BOOK REVIEW 『必殺仕置人大全』、いよいよ発売! 貴重写真多数! 識者たちによるコラム! 何より394ページ近い深い解説を書ききった著者・高鳥都、執念の筆力!
『必殺仕掛人』放映50周年にあわせて『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』を、そして『必殺仕置人』とシリーズの顔になる中村主水誕生50年目に『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』(共に立東舎)を世に問い、今夏のラピュタ阿佐ヶ谷、ザムザ阿佐ヶ谷での「必殺」シリーズ連続上映特番「必殺大上映」までを成功させた高鳥都、さらなる一撃は問答無用の『必殺仕置人』と『新必殺仕置人』の2作品研究の出版である。
『必殺仕置人大全』(版元が変わって、かや書房より出版)。全394ページ、まだ若き中村主水(藤田まこと)の凛々しきアップを表紙に、これをめくるとまだひげを生やしている念仏の鉄(山﨑努)のアップ。読む側の力もググイと引き上げる始まりだ。『必殺仕置人』(1973年)全26話と、その正統な続編『新必殺仕置人』(1977年)全41話の解説とあらすじ、主要登場人物説明、スタッフ紹介、シナリオやロケ地の変遷(この細かい検討テキストが全話に渡って記されているのが圧巻で、『新必殺仕置人』最終回「解散無用」のシナリオ変遷記事などショッキングなものも多い)、時代劇専門用語(町奉行とか佐渡金山といったアレ)解説といった膨大な内容を、高鳥都がほぼひとりで書き上げている。その労力たるや!
更に、ところどころに差し込まれるセリフ選抜も見事に奮っている。観ていた時代に引き戻される(全部の回ではないが、仕置人たちと悪党たちの名言は解説に書かれているので、これはコンプだ)。
まず『必殺仕置人』第1話「いのちを売ってさらし首」での八丁堀・中村主水の仕置稼業を決定付けた台詞、
「向こうがワルなら、俺たちはその上をいくワルにならなきゃいけねぇ。俺たちゃワルよ、ワルで無頼よ。なぁ、鉄」
このシリーズ・コンセプトを凝縮した一言から始まり、異色編の15話「夜がキバむく一つ宿」のゾッとくる一言、
「とんでもないところに来ちまったようだね」
が抜かれていたり、『仕置人』の無頼なエッセンスを凝縮したセリフが選ばれて掲載されている。
しかもこれが後半の『新必殺仕置人』にも繋がっていき(ここからは仕置人グループ「寅の会」で読み上げられる仕置対象を示す俳句も追加で全収録)、伝説の老仕置人・天狗の鞍三(嵐寛寿郎)が最後の仕置に出る11話「助人無用」の名言、
「わしも歳やなぁ。死んだ人間相手にしとるようではあかんわ」
は当然として、21話「質草無用」のラスト、
「松おじちゃん! わたしを忘れないで! わたしを忘れないで!」
ううっと来る。まったくもって油断できない、もうやられるかも! 更に読み進めるとシリーズ最終回の前編、最強の殺し技を誇るギリアーク人の用心棒・死神が主役となる40話「愛情無用」での、
「正八、オマエ、イイヤツダ」
やられた。よくぞここまで選び抜いて書いたと感動するのである。
2作品の写真も劇中スチールから俳優やスタッフたちのオフショットまで豊富に収められている。特に『新必殺仕置人』第1話「問答無用」は岸田森絡みのいいスチールがいろいろとあるので、これは選ぶのに苦心しただろうと思ってみたりする。
●コラム牙剥く執筆陣
