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景色を眺めて
アラームがなる前に起きてしまって、毎度のごとく、窓辺に座って、外を眺めた。
霞み、雲谷(もや)、霧、雲。
谷間に発生したそれは、次第にその色合いを濃くしていった。
それは、そのまま、谷間にまとわりついていた。
そんな現象を眺めて、ふと。。??
何もない(様に見える)空間に雲が発生する要因は理解できる。
水で考えれば解りやすい。
水は、通常なら液体だが、冷えれば個体になり、熱せられば気体となる。
空気中の気体(特に水蒸気)は、氷雪(雹や霰)になったり雨になったりして、海へ向かい、海水は熱で気体となって雲を生む。
宇宙空間で、宇宙空間にあった気体が(その気体がどうして発生したのかは?ひとまず)より集まってその密度を増していって、やがて個体を生んだ。星の誕生。
と。
ここまでは理解できよう。
しこうして、
では、生命は?
生命はどうして誕生したのだろう?
そこが謎だ。
そもそも、生命とは?
「生物学はHOW?を語ることはできるが、WHY?には答えられない」←『できそこないの男たち』(福岡伸一・著、光文社新書)より。
山の谷間から発生していくモヤを眺めながら、命とは?
どうして生命が発生したのだろう?
と、思った。
考えたって答えはでない、そういうことが世の中には多い。
そこで、だからムダと放棄してしまうか、
今は解らないけどいつかわかる時がある(だろう)として忘れないでいるか、
どちらが重要か。
自分の頭で考えた方がいいに決まってる。
そうして、
考えても判らない時。
自分にはわからないけれども、とにかく、世界はこうなっている、その人はそういう人、と先ずは認識する。放棄とか批評とか拒否とかしないで。
先ずは認める方がいいと、
最近ようやく解ってきた。
私は、とかくゴチャゴチャと言い過ぎていた、そうして生まなくてもいい摩擦をおこしてきていた、と凄く反省しているこの頃なのである。
言うにしても、もっともっと言い方(と言う相手)に気をつける必要があった。
自分の言動を相手がどう思っているか?を全く気にもせずに、調子にのってペラペラ喋って、後になって痛烈な言葉で反発されたことが、5月下旬にあって、私はもぉ~~~~もぉ~スッカリ落ち込んだ。
続く