追悼。映画秘宝インタビュー・特別編 反逆のロックンローラーPANTA氏追悼。1万字無料。頭脳警察50周年記念ドキュメンタリー『zk/頭脳警察50 未来への鼓動』PANTA vs 町山智浩、万物流転対談
2023年7月7日、「頭脳警察」のPANTA氏がお亡くなりになりました。
本誌としましては、ここにPANTA氏の死を悼み、かつて『映画秘宝』誌面にて
町山智浩氏との間で行われた対談10000字を無料公開いたします。
PANTAさん、安らかにおやすみください。(編集部)
初出:『映画秘宝』2020年9月号
『zk/頭脳警察50 未来への鼓動』劇場公開時予告編
町山 PANTAさん70歳になられたんですね。おめでとうございます!
PANTA ありがとうございます。全然めでたくないけど(笑)。
町山 2009年のアルバム『俺たちに明日はない』からもう10年。「明日はない」と言ってから10年がんばってきたから、もうPANTAさんに明日はありますよね!
PANTA そうね。「明日があるさ」を歌わなきゃいけないくらい(笑)。
町山 今回の映画『zk/頭脳警察50 未来への鼓動』のなかでも、内田裕也さんと橋本治さんが亡くなられたエピソードが登場しますが、一緒にずっとがんばってきた方々が歳相応に亡くなられていくなかで、まさか頭脳警察がいちばんサバイバルして生き残っているなんて誰も思わなかったですよ!
PANTA でしょう? そのことは俺からも町山くんに強く言いたい! 72年の1st.アルバムの発売禁止に始まって、当時は社会の敵と言われていた連中が最長寿バンドになるとはね。当時レコード倫理規定委員会では、歌詞よりも「そもそも頭脳警察という名前がいけない」とまで言われたのにね。そんなバンドが、もはや先輩はローリング・ストーンズしかいないぞって状況に置かれちゃった(笑)。
町山 世界規模でロック史に残るくらい、現役最長寿ロックバンドのひとつになっちゃいましたね。
PANTA そう! 転がる石にコケは生えないという価値観のストーンズと、苔のむすまでの日本の頭脳警察で、もう生き残り持久戦ですよ!
●サッチモとベトナム戦争が生んだ新曲「絶景かな」
町山 『zk』でお披露目された新曲「絶景かな」は凄い曲ですね。
PANTA その昔サッチモ、ルイ・アームストロングがこれからベトナム戦争に向かう兵士の前で「What a wonderful world」を歌って意気揚々とステージから引き上げていくんです。そのときスタッフのひとりに「彼らはどこへ行くか知ってるか? ベトナムに行くんだぞ。その半数以上が帰ってこないんだぞ。その青年たちに向かって、お前は『What〜』を歌ったんだぞ」と言われてショックを受けたという話があるんです。それを織り交ぜながら自分の頭の中で30歳くらいのときにいつか自分も「What〜」を歌えるような価値のある人間になれてたらいいなと思ってたんですよ。還暦になったら歌えるかな? と思っていたけど、古希を迎えた今『zk』って映画を作って、そのエンドロールの曲を書く段階に至って、石川玉右衞門が南禅寺で言った「絶景かな、絶景かな」という言葉が浮かんできたんです。それから1ヶ月くらいたって、はたとこの曲は自分にとっての「What〜」じゃないかと。雲は白く、木々は青く、なんて素晴らしい世界なんだっていう何の変哲もない歌だけど、あの曲は世界中の人々の心に染み入った。それをカバーじゃなくて自分の歌として「絶景かな」という言葉で歌った。それってなんだワンダフルワールドじゃないかって気付いたときに、鳥肌が立つほどうれしかったんです。
町山 「What〜」は映画『グッドモーニング, ベトナム』(1987年)で、ものすごい爆撃シーンにサッチモの曲を重ねていましたね。
PANTA そう。ベトナム戦争にはストーンズの「Paint it, Black」やアニマルズやワーグナーの曲とか、音楽がダイレクトに結び付いてる映像が多いよね。映像と音楽のミスマッチがまた違う情感を生むんですよ。
町山 いわゆる対位法ですよね。逆のものをぶつける。「絶景かな」の歌詞を書かれたのはいつごろですか?
