ストーリーは面白いがドラマは薄味 『ディア・ファミリー』
■あらすじ
愛知県で小さなビニル加工工場を経営する坪井宣政には、生まれつき心臓の悪い9歳の娘がいた。先代が残した莫大な借金を返しながらコツコツと娘の治療費を貯めていた坪井夫妻だったが、日本中の医者から治療は無理だと宣告され、海外の心臓専門医からもお手上げだとサジを投げられてしまう。
貯めた金は心臓病治療の研究をしている機関に寄付しよう。そう考えていた坪井に、大学の関係者が声をかける。
「人工心臓を作ってみてはどうですか?」
人工心臓は世界中で研究が進められていて、日本の大学でも何ヵ所かが開発に手を付けている。坪井は医学や論理研究は素人だが、もの作りはプロだ。坪井は東京の大学病院に頭を下げ、開発費用を負担して技術を提供するかわりに、人工心臓開発チームの一員に加わることを認められる。
それから数年後、人工心臓は試作品作りまで進んでいた。だが開発はここで大きな壁にぶち当たり、プロジェクトは中断してしまった。
■感想・レビュー
輸入品だよりで事故も多かったIABPバルーンカテーテルの改良と国産化に成功した東海メディカルプロダクツの創業者、筒井宣政さんをモデルにしたヒューマンドラマ。 不治の病で余命宣告された娘と、彼女を助けようとする父親や家族を巡る難病もののドラマであり、誰も見たことがない新しい人工臓器を開発しようとする映画版「プロジェクトX」であり、タイトルからもわかる通り家族の物語でもある。
この奇跡のような感動の実話は何度もマスコミで取り上げられ、テレビドラマやテレビ番組にもなっているようだ。今回は清武英利の「アトムの心臓 『ディア・ファミリー』23年間の記録」(文春文庫)を原作に、林民夫が脚色し、月川翔が監督している。
筒井夫妻をモデルにした坪井夫妻を演じるのは、大泉洋と菅野美穂。主人公の名前が実名でないのは、物語の細部に映画的な虚構があることを示す作り手の目配せだろう。ハリウッド映画ならこの実話で押し切ってしまうと思うが、このあたりは映画を巡る文化の違いと言うしかない。
映画は面白く観ることができた。物語冒頭で主人公が黄綬褒章を授与され、それがIABPバルーンカテーテルの開発に対するものだと説明してしまう。人工心臓とバルーンカテーテルの開発がどうつながっているのかをあえて伏せているわけだが、これは主人公の人工心臓開発挫折を「失敗」ではなく、別の「成功」に至るための曲がり角とするためだろう。
しかしタイトルとは裏腹に、この映画は「家族の物語」としてはだいぶ弱いと思った。出演者は実力のある人たちだが、その力が上手く生かせていない。新しい医療機器の開発裏話が面白すぎて、周囲の人間ドラマが薄味に見えてしまうのだ。
各時代の描写などを見ても作り手の真面目さや誠実さが感じられる映画だったが(新幹線で乗客たちが喫煙している場面にびっくり)、全体としてあっさりした印象の映画になってしまったのは残念だ。
ユナイテッド・シネマ豊洲(スクリーン4)にて
配給:東宝
2024年|1時間56分|日本|カラー
公式HP:https://dear-family.toho.co.jp/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt31735255/