘンリーの頭が数フィート先に突然あらわれた。壊れた書類棚の山の割れ目を彼は這いのぼっていたのだ。彼はトラックを止めてからすぐにビルを脱出して待合わせ場所で俺たちが迎えに行くまで待っているはずだったから、俺もジョージもびっくりさせられた。
ヘンリーが素早く説明したところによると、地下での仕事はすべてがとてもスムーズにいったので爆破を近くで待つことにしたらしい。地下への傾斜路をトラックでくだりながら起爆タイマーのスイッチを押したが、不安になるような問題にはいっさい出会わなかったらしい。そう、問題は起らなかった。黒人の警備員から軽く手を振られただけで、地下に車を入れるときにだれにも呼止められなかった。ほかの二台のトラックが荷下ろしをしているところを通り過ぎて、ヘンリーのトラックはそばを通過して、ペンシルバニア・アベニュー・ウイングのまんなかの直下に近いと判断したところにトラックを止めた。
誰何してきた人間に手渡すための偽の運送書類をヘンリーは持っていたが、だれにも誰何されなかった。まぬけな黒人の警備員の前を歩いてとおりすぎて、傾斜路を上り、外の通りに出た。
爆発の時刻の一分前まで一ブロック先の公衆電話のそばで待機していたが、ワシントンポストのニュース編集室に電話をかけた。手短に伝えていわく、
「三週間前に、おまえとおまえたちはシカゴでカール・ホッジスを殺した。俺たちは今、秘密警察でおまえの仲間たちへの報復を実行している。まもなくおまえたちとすべての売国奴どもへの報復もはじめる。ホワイト・アメリカ・シャル・リブ!」
これでやつらが入ってる鳥籠がガタガタ震えて、ゆかいな見出しと社説の執筆におおわらわになるにちがいない!
ヘンリーは一分もかからずに俺たちより先回りしてビルに入ったことになるが、その一分を大活用していた。ヘンリーは、ちょうど彼が出現したところのひしゃげた書類棚の残骸から立ちのぼり始めている、何条かのうすい灰色の煙を指さしてから、たばこ用ライターをポケットに収めてニヤッと歯を見せて笑ってみせた。ヘンリーはワンマン兵士である。
中庭を立去ろうとしたときに、うめき声が聞こえたので視線を下ろすと、二十歳くらいの女が一人、鉄製のドアと瓦礫の下敷きになっていた。整った顔が薄汚れて傷ついていて、意識が朦朧としているようだった。俺は彼女を圧迫しているドアを下ろしてやったが、脚が一本押し潰されてひどい骨折をしており、太ももの深い切り傷から血が噴き出ていた。
彼女の服のベルトをすばやく外して、それを止血帯にした。出血が幾分か少なくなったが、まだ十分じゃない。彼女の服の一部を裂いて、折りたたんで当て布にした。俺が当て布を彼女の足の傷口に押当てているあいだに、ジョージが自分の靴ひもを解いて、当て布を縛り付けた。ジョージといっしょになるべく優しく彼女を持ち上げて、路上に運んだ。折れた足を動かすときに彼女は大きな声でうめいた。
彼女には足以外に深刻な外傷がなさそうだったので、これでもうきっと大丈夫だろう。同じようにはいかない人間もたくさんいるだろうが。彼女の出血を止めるために身をかがめたときに、俺は初めて、中庭のほかの大勢の負傷者のうめき声や泣き声に気が付いた。あいだに20フィートもないところに別の女性が倒れていて、動かない。彼女の顔はべっとりと血まみれで、頭部の側面にぽっかりと傷口が開いていた――いまでも目を瞑るたびに、あの身の毛もよだつ光景をあざやかに思い出すことができる。
最新の発表によると、概算で700人が、爆発とそのあとのがれきの下敷きになって死んだらしい。この数字には、爆発のときに地下二階にいて遺体が回収されていない、推定150人がふくまれている。
テレビのニュースレポーターがいうには、瓦礫が十分に撤去されて建物のあの階層に自由に入れるようになったのは二週間以上前のことである。そのニュース番組とほかの昨日今日で聞いた話とでは、地下二階のあたらしいコンピュータ施設が全滅したかこっぴどく損害を受けたのは確実とみていいようだ。