PANTA 曲が出来上がったのは映画がほぼ完成していた2月ごろ。歌入れは3月28日でした。
町山 ちょうど世界的なコロナ禍でアメリカも日本の政治も悪い状況のなか「絶景かな」と歌ったのは凄いですね。現実は絶望的な世界なのに。
PANTA だからこそ「絶景かな」なんですよ。「What a wonderful world」が砲撃シーンのなかで流れるようにね。「いろんな能書き垂れてきたけどそんなのどうでもいい」って歌詞があるんですよ。「今はただ君と見てる未来、絶景かな」っていうね。頭脳警察の『zk』と同時に「絶景かな」の『zk』なんです。
町山 『ファイト・クラブ』(1999年)のラストでビルが崩壊している絶景を見ているカップルのようですね。
PANTA いいね〜。なんかの映画で使ってくださいよ! 今度はエンドロールじゃなくオープニングでね(笑)。
●50年以上前に作った曲をいま引っ張り出してきた理由
町山 戦争繋がりでは「ソンムの原に」という新曲も映画で披露されていましたね。第一次世界大戦のソンムの戦いを歌った曲ですが。
PANTA これは18歳のときに書いたんです。その曲を入れようと思ったキッカケは『1917 命をかけた伝令』(2019年)を観に行って、凄い映画だと思ったこと。これと同じ状況を昔歌で書いたことがあるなと昔のノート引っ張り出してきて見つけたんです。
町山 それは凄いですね、18歳であの詞を!?
PANTA ただお恥ずかしい話ですが、その昔キンクスが大好きで、彼らの「ウォータールー・サンセット」という曲を聴いてナポレオン最後の戦いであるワーテルローの戦いを歌にするんだ、凄いなと思って、自分も負けちゃいけない! じゃあ俺はソンムの戦いをテーマにするぞと書いたのが「ソンムの原に」なんですよ。でもキンクスの曲はウォータールーステーションというロンドンの駅を歌ってるんですね。俺はそれをてっきりナポレオンの最後を歌ってるんだと勘違いしてた(笑)。
町山 キンクスが歌ったウォータールー駅から伸びているウォータールー橋は、映画『哀愁』(1940年)の舞台で、それを数寄屋橋に置き換えたのが菊田一夫の『君の名は』(1953年)なんですよ。
PANTA そうなんだ! それは知らなかった。「雨ざらしの文明」という新曲も18歳前後で作った歌です。まだ政治性を帯びていない純粋だったころ。ビートルズもインドに影響されたりヒッピームーブメントもあって、インド的でオリエンタル風の音楽が世界に蔓延していた時期。日本人たるものオリエンタルも打ち出さなきゃいけないと思って書いたのが「雨ざらしの文明」だったんですよ。
町山 そんなに古い歌だったんですね。両方とも初レコーディングですか?
PANTA そう、50年以上の時を経てやっと陽の目を見た曲です!
●ヤルタ公演の熱狂とコロナ禍後の音楽の行く末
町山 映画のなかで凄かったのは、2018年のヤルタ公演ですね。
PANTA 本当は映画1本分の映像があるんです。最初は監督が全部入れていたんですが、そうすると頭脳警察50周年というテーマがぼやけちゃうので、別で1本の映画にしてくれとお願いしたんです。まさかヤルタ会談の地で演奏するとは夢にも思ってなかった。あのとき「現地の人がわかる歌を歌ってほしい」とリクエストされて、ならばロシアでヒットしたザ・ピーナッツの「恋のバカンス」を歌おうと。サビをいかにもロシア風にアレンジしたらお客さんノリノリなんですよ。単純だなって(笑)。みんなロシアの曲だと思っていて、ロシアのアーティストの曲を日本人が歌ってくれたと勘違いしてた。で、「七月のムスターファ」も歌ったんです。14歳で死んだサダム・フセインの孫のムスターファのこともちゃんと話したうえでね。常に戦場の渦中にあった国だからみんな真剣に聴き入ってくれました。
町山 ウクライナやクリミアは昔からロシアとドイツ、フランスとの戦場にされてた場所ですよね。
PANTA そう。歴史では知ってたけどまさか自分がその地に行くとはね。ブルガリアの地図を見ていたらマリッサ川を見つけて「ああ、ここはシルヴィ・バルタンが生まれた地か」と思ってね。彼女に故郷のマリッサ川を歌った曲があるのを思い出して、ここはブルガリアだったのかとか、いろんな絵が浮かびました。
町山 PANTAさん、シルヴィ・バルタンに会ってるんでしたっけ?
PANTA 会いました! 彼女にサインもらったとき花を付けてくれたので、それ以来自分もサインするときは必ず花を付けてるんですよ。バルタンの真似(笑)。イエイエガールです。そういえばレナウンの「イエイエ」をレバノンのベイルートで歌ったんですよ。「レーバノーン、レバノンレバノン」って替え歌で。全然受けませんでした(笑)。
町山 そりゃそうですよ(笑)。
PANTA イラクに行ったときもイスラエルにスカッドミサイル打ち込むとかいう話を聞いたから「スカッド爽やかコカコーラ」って言ったら誰もわかってくれなくて受けなかった(笑)。日本のシャレは難しいね!