高鳥の膨大な執筆量(前作『必殺シリーズ異聞』に「必殺大上映」の立会いと忙しかった)を支え、音楽やシナリオのシリーズ構成、念仏の鉄や中村主水への愛情込めた数々のコラムも読ませる。特に西のファンダム「寅の会」を率いた山田誠二が『必殺仕置人』の、東のファンダム「音羽屋」代表の坂井由人が『新必殺仕置人』のリアルタイム試聴の思い出を記しているのも貴重なものだ。やや曖昧な記憶だが、80年代に入ってオタク専門誌『ファンロード』が当時放映されていた最新作の『新必殺仕事人』までを特集した記事を発表しており、これでマニアックな目線の「必殺シリーズ」がいよいよ世に出たのであった(それ以前は坂井由人が記すようにTV情報誌のわずかな記事が情報源だった)。
「必殺」シリーズをオタク的な視点でもって世に問うた山田誠二は『必殺仕置人』のリアルタイム試聴の感慨を次のように記す。
必殺シリーズの作風は、マカロニウエスタンと通じており、『仕掛人』に続く『仕置人』に感じた興奮は『荒野の用心棒』に続く『続 荒野の用心棒』に感じた興奮に近い、と個人的に思う。
山田はこの後、悪の同心にして仕置人の中村主水の人物造形の魅力に話を展開しているので(「必殺」シリーズの本だから当然だろう)、『仕置人』を『続 荒野の用心棒』の興奮に喩えている事情がわかりにくいかもしれない。本書で梶野秀介がコラムで指摘するように、作曲家の平尾昌晃が『必殺仕事人』でマカロニウエスタンの要素を劇伴に使ったことで、「必殺」シリーズはマカロニ時代劇と受け取られているが、ここで山田がマカロニウエスタンの2作を論じた点を捕捉する。
『荒野の用心棒』はセルジオ・レオーネとクリント・イーストウッドの「ドル」三部作の一作目で、黒澤明の『用心棒』をヒントにしたことから裁判沙汰にもなったが、その『用心棒』もダシール・ハメットのハードボイルド古典『血の収穫』をもとにしている。つまり原作がある。『必殺仕掛人』も池波正太郎が連載していた異色時代小説が原作であり、人気真っ盛りの最中に作品が尽きてしまったことから、続編ではオリジナルのストーリーを立てる必要があったことから生まれたのが『仕置人』だった。
これは『荒野の用心棒』が世界的な大ヒットを飛ばしたことから、「とにかくスペインの荒野でロケした西部劇を作れ!」と続々とイタリア人による西部劇=マカロニウエスタンが山のように作られた流れと同じ構図だ。中でもガトリング銃を仕込んだ棺桶を引きずって登場し、最後は「捨て身の十字架撃ち」で町を牛耳る悪党を倒すジャンゴの活躍を描いたセルジオ・コルブッチの『続 荒野の用心棒』は異様なアイデアが山のように詰め込まれた傑作だった。レオーネの『荒野の用心棒』とは無関係の、この『DJANGO』こと『続 荒野の用心棒』は、悪に手を染める同心やレントゲンでの骨外しといった、『仕掛人』とは違うアイデアを盛り込む限り盛り込んだ『必殺仕置人』誕生に相似している。つまり作品世界がよりアナーキーに、無頼なものへと進化した。さらに、世界的なブームを呼んだマカロニウエスタンをリアルタイムで熱心に観ていた若き日の石原興カメラマンと中島利男照明技師が、イタリア人の活劇魂を京都の時代劇に注ぎ込んだのが「必殺」シリーズ誕生の源にもなっている(このあたりの事情は『必殺シリーズ秘史』に収録された本人たちの証言に詳しい)。
ライバル番組だった『木枯らし紋次郎』が時代劇のニューシネマであるとしたら、確かに「必殺」シリーズはテレビ時代劇のマカロニウエスタンだ。映画評論家の故・日野康一によるマカロニウエスタンの定義は「反社会的で残酷でマンネリだったので数年でブームは去った」と厳しいものだが、これは裏返して「必殺」シリーズが20年以上作り続けられたのは、作品ごとに時代を読み込んでいったことが大きい。
●渾身こめて書かれた必読の1冊、続く課題は?