昨日はずっと、建物から死者と負傷者を運び出すレスキュー隊をテレビで観ていて、今日もほとんどの時間は観ていた。俺たちの爆弾の犠牲者はほとんどが、"システム"の反吐が出る思想や人種を破壊する目標へと俺たちみたいに関わっていない末端の人間にすぎなかったから、俺たちが背負っている責任の重みをずっしりと感じた。
だが、無辜の市民を大量に傷つけずに"システム"を倒すことができる方法なんてない。そう、ないんだ。"システム"は俺たちの肉に深々と根を下ろしている社会の癌細胞。もしも、俺たちが滅ぼされるまえに"システム"を滅ぼさなければ――この癌細胞を俺たちの生体から切除しなければ――種族全体が死に絶えるだろう。
このことを俺たちはもう突き詰めてあるので、俺たちがやったことは正しかったと全員が完全に納得していたのだが、それでも俺たちの行いのせいで自分とおなじ人間が悲惨な苦しみをあじわっているのを目撃するのはとてもつらいことだった。アメリカ人が長年にわたって気が重い決断をいやがっていたので、今になって俺たちがこんなに厳しい決断を強いられている。
それが問題のすべてを解決するのに必要な道ではないか。ユダヤ・リベラル・民主主義・平等主義の病害に苦しめられた国民の堕落には、俺たちの軟弱な精神がはっきりとあらわれている。ほかの何よりも過酷な生のリアリティを否認したがってきた精神が。
リベラリズムは本質的に女性的で従順な世界観だ。女性的というより、幼児的というほうがふさわしい形容かもしれない。世界は甘味料でいっぱいの真綿でくるまれた巨大な託児所でなく、ライオンがラム肉を与えられて機嫌よく横たわるように幸福に過ごしていられる場所でないという現実に適応することができず、生とただ一人で抗って闘う強靭な精神と崇高な力強さを有していない男の世界観。
俺たちの種族の健全な精神を持っている男は世界がそのようであれと望むべきですらない。たとえそれが可能であっても。それは異邦人の、本質的に東洋的な生の在り方である。西洋の自由な男よりむしろ奴隷人の世界観だ。
しかし、それは俺たちの社会全体に浸透してしまった。リベラルの規範を受容れているつもりはない人間すら毒されてしまっている。アメリカの人種問題は十年ごとに悪くなるいっぽうだが、それでも打開策を見出して白いアメリカを死守することを望むものは、自明なる解決法を見据える勇気をうしなうわけにいかない。
リベラルとユダヤ人は"残酷"だの"不正義"だの"虐殺"だのと鳴きはじめることしかできないらしく、解決の糸口をもとめてさまよっていた国民はほとんどが、震えあがったウサギのように尻尾を巻いて逃げだすしかなかった。なぜならば、"万人にとって公平"であり、あるいは当事者が騒ぎ立てたり不興を買うことなく従順に説得を受容れることができる、人種問題の解決法はどこにもないのであり、やつらはそれをはぐらかし続けていて、問題がひとりでに消えてしまうように祈っている。同様のことが、ユダヤ人問題にも移民問題にも人口過剰問題にも優生学問題にもほかの無数の問題にもいえる。
そう、現実を直視して困難な決断を下す能力のなさ、それがリベラルの病のあきらかな症状なんだ。今のちいさな問題から目を背けつづけていれば、大きな問題があとで回避不能になる。将来へのいかなる責任からもずっと逃れている――それがリベラルの精神のありかたである。
そうであるとはいえ、瓦礫から引っ張りだされた、哀れな少女のいたいたしく損壊した遺体がテレビカメラに映されるたびに――またはFBI職員の遺体でも――腹がキュッと締付けられて息ができなくなる。なんてひどい、ひどい使命を俺たちは抱えているんだ。
俺たちはなんてひどいことをやっているんだと、"システム"に支配されているマスメディアが大衆を丸め込もうとしているのはすでに明白だ。血まみれの犠牲者の大映しと、遺族へのお涙頂戴のインタビューをちりばめて、俺たちが人々に苦痛をあたえたことをわざと強調している。
