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ラストシーンにのみわずかな救いがある 『このろくでもない世界で』

7月26日(金)公開 TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

■あらすじ

 高校生のヨンギョは、学校で義妹のハヤンをいじめていたクラスメートを殴りつけて停学になり、相手方から高額の賠償金も要求される。家は貧しく賠償金は払えないが、払わなければ学校には戻れない。バイト先の店長に給与の前借りを懇願するが、バイト代の前借りとしては高額すぎて、店長は首を縦には振ってくれない。

 闇金屋のチゴンは偶然ヨンギョの窮状を知って、押し付けるようにして賠償金相当額の金を援助する。面食らうヨンギョだが背に腹はかえられず、受け取った金で賠償金を払う。だがそれで平和な生活が戻ったわけではない。義父の暴力でヨンギョは顔に大きな傷を負い、それを理由にバイト先をクビになってしまった。

 行き場を失ったヨンギョはチゴンの事務所を訪ね、自分を雇ってくれと申し出る。最初は断ったチゴンだが、ヨンギョの顔の傷を見て考えを変える。カタギの仕事はもう無理だ。こうしてヨンギョは、ヤクザ組織の下働きになった……。

■感想・レビュー

 この映画の英語題は『Hopeless』だ。このタイトルが、ずばりこの映画を一言で言い表している。ここには夢も希望もない。辛くて苦しくて、逃げ出したくても逃げられなくて、ただ無気力に日々が過ぎるのを待つばかりの暮らしが淡々と描かれる。

 主人公は高校生のヨンギョだが、彼が何かをするたびに、物事はどんどん悪い方向に動いていく。彼自身はもちろん、彼の周囲にいて彼と関わりを持った人達が、次々に傷つき不幸になって行く。ヨンギョはただ生きたいだけなのに、まるで貧乏神か死神のように、彼の行く先々で人が傷つき死んでいくのだ。

 人生はクローズアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇だとチャップリンは言っている。この映画はヨンギョの生活に密着し、彼の視点で世界を見ている超クローズアップの映画だから、ここに描かれているのは悲劇に他ならない。しかしヨンギョが行く先々で不幸を振りまく様子は、映画を観終えた後によく考えてみると、ほとんど悪ふざけか冗談にしか思えないのだ。

 ヨンギョはとんだ疫病神だ。だがそれは、あの淀んだ泥水のような町が作り出したものかもしれない。小さな水槽の底にたまった腐った水のような町の中で、ヨンギョもチゴンも、その他この映画に登場するありとあらゆる人間が暮らしてきた。腐った町から出たくても出られないのか、それともいつしか出る気持ちが萎えてしまったのか、そもそも最初から本気で出ることなど考えていないのか、それはもう誰にもわからない。

 出演している俳優たちが皆とても良い。ヨンギョの最初から最後まで覇気のない眠そうな顔。チゴンの無表情で虚ろな顔。この二人はこの空虚さによって結びつき、義兄弟のような関係になる。父親(実父と養父)への怒りと、虐待で受けた傷、顔や耳の傷、はがした爪。それよりも表情がずっと雄弁だ。

 最後の脱出シーンも含めて、神話的な匂いが漂うパワフルで重厚な作品だと思う。

(原題:화란)

TOHOシネマズ シャンテ(スクリーン1)にて 
配給:ハピネットファントム・スタジオ 
2023年|2時間3分|韓国|カラー|シネマスコープ|5.1ch 
公式HP:https://happinet-phantom.com/hopeless/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt27502351/


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