世界が公平だなんて誰が言った? ホール&オーツ / モダン・ポップ
再ブレイク前夜のアルバム
モダン・ポップ(原題:X-Static)は、80年代を席巻したロック&ブルー・アイド・ソウルのデュオ・チームが、1979年に発表したアルバム。
本作からは「ウェイト・フォー・ミー」のスマッシュ・ヒットを生んだが、ホール&オーツとしてはセールス的に低迷期の作品とされる。と言うのも、このチームは次の作品、モダン・ヴォイセズ(Voices)を皮切りに、半端ない黄金時代を迎えるからだ。
アルバムの原タイトル、"X-Static" は「お決まりごとからの脱却」というニュアンスだろうか。それと快楽(エクスタシー)を引っ掛けている。
このチームが標榜してきたロックと、ソウルの両面。それを、より高いレベルで融合させる意図を感じるタイトルだ。そのキー・ワードは、ディスコ。
ディスコが時代の音だった1979年
いまでは想像しにくいかも知れないが、この1979年当時は、良しにつけ悪しにつけ、ディスコが音楽シーンのキー・ワードだった。
ローリング・ストーンズの"Miss You"(1978)を皮切りに、キッスの"I Was Made for Lovin You"(1979)、ロッド・スチュアートの"Do Ya Think I'm Sexy?"(1979)などなど。例を挙げるとキリがないが、ロック界のビッグ・ネームが、こぞってディスコ路線のヒットを出していた。
そうした流れとは別に、英国発のニュー・ウェーブと、ニュー・ヨークのダンス・グルーブをハイブリッドした先鋭的な動きの萌芽も、この時代に始まっていた。それらがオーバー・グラウンドに浮上し、一時代を築くのは80年代に入ってからの事になる。
このアルバムでホール&オーツが目をつけた「ディスコ」とは、どちらかと言えば後者の方ではなかったかと思う。日本では、YMO、ムーン・ライダーズと、その周辺が目を付けていた流れでもあった。
デヴィッド・フォスターの初期プロデュース作
前作「赤い断層(Along the Red Ledge)」に続く、デヴィッド・フォスターの制作だが、作編曲や、技術面のスキルはともかく、ヒットを出す上での方法論はまだ確立していなかった感がある。
フォスターは当初、"After the Love Has Gone"(ジェイ・グレイドン、ビル・チャップリンとの共作)を本作に提供しようとしたが、自作曲にこだわるホール&オーツに拒絶されたとのこと。同曲は、後にEarth, Wind & Fireの曲として世に出る事になる。(エア・プレイでも再演)
フォスターにしてみれば「自分のアイデア通りに仕切っていれば」との想いはあっただろう。後に担当したシカゴの16(ラヴ・ミー・トゥモロウ)では、バンドのオリジナル曲に徹底的にダメ出ししたとされる。それも、この頃の苦い経験があったからかも知れない。
反面、ホール&オーツ側に立てば、フォスターの提供曲でヒットしてしまったら、その後のキャリアで独自性を保てなかった可能性もある。本作に限ればセールスは良くなかったが、数字では計れないものを双方に残した。
スマッシュ・ヒット"ウェイト・フォー・ミー"
当時、シングル・ヒットした”Wait for Me"(全米18位)は、その後もライブの定番となった代表曲。
ニュー・ウェイブとディスコの融合
本作で先鋭的な曲といえば、M-3 Portable Radio だと思う。
本作ではシンセ系で多数のプログラマーが参加。その中にはラリー・ファスト(当時ピーター・ガブリエルのバンドに在籍)の名前も。
当時としても刺激的なダンス・チューンだが、サウンド志向が強すぎるかも知れない。次作「モダン・ヴォイセズ」からはダリルのヴォーカルを全面に立てた方向性で大ヒットを出すようになって行く。
次作に引き継がれた方向性
フォスター・サウンドの典型と言えそうなのが、M-4 "All You Want Is Heaven"。
間奏のグレイドンのソロも含め、翌80年発表のエア・プレイのアルバムのプロト・タイプの様だ。ピアノの刻みが特徴的なアレンジは、フォスターの手を離れた次作の"Kiss on My List"でちゃっかりいただいて、大ヒットに繋げている。
世界が公平だなんて誰が言った?
M-5 Who Said The World Was Fair? の邦題は「世界は美しい」と皮肉を効かせている。個人的には本作でいちばん耳馴染みが良かった曲だ。
遅ればせながら最近知った言葉で、公正世界仮説というのがある。
詳しくは論じないが、理不尽な昨今の世界情勢や、社会の様々な矛盾、悲惨な出来事に対して「なんだかんだ言っても、この世界はフェアにできている」というバイアスを掛けないと、我々の心は平衡を保てない。
それを「誰が世界が公平だと言ったんだ?」と異を唱えるこの曲は「裸の王様」を暴くようなものだ。そんな事を言われても、正直なところ居心地はよくない。だが、そんなメッセージも刹那の快楽を求めたダンス・ミュージックに乗せる事で、その音楽が鳴っている間だけは耳を傾ける事ができる。
ホール&オーツが先進的だったとすれば、音楽がそうした矛盾を飲み込むパワーを持ち得ると知っていた事なのかも知れない。
Fin