インタビュアーは「どんな人でなしのけだものがあなたの娘さんにこんなことをできたのでしょうか」といった誘導的な質問をしている。FBIのビルの爆破を世紀の大虐殺として描き出すことにしているようだ。
実際のところ、前例のない規模の行為だったのは間違いない。この国で左翼によって実行された爆破、放火、そして暗殺はすべて、色褪せた三文芝居になってしまった。
だが、俺が覚えている、二十年前のヴェトナム戦争中のマルクス主義者の一連のテロ行為とは、ニュースメディアの態度にちがいがあった。いくつも政府の建物が燃やされたりダイナマイトで爆破されて、たまたま居合わせた罪のない人間が殺されたのに、新聞はそれを"理想的な抗議行動"だといつも表現していた。
"ブラックパンサー"と名乗る革命家の黒んぼの武装集団がいて、警察と銃撃戦を毎回していたが、新聞とテレビの人間は一味の殺された黒人メンバーの家族にたいして涙があふれるインタビューをしていた――警察官の寡婦にでなく。共産党に所属している黒んぼの女が法廷での銃撃計画を支援して判事を虐殺したショットガンまで提供したときは、新聞が裁判の応援コーナーをもうけて彼女を国民的英雄に仕立て上げようとしていた。
ともあれ、ヘンリーが昨日ワシントンポストに通告した報復を、俺たちはすぐに始めるつもりだ。この国に本物のアメリカ人の新聞ができる日もいつか来るだろうが、そのまえに無数の編集者の喉を掻き切ってやらねばならないだろう。
十月十六日。旧友たちといっしょに第二部隊にもどってきた。俺とキャサリンのために第二部隊の連中が直してくれた家畜小屋の屋根裏で、ランタンの光をたよりにしてこの日記を書いている。ちと冷えるし粗末な場所だが、プライバシーだけは完璧だ。キャサリンと二人だけで夜を過ごすのはこれがはじめてである。
軍需品を積込んで持っていくのが目的であり、好きで干し草とたわむれるために来たわけじゃない。FBI作戦の爆発物をもとめて先週送り込まれてきた第八部隊の仲間はすくなくとも部分的には成功を収めた。まとまった量の爆発物は手に入らなかったし、手に入るのが遅すぎた。おまけに危うく殺されるところだった――それでも"組織"のためにいろいろな兵器をたっぷりと獲得してきてくれたのだ。
詳しいことまでは全部聞いていないが、ここから25マイル先のアバディーン性能試験場へ半トントラックを二台入れて弾薬を積込み、持ち出してきた――内部にいる俺たちの仲間の一人の助けを借りた。ついてないことに、掩蔽豪の倉庫を略奪している最中に奇襲を受けて、発砲しながら逃げざるを得なかった。その過程で一人が深刻な外傷を負った。
追跡者をやっとのことで撒いてバルチモア郊外の第二部隊の農場まで逃れて、それからずっとそこに隠れていた。撃たれた男はショックと出血で死にかけたが、主要な臓器は損傷しておらず、もう峠を越えたようだ。まだ弱っていて動かせないが。
ほかの二人は、下に駐車してあるトラックへの工作に忙しかった。塗装をし直したりして変化を加えたので、このトラックでまたワシントンに行っても見つかることはないだろう。
しかしながら、彼らに弾薬を独り占めする気はない。ほとんどはここに保管されてから、エリア一帯の部隊に補給をするのにつかわれる。ワシントン地区司令部は、うちの部隊へ最初にブツを受取る権利をくれたのだ。
ほんとによりどりみどりのブツがここにある。おそらく一番貴重なのは、三十箱分の破片手榴弾だ――七百五十個もの手榴弾! 二箱をもらっていくつもりだ。
それからいろいろな種類と大きさの地雷が百個――ブービートラップを仕掛けるのに使える。二、三個もらっていこう。
導火線と伝爆薬もたくさんあった。爆弾の導火線、地雷、手榴弾、そのほかの物資が詰まった箱がたくさん。八リール分の導爆線も。テルミット焼夷手榴弾が一箱ある。それから、あれやこれやがとにかく沢山。
