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雪月花学校帰りのやぎさん
学校帰りのヤギさん
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学校帰りのやぎさん
悪いテストはやぎさんに
食べさせた学校帰り 小学校の近くの山羊さん。』
あの頃はまだのどか
だったのです。
山羊さんがいたのですから
私の可愛い良い子は昔?
こんな悪い事をしていた
あの時知っていたら
帚を持って
角をだして
追いかけたにちがいない
昔々のお話を
ゆきさんから今日聞いて 『お嫁さんから知る』
私は笑いながらもびっくりした
私が知らなかったことが
あったなんて・・・
そして少し恥ずかしかった::
内心あわてたが;;
時すでにおそし;;
騙しよい母であったと;;しよう;;
やぎさん
美味しくなかったでしょう;;
ごめんなさいね::
子供のことはみんな知っていると思って子育て
をしました。年子の男の子をオンブして抱っこ
してをそだてました。
知らないことがあったなんて・・恥ずかしくも
ありましたが可愛い思い出になりました。次男
のお嫁さんとランチをしました時昔々のお話を
聞きました。私には綺麗な心優しい可愛いお嫁
さんが二人います。
息子といふは 紺野 万里
娘は大人になってからも母親との距離がなく、姉妹のように仲良くできるが、息子はそうは行かない。成長すれば家を出てゆくものだし、結婚でもすれば、もう配偶者との家庭が一番になる―この歌の作者も、そう思ったのだろう。子どもはたまたま天から預かりものとして「受け取」ったもの、そして子ども時代は、本当に「しばし」という短い限られた時間である。その大切な、いとおしい時間が過ぎてしまったら、「返すもの」なのだと達観していなければ……。
しかし、私はそう思わない。息子であろうと娘であろうと、「育て終へれば返すもの」ではないかと思う。子どもは三歳までに一生分の親孝行をしてしまうと言う。それくらい愛らしい。たまたま自分のところに来た存在に過ぎないのだから、そのままずーっと一緒にいるわけには行かない。息子だけでなく娘だって、親よりも配偶者の方が大切になるのはごく当たり前のことで、むしろそうならないと困る。
この歌の作者は、たいそうシャープな知性の持ち主で、何億年もの地球の歴史をはろばろと詠い、現代社会の危うさを鋭く切り取ってみせる手腕は、実に見事である。その彼女にして、愛する息子に対しては特別な甘い感情を抱き、めろめろになりそうな弱さを示しているのが、この歌の面白みだと思う。
母というものは、愚かしい方がいいのだ。利にさとく、子をうまく御そうとするなんて、よくない。古川柳に「母親はもったいないがだましよい」とうたわれた母親を、私はこよなく愛する。知的な詠みぶりで知られるこの歌の作者も、ころっと息子にだまされることがあったかもしれない。それがまた、この人の魅力であり、私もそんな母親でありたいと願う。 ☆紺野万里歌集『星状六花』