凄腕シェフ・ヴェヌ氏が紡ぐアユルヴェティックなミールス
Venu's South Indian Dining Akasaka, Tokyo
溜池山王駅近くの裏路地に佇む珠玉のお店。気取りのない地味な店構え。プラスチックの旗竿に括り付けられたインド国旗が目印。階段を上り、照明を落とした店内に足を踏み入れると、陶然とする南インドのスパイスの香りに全身が包まれます。
ランチのミールスを頂きました。ノンヴェジジ、ヴェジの5種の日替わりカレーに、チキンティッカ、サラダ、ラッサム、デザートが付きます。主食はプーリ、チャパティ、ナン、ドーサから選べます。ご飯は日本米でしたがバスマティにも替えられるとのこと。デザートはパヤサム。カルダモンが香るココナッツミルクに、カシューナッツ、レーズン、タピオカパール、バミセリが入っているインドでポピュラーな一品です。
カレーはヴェジ、ノンヴェジいずれも、味の輪郭のエッジを効かせつつ穏やかな優しさも保った、塩分と油分のコントロールが素晴らしい。その中で傑出していたのが、ノンヴェジのシーフードカレー。瑞々しいホタテ貝を包む、まったりとした潰しポテトに、コリアンダー、マスタードシード、フェヌグリークの香りが重なり煌めくアクセントを添えています。
フェヌグリーク。セロリとメープルシロップを合わせたような香りと味が個性的なこのスパイスは日本人には好き嫌いが分かれるでしょう。インドでは腎臓機能を高める、滋養強壮のアユルヴェティックな効果で知られます。疲労、花粉症、睡眠不足。身体の巡りに滞りが生じている時、詰まりを押し流して身体を浄化し、巡りを正常にしてくれるのです。
お店でランチを頂いた日から遡ること二週間。地獄のように忙しく、ランチに出るのはおろか、仕事中に水一杯飲むことさえままならない状態。任務が一段落したこの日は、相当疲れが溜まっていました。ミールスで最初の一皿、ホタテ貝のカレーを口にして陶然とし、ラッサム、マトン、ひよこ豆、と半分ほど食べ進んだ時、突然、顔と頭の毛穴から勢いよく汗が噴き出してきました。スパイスによるデトックス反応です。この経験、日本の何処かでしたことが。そう、閉店してしまったダルマサーガラです。
噴き出す顔の汗をテーブルのペーパーナプキンで抑える私(←日本人女性ならハンカチ持ちましょう)を見て、若手のタミル人男性のウェイターさんが心配そうな表情で「美味しいですか?」と話しかけてきます。「美味しいです!」力強く答える私。ウェイターさん、一気に安堵の笑顔に。
私が以前ニューデリーで働いていて、ニューデリーとは全く文化が違うけれど、南インドのウェルネス文化や料理が大好きなんですと言うと、若いウェイターさん、カウンターの中に立つシェフと思しき、哲学的風貌の年配のタミル人男性のところに伝えに行きます。(タミル語での会話、「ニューデリー」だけ聞き取れた。)
「私たちはチェンナイ、タミルナドゥの出身です」と年配の男性が英語でおっしゃいます。
「私は、南インド料理のダルマサーガラでシェフをしていました」
ええ、っと驚愕する私。いま、まさに自分の中でその店の記憶を呼び戻していたところ。この味、煌めくスパイス使い。確かに似ています。
この店のチーフシェフのヴェヌこと、ゴパラクリシュナン・ヴェヌ・ゴパールさんは、東京のインド料理の老舗、麹町アジャンタを経て、東銀座ダルマサーガラで長年チーフシェフを務め、一度チェンナイに戻って再来日。錦糸町に自分の名前を冠したヴェヌス・サウスインディアン・ダイニングを開店し、人気店に育て上げた方。チェンナイの名門五つ星ホテルTaj Coromandelのメインダイニング、Southern Spiceでシェフを務めた経験もあるそう。この赤坂店はこの一月にオープンしたばかりと、ヴェヌさんが説明してくださいます。
コロナ禍で飲食店が大打撃を受ける中でのオープン。多くの苦労があったでしょう。でもそんな話は全くされません。
大好きだったダルマサーガラが閉店し、あの味を懐かしく惜しんでいた中、偶然出会ったヴェヌシェフのお店。まだあまり知られていないようで、裏路地の隠れた宝石を見つけた気分です。オフィスに戻り、午前中まで花粉症気味でぐすぐすしていた鼻詰まりが消え、食べた直後なのに頭がシャキっと冴えてきます。凄腕シェフ、ヴェヌ氏が紡ぐアユルヴェティックなミールスのパワー。暫く通いそうです。
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