500ポンドもの汎用爆弾が一つあったが、それをトラックに積むのは大騒ぎの仕事になってしまって、警備員に音が聞かれた。だが、なんとしても持ち帰ってみせる。爆弾のなかには250ポンド分のトリトナール、TNTとアルミ粉の混合物が詰まっていて、中身を取り出して溶融させればもっと小型の爆弾をつくるのに使える。
キャサリンといっしょにこの仕事をしに来られたことを二人ともとても喜んでいたが、周囲の状況は困ったことになっていた。ジョージははじめ、ヘンリーと俺が行くように言っていたのだが、キャサリンが異議を唱えた。彼女が不満だったのは、うちの部隊の活動に参加する機会をあたえてもらったことがまだなかったことと、実のところ先月は隠れ家から外出することがほとんどできなかったことだ。炊事と掃除だけに甘んじるつもりなど彼女にはなかった。
ビルの爆破の任務のあとなので俺たちは少々気が立っていたのだが、キャサリンはとくにキーキーとうるさくなっていた――あたかもウーマンズリブのように。
(読者への注意:"ウーマンズリブ"とは旧世紀の最後の三十年に流行していた一種の集団精神病である。感染した女性は自分が女性であることを否定して、自分は"女"でなく"人間"だと主張する。この異常行為は、人種を分断する手段として"システム"によって奨励して進められた)
ジョージは彼女の主張に熱心に抗議して、彼女のメイクアップと変装の技術は部隊にとってきわめて貴重なものであって、彼女は差別などされていないし、部隊がいちばん効率よく機能することを考えたうえで仕事を割り振っているだけだと述べた。
俺は、密輸品を車で運ぶには男二人よりも男と女でやるほうがいいだろうと提案して、仲裁を試みた。ポリスはここ数日間にワシントン地区での捜査のために、無作為にたくさんの車を停止させていた。
ヘンリーが俺の意見に賛同を示すと、ジョージはしぶしぶと了承をした。キャサリンが激昂した理由のすくなくとも一部は、丸一日ジョージと二人っきりで居残りをするよりも俺についてきたかったからであることに感づかれるのではないかと怖かったが。
俺とキャサリンはたがいの関係をあきらかにしていなかったけど、俺たちが恋人だってことをヘンリーとジョージが二人ともいまだに疑っていないってことはないだろう。俺たち全員にとって気まずい状況ができている。ジョージもヘンリーも健全な男子であり、キャサリンが紅一点の女子であるところから生じた、完全にどうでもいい話が"組織"の規律にとって問題になっている。
"組織"は結婚しているカップルにたいして、夫婦が一つの部隊にいくことを認めている。妻にあたえられたすべての命令について夫には拒否権があるのだが、それは例外として、女性は男性とおなじ規律にしたがっている。そう非公式にほぼすべての部隊で周知されてはいるのだが、"組織"の規律への違反はきわめて重大な問題である。
キャサリンと俺はこのことについて話し合ったが、俺たちがはぐくむ絆は純粋に男女のものにしたいし、変な責任を背負いたくない。まだ関係を正式なものにする気になれなかった。たとえば、俺たちはたがいにもっとたくさん理解しあわなくちゃならない。"組織"と部隊にたいして、ゆるがせにできない義務をたがいに背負ってもいるので、その義務を犯す恐れのあることを軽々しくするわけにいかなかった。
だがしかし、俺たちは一刻もはやく、手をつくしてこの問題を処理してしまわなければならないだろう。
七章
1991年10月23日。キャサリンといっしょに先週メリーランド州から物資を運んできて以来、今朝になってやっと書き物をする暇ができた。この六日間でうちの部隊は三つの任務をこなした。
ニュースレポートによると、国内のいろいろな場所であわせて二百件以上の別の事件が起きていて"組織"が対応に追われている。いまや俺たちはゲリラ戦のまっただ中にいるんだ。
月曜日の夜に、ヘンリー、ジョージ、俺の三人でワシントンポストを襲ってきた。直前になってからどうやるか数分間話しただけで、ろくに準備もいらず、あっという間におわった。