高鳥都の執念が結実した究極の『仕置人』本がこうして世に出たことで、「必殺」シリーズの悪の魅力もまた蘇った。「その存在を証明する記録・古文書の類」として書店に並ぶ。これを購入することで、高鳥がまさに死に物狂いで仕上げた「必殺」シリーズ再評価の一部は完成したことになる。
つまり『必殺仕掛人』から『必殺仕事人2009』までのロングヒット・シリーズの中でも、特に高評価を集める人気作2本の魅力はこの1冊に見事まとめられたが、アウトロー群像としてスタートした1972年から現在に至るまで、「俺たちゃワルよ、ワルで無頼よ」から「時代劇は必殺です」とキャッチフレーズも変わっていく巨大な「必殺」作品世界のマッピング作業はまだまだ残されているのだ。
本書では秋田英夫がコラム「中村主水、4年間の軌跡 『必殺仕置人』から『新必殺仕置人』へ」で、この2作の間にある『暗闇仕留人』、『必殺仕置屋家業』、『必殺仕業人』の3作を紹介、中村主水の描き方の変遷について論じた。同じくコラム「生き続ける中村主水」では池島勇三が大ヒット作となった『必殺仕事人』と映画版について言及している。ともにコラムなので、この「主水もの」の流れの輪郭が浮かび上がるのだが、そこで変わりゆくシリーズの味の変遷を伝えるのにはギリギリの文字数であるのが惜しかった。加えて各著者がことあるごとに触れざるを得ない『必殺からくり人』をはじめとする「非主水もの」の流れもある。
個人的な体験を記せば、80年代初頭、関東ではテレビ朝日が狂ったように「必殺」シリーズを押していた。月曜日から金曜日までの夕方には『必殺仕掛人』から順に旧作をオンエア、金曜10時の新作リアルタイムでは確か『新必殺仕舞人』から『必殺仕事人Ⅲ』を放映(「必殺」シリーズが放映される時間帯、夜の10時前には日本ヘラルドが定期的にCM枠を買っており、『ゾンビ』や『地獄の黙示録』のTVCMが流された)。そして翌日の土曜日午後1時にも旧作が再放送された。土曜日の再放送は学校が終わる時間帯ですぐに始まるので、帰宅途中に「必殺」仲間と近所のラーメン屋に飛び込み、『江戸プロフェッショナル 必殺商売人』の再放送を観ていた記憶がある。これは『新仕置人』と『仕事人』との間に作られた異色作で、「この『商売人』は他の主水ものと何かが違う」とラーメン屋で激論を続けていた。この長年抱えていた違和感に答えを出したのが高鳥都による『映画秘宝』掲載の櫻井洋三プロデューサーへのロング・インタビューで、実にあっさりと裏事情が明かされ愕然としたのであった(このインタビューは『必殺シリーズ異聞』に収録)。
よって「必殺」シリーズには、まだ書物にまとめなければならないテーマが少なくとも3つある。
1 『必殺仕掛人』に始まり、「からくり人」シリーズなどに代表される「非主水もの」の流れ。
2 秋田が記した、『仕置人』2部作の間に作られた70年代の「主水もの」の流れ。
3 『新仕置人』を受ける形で作られた『商売人』、そして国民番組として育った『仕事人』サーガと特番と映画。
まともに勝負すると『必殺仕置人大全』を超えるページ数になるのは決定事項だ。その内容もより複雑になるだろう。また高鳥が『新仕置人』で強く感情移入している「正八三部作」のように、執筆の源になる魅力を見つけて取材・執筆する必要もある。
この大変だが誰かがやらないといけない仕事を、早くも戦線復帰したという高鳥都に期待したい。彼の熱意が改めて「必殺」シリーズの話題を世に問えるようにしてくれた(ラーメン屋で『商売人』を観ていたことも思い出せた)。我々もまた『必殺仕置人大全』を手にして、「必殺」シリーズを生んだ時代と、その作品愛をもって必殺体験を振り返らなくてはならない。(本文敬称略)
「必殺」シリーズ、令和の3冊
『必殺仕置人大全』9月28日発売
高鳥都:編著。かや書房より発売中。定価2530円(本体価格2300円)
『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』(立東舎)
『必殺シリーズ異聞 27人の、回想録』(立東舎)