ヘンリーは社員を狙いたがったが、相談した結果、かわりに印刷機を破壊してやることにした。ヘンリーの構想では、俺たち三人でワシントンポストのビルの六階のニュース室と編集室まで押入って、破片手榴弾とマシンガンでなるべく多くの人間を殺す。午後七時三十分の締切り前に攻撃をはじめれば、ほぼ全員を仕留めることができるだろうという算段だった。
詳細な計画なしで実行するには危険すぎる作戦だとジョージに却下された。ワシントンポストのビルでは数百人が働いており、手榴弾と発砲の音が六階にとどろけば、彼らは吹抜けの階段とロビーにどっと押寄せるだろう。やむなくエレベーターで降りようとすれば、だれかがエレベーターの主電源を切って俺たちを閉じこめることができる。
ワシントンポストの印刷室は玄関ホールから大きなガラス窓で丸見えだったので、小型の対戦車地雷に手榴弾をテープではりつけた即席の爆弾をこしらえた。全重量は6ポンドくらいで不格好な出来だったが、すこし大きすぎる手榴弾のように50フィートは投擲することができた。
ワシントンポストの正面玄関から100ヤードほど離れた路地に駐車して、ヘンリーがソードオフしたショットガンで印刷室の窓にでかい穴をあけた。俺は、自分でつくった地雷と手榴弾の混成物のピンを引抜いて、夜間の稼働に備えて刷版が組まれたばかりの間近な印刷機のローラーにむかって力いっぱい投げつけた。
コンクリート製の手すり壁の後ろに隠れて爆発をやり過ごしてから、ヘンリーと俺は半ダース分のテルミット手榴弾をいそいで印刷室に投げこんだ。だれかが路上にあらわれるまえに全員が退却したので、だれにも車をみられなかった。もちろん、キャサリンが俺たちの顔にいつもの魔法をかけてくれていた。
翌朝のワシントンポストの朝刊はいつもより一時間遅れて路上で販売された。早版がなくなったので新聞の契約者のもとには一部も届かなかったようだが、それ以外の点でワシントンポストは痛痒を感じなかったかのようだ。俺たちは爆弾で印刷機を一台こわして、焼夷手榴弾で室内をいぶして一バレルのインクを燃やしたが、努力のかいもなく、ワシントンポストは虚偽と悪意をひろめる能力を失わなかったも同然だった。
この結末はとても悔しいものだった。合理的に予測できた成果のために過大な危険を愚かにも犯してしまったことが自明になった。
これからは注意ぶかく目的を検討して、リスクに見合う価値があると俺たちが納得するまで自主的に任務をひきうけないと決意した。"システム"をただ殴るために殴りにいく余裕は俺たちにない。さもなければ、死ぬために象を刺しにいく蚊になっちまう。すべての攻撃はその効果を慎重に計算しておかなければならない。
ワシントンポストのニュース室と編集室を攻撃するというヘンリーのアイディアは今思うとずっとよかった。稚拙な印刷機への襲撃作戦にあわてて飛びつくかわりに、ワシントンポストを確実にかたわにしてやれる作戦に数日かけてしっかりと取組むべきだった。俺たちがやり遂げたことは、ワシントンポストの警戒を強めて、将来の攻撃をより危険で困難なものにしただけだった。
そこで、いささか汚名の返上をやることにした。ワシントンポストの編集スタッフは編集室でその晩の事件についての記事を夜通し書いてから自宅で寝るだろうと推測して、一人の自宅に邪魔をしに行ってやることにした。
新聞をしらべて、社説の執筆者を特定した。そいつはとくに俺たちにたいして辛辣な社説を書いていたやつだ。タルムードのような憎しみが滴っていた。やつ曰く、俺たちのごときレイシストは警察と品位ある市民にとって、いかなる情状酌量にも値しないらしい。みつかりしだい、狂犬のように撃ち殺されるべきだと。いつもの、黒人の強姦魔と殺人者にたいする同情とはすばらしい対照をみせている。"警察の残酷さ"と"黒人犯罪への過剰反応"についてのくどくどとした批判とも!
社説で人様の屠殺をすすめていた彼には、彼本人のやり方がいいクスリになると判断した。
ヘンリーと俺はバスでダウンタウンまで行って、黒人運転手のタクシーを止めた。シルバースプリングにある社説の執筆者の自宅の車道まで引返したときに、黒人はもうトランクのなかで死んでいた。
俺がタクシーの車内で待っているあいだに、ヘンリーが呼鈴を鳴らすと出てきた女に、郵便小包を持ってきたので郵便受領証へサインが欲しいと告げた。ほどなくして、寝ぼけ眼の執筆者がバスローブで門口にあらわれると、ヘンリーは上着の下に携帯していたソードオフのショットガンでやつを文字どおり半分吹っとばしてやった。
水曜日になってから、俺たち四人(キャサリンが車で合流した)はワシントン地区でいちばん強力なテレビ電波の送信機を破壊した。じつに危険な仕事で、逃げられないとおもった一瞬があった。
俺たちの活動が一般大衆にたいしてどんな影響をおよぼしているのか、いまだに不明だった。いつも通りの自分の仕事にかまけている大衆ばかりだった。
それでも、影響はあった。すくなからぬ州で、州兵が地方警察を増強するために招集されている。ワシントンの政府庁舎、多くの都市の主要なメディアのオフィス、数百人の官僚の自宅が、大規模な精鋭部隊によって二十四時間守られている。連邦議会議員、連邦裁判事、政府官僚は助手や秘書にいたるまで、一週間以内にえり抜きのボディガードをそろえる気がする。ワシントンのいたるところで見られるようになってきた砂袋、機関銃、カーキ色の迷彩服は大衆の意識を呼び覚ますことはできても押さえつけることはできない――アイオワ州のあたりまでいくと、状況はここまで大げさになっていないらしいが。
俺たちの目下最大の問題は、大衆が俺たちのことも、俺たちがやっていることも、メディアをとおさなければ知ることができないことだ。俺たちはメディアにとって無視することも過小評価することもできない目の上のたんこぶになっており、メディアは大衆にたいして、なかば真実でなかば虚偽の歪曲した情報を流すという対抗戦略をとっている。この二週間に俺たちはノンストップで叩かれまくって、俺たちは邪悪の権化であり、品位、高貴、かけがえのないもの一切への脅威だと吹聴された。
やつらはマスメディアの総力を俺たちにむかって投じている。ふつうの偏見まみれの記事だけじゃない――"組織"の会合と活動にかんする、偽の写真しか載っていない、日曜の増刊の長い"背景"記事。"専門家"によるテレビでのディスカッション――あらゆるものを! やつらが俺たちについて創作した話にはほんとうに荒唐無稽なものもあるが、アメリカの大衆はそれすら信じてしまうほど初心な気がしておそろしい。
1940年代のヒトラーとドイツにたいするメディアキャンペーンを彷彿とさせることが今起こっている。憤怒に燃えて狂気に染まったヒトラー。アメリカにたいするドイツの侵略計画というインチキ。赤ん坊が生きたまま皮をはがれて、皮はランプシェードに加工されて、中身は煮詰めて石鹸にされたという話。誘拐された少女がナチの"種馬農場"に送られたという話。そんな物語が真実だと、アメリカ人はユダヤ人によって信じこまされた。その結果が第二次世界大戦であり、俺たちの種族の最高の人間が何百万人も虐殺された――俺たち自身によって――そして東欧と中欧はことごとく、共産主義者の巨大な捕虜収容所になってしまった。
いまや"システム"は、俺たちを実際よりもおおきな脅威だと触れてまわることもいとわずに、ふたたび大衆を戦争国家ヒステリーにかからせようと企んでいるように見えてならない。俺たちは新たなるドイツであり、心理的に俺たちを征服するために国家の時計の針が巻きもどされている。
しかも、"システム"は大衆を闘争に駆り立てるために俺たちの想像をこえた完璧な協力をみせている。おそろしいのは、"システム"の頂点の階級がじっさいには俺たちを歯牙にもかけておらず、国内パスポート計画のような一連の計画を押しすすめる口実として、皮肉にも俺たちを利用しているのではないかという強い疑惑におそわれることだ。
FBIビルの爆破のあとの俺たちの部隊は、エリア内のメディアへの直接行動による闘争任務が割当てられていた。ほかの部隊もおなじように"システム"のほかの手先が標的として割当てられていた。しかし、直接行動だけで勝つことはできないのがあきらかだ。やつらは多すぎるし、俺たちは少なすぎる。俺たちがやっているのは必要不可欠であり正しいことなんだと、主要なアメリカ国民にわかってもらわなければならない。
それはプロパガンダの仕事なのだが、これまでのところあまり上手くいってない。第二部隊と第六部隊がワシントン地区でのプロパガンダに主な責任を負っている。第六部隊の連中が街の通りに大量のリーフレットをばらまいていたのは知っている。ヘンリーが昨日、ダウンタウンの路上で一枚拾ってきたが、リーフレットだけでは"システム"が擁するマスメディアを出し抜けないのではと心配している。
水曜日に俺たちにとって例のない壮大なプロパガンダを全力で展開したが、大惨事でおわっちまった。俺たちがテレビ局を爆破したのとおなじ日に、第六部隊の三人の男がラジオ局を掌握して、"システム"を粉砕する"組織"の闘争に参加するように大衆に呼びかける放送をはじめた。
メッセージを録音済みのテープが用意してあった。ラジオ局の出入り口のドアにブービートラップを仕掛けて、局員は全員を倉庫に閉じこめておいた。テープがまわっているあいだに、第六部隊の人間は逃走してしまうつもりだった。彼らがまだ中にいると警察が思いこんで、催涙ガスを使いながら包囲を敷いてくれることを期待しながら――そうやって、三十分かそれ以上の放送時間をあたえてくれることを。
だが、ポリスが到着するのは予想よりもずっと早くて、罠を仕掛けているメンバーがいる局内へとほぼ即座に強襲してきた。その後の戦闘で二人が撃たれて死んだ。三人目も生きていることは期待できない。"組織"のメッセージは十分もオンエアされなかった。
これが俺たちのはじめての戦死者となってしまったが、やられたのは第六部隊だけだ。生き残りの女二名と男一名は俺たちのところに一時的に逃れてきた。一人のメンバーが警察の手に落ちたので、第六部隊はただちに拠点を放棄せざるをえなかった。
これで、ワシントン地区にある"組織"の二つの印刷所の一つがうしなわれた。印刷用の資材と軽い装備品は廃棄しておくことができたが。俺たちは第六部隊のピックアップトラックを取得した。彼らがうちにいてくれるなら、おおいに役立つ装備になるだろう。
10月28日。昨日の夜に呼びだされて、俺が四年前に"組織"に入ってからいちばん嫌な仕事をさせられた。反逆者を始末する仕事を手伝ったんだ。
ハリー・パウエルという男が第五部隊のリーダーをやっていた。先週、ワシントン司令部が彼の部隊にたいして、このエリアで人種混淆を一番やかましく唱えている目障りな人間を二人、暗殺する指令を発した――そいつらは神父とラビで、人種が混淆する結婚をしたカップルにたいして特別な税制上の優遇をあたえることを求める請願書を連邦議会に出したことで広く知られている共著者である――パウエルはこの指令を拒絶した。ワシントン司令部に返信をして、彼はこれ以上の暴力の使用に反対しており、彼の部隊はどんなテロ行為にも加わらないと言った。
すぐに、彼は拘束されるべきだと決まった。昨日、ワシントン司令部の指揮下にある各部隊の代表が――部隊Sをふくめて――彼を裁くために招集された。第十部隊は人を送れなかったので、十一人のメンバーが――八人の男と三人の女――合法部隊が所有している土産物屋の地下倉庫で、ワシントン司令部の幹部と会った。俺は第一部隊の代表だった。
幹部がパウエルの件を非常に手短に語った。第五部隊の代表が事実を確認した。パウエルは暗殺指令を遂行することを拒否しただけでなく、部隊のメンバーにまで指令に従わないように命じた。幸いにも、"組織"への忠誠まで否定させられてはいなかったが。
パウエルが代表して弁明の機会をあたえられた。時おり俺たちからの質問を受けながら、二時間以上もしゃべった。彼が話したことはショックだったが、おかげで全員の決心がたやすくなった。俺も決心ができた。
ハリー・パウエルは要するに"良心的な保守主義者"だったのだ。彼が単なるメンバーでなく部隊のリーダーになっていた責任は、彼個人でなく"組織"にある。俺たちのテロ行為は、"システム"を刺激してさらなる弾圧措置をとらせることで情勢を悪化させるだけだというのが、彼の不満の根本だった。
なるほど、そういうことか、全員が理解した! あるいは、少なくとも俺はみんなが理解したと信じている。パウエルはきっとわかっていなかった。つまり、当局に報復措置を余儀なくさせてもっと弾圧を強めさせれば、人心が離れてテロリストへの共感が生まれる。それが、これまでずっといたるところで実施してきた政治的なテロの主な目的の一つだったことをパウエルはわかっていなかった。ほかにも、社会的な不安をつくりだして、人々の安全への信頼と、政府は無敵だという信念を崩壊させるのも目的である。
パウエルが話しつづけるほどにますます明らかになってしまったのは、彼は保守的だが、革命を志す人物でないことだ。"組織"の目標全体があたかも、"システム"にある種の改革を要求することであるかのように語っていた。"システム"を滅ぼして、根も枝葉も断ち、抜本的かつ原理的に異なるものを建設することでなく。
彼が"システム"と戦っていた理由は、税金が重すぎて彼の商売の負担になっていたからだ。(彼は、俺たちが非合法の組織になる前に、金物屋を経営していた)犯罪と暴動が商売にさわっていたから、"システム"の黒人への寛容さに反対していた。護身用に銃が必要だと感じていたので、火器の没収に反対していた。彼の行動の動機は自由主義であり、自由な企業活動にとって制約となるから政府は基本的に悪であるとかんがえている自己中心的な人間の一人だった。
だれかが彼に聞いてみた。おまえは忘れたのか、"組織"が文字どおりなんども繰りかえし唱えていたことを。つまり、俺たちの戦いは種族の未来を守るためのものであり、個人の自由という問題はそれに次ぐという、至上の理念を。彼の反論は、"組織"の暴力的な戦術は種族にも個人の自由にも利益をもたらさないというものだった。
この返答によって、俺たちがやろうとしていることを彼が本当に理解していないことが再び証明された。"システム"にたいする暴力の行使についての彼の当初の同意が世間知らずの憶断にもとづいていたならば、愚か者にわからせてやろなければ! "システム"が敗北を認めるかわりにねじの締付けをもっと迅速に強めはじめたので、テロリズムに頼ったやり方が逆効果だと彼はみなした。
彼は単純に、真理を受け容れることができなかったのだ。つまり、俺たちの目標への道程は初期段階への後戻りができないのであり、かわりに今を勝ちつづけて未来へ突き進まなければならない――"システム"ではなく、俺たちが針路をえらんで。俺たちが船の方向舵を奪い取って"システム"を船外に放り出すまで、国家という船は左右に傾きながら危うい航海をつづける。停止することはなく、戻ることもない。すでに岩礁と浅瀬のなかに迷いこんでおり、正しい海路を探り当てるまで岩塊に削り落とされる覚悟をしている。
俺たちの戦術がまちがっているという彼の言い分は正しいかもしれない。人々からの評価が最終的にその問いに答えるだろう。だが、彼の態度、彼の意志は完全にまちがっている。パウエルの言葉を聴きながら、十九世紀後半の作家ブルックス・アダムスの人種の階級の二分法を思い出した。霊的な人間と実利的な人間。パウエルは実利的な人間の典型である。
"システム"の世界観と俺たちの世界観のあいだの、イデオロギー、究極の目的、根源の矛盾――これらはすべて、彼にとって何の意味もない。"組織"の哲学を、新兵を捕まえるためのイデオロギーの蠅とり紙くらいにしか解釈していなかった。"システム"にたいする戦いをただの力くらべ以上のものでないと信じていた。彼らを鞭で打って考えを変えさせることができないならば、俺たちにたいして歩み寄りを求めるべきだと。
ほかのメンバーたちはパウエルが言ったことをどう思ったかが気になって、そして身震いした。俺たちは迅速に成長しなければならなかった。パウエルのような人間を早めにふるい落として今回のような事件を防ぐ方針を立てて、全員に良心的な態度をもとめる時間の余裕などなかった。
そういうわけで、パウエルの運命を決めるのに選択肢は残されていなかった。彼の命令への不服従だけが問題なのではない。根本的に信用できない男であることもあらわになってしまった。戦争が始まろうとしているときに、"システム"との歩み寄りの道をさがすべきだと他のメンバーにあけっぴろげに話す男がいる。しかも部隊のリーダーだ……この状況を解決する道は一つしかない。
八人の男性メンバーがくじを引いたら、俺をふくむ三人が実行部隊に決まった。パウエルは殺されることを悟ると、命乞いをしようとした。彼の手足を縛ると叫び始めたので、猿ぐつわをはめておいた。ワシントンから南のほうの、幹線道路から10マイルはなれた、木立が多いエリアまで車で連行して、射殺して埋めた。
俺は夜が明けそうなころに部隊に帰ってきたが、眠ることはできなかった。とても、とても気分がわるかった。