町山 でもヤルタに行くって、PANTAさんの世代だといわゆる戦後体制はヤルタ・ポツダム体制と言われてて、それが崩壊したのがちょうど頭脳警察が再結成した時期ですよね?
PANTA そうです。ペレストロイカの頃ね。
町山 あの時にPANTAさんが「R⭐︎E⭐︎D」(1986年)を出したり、自分が戦ってきたヤルタ・ポツダム体制が目の前でボロボロに崩壊していくのを見て「万物流転」という曲が生まれたと思うんですが、それからさらにまた一巡り回って、今どんな気持ちですか?
PANTA 東西冷戦構造が壊れたあのころは、ミニマムなところでさらに凄惨な事件がいっぱい起きるだろうと思っていたらその通りになりましたよね。チベットもウズベキスタンもいろんな問題を抱えていて、あとは中国の覇権。本当に中国も大変だと思いますよ。別に中国の肩を持つわけじゃないけどね。
町山 中国もアメリカもロシアも独裁政権化して、日本も右傾化路線じゃないですか。ヤルタ・ポツダム体制が崩壊していい世の中になるかなと思ったらどんどん酷い世の中になっていった。まさにPANTAさんが「R⭐︎E⭐︎D」で「レボリューション(革命)、イボリューション(進化)、デボリューション(退化)」と言っていた通りになっちゃってますよね。
PANTA そう。俺が今いちばん怖いと思ってるのは、このコロナ禍で経済が最低になってるときにね、起死回生への最も簡単で、最高の方法は戦争なわけですよ。
町山 戦争になれば需要が増えますからね。
PANTA ポンと今どっかが一発撃ったら即戦争になりますよ。インドと中国の間でちょっとしたドンパチがあって一瞬冷やっとしましたけど。
町山 あれ、殴り合いですって全部。
PANTA サバゲーと一緒じゃないかってね(笑)。あそこにリングを置いてBB弾で撃ち合いやるのがいちばんいいと思うけど。
町山 PANTAさんの年齢でまさか時代がひと巡りふた巡りくらいしてるのを体験するとは。PANTAさんは日本のミュージシャンのなかで最も歴史や時代という言葉を歌詞にしてきた方だと思うんですが、今の世界の状況をどう見ますか?
PANTA もうコロナ禍以前にはまず戻れない。だからみんな世界が同じスタートラインに立ったってことですかね。
町山 たとえば小売店や書店がなくなるとか、映画もやばいと言われていたり、経済的にはもう永遠にダメになっちゃうかもしれない文化もたくさんありますよね。
PANTA 音楽の世界でも、ライブハウスの生き残りだとかそういうことではなくて、もっと根源的に音楽のあり方それ自体を考えなきゃいけない時期なのかなと、コロナの前から思っていたんですよ。そもそも宮廷音楽で姫のために誕生日の歌を書いてくれよというタニマチ的な時代を過ぎた後、ベートーベンがBGMじゃなくて俺の音楽を聴けと客席の目を向けさせたのがコンサートの始まりなんですよね。そういう意味でベートーベンは偉大なんです。それから時を経て、エジソンが蓄音機に「メリーさんの羊」を録音したのが最初のレコードなわけですよね。「メリーさんの羊」の詩を書いたアメリカの詩人(サラ・ジョセファ・ヘイル)って最初の黒人奴隷の小説を書いた人なんですよ。その後、レコードを売るビジネスが始まった。それでビルボードトップ100とかでいろんな音楽に俺たちは触れられて、ビートルズにも出会い、ブルースにも出会い、レコードには多大な影響を受けて育ってきた。でも今やもう音楽もサブスクになってCD自体に価値がない。そんなときにじゃあ音楽はどうしたらいいのって、新しいスタイルで突き破る奴が出てくると思うんですよ。
町山 頭脳警察こそ最初にレコードにもTVにもラジオにも頼らないスタイルで、常識を突き破ってきたバンドじゃないですか!
PANTA 発売禁止、放送禁止ばかりだったからね(笑)。要は口コミですからね、何がマーケットリサーチだバカヤロウって。
町山 すごく先端的じゃないですか。しかも公式海賊盤を出したのも頭脳警察が最初じゃないですか?
PANTA あんまり大きな声じゃ言えないんだけどね(笑)。
町山 そのあとはプリンスとかもやるようになりましたけどね。
PANTA そうか、俺はいろいろ世界最初のことをやってたんだ!
町山 すごく早いですよ。レコードもTVも滅んだけど、頭脳警察は最初からそんなもの相手にしてなかったですから。
PANTA 実際は相手にされなかっただけだよ(笑)。
●忍者俳優PANTA、400年を流転する反逆の軌跡!
町山 『zk』にはPANTAさんが出演する映画『下忍 赤い影』(2019年)の撮影風景が出てきますが、PANTAさんは忍者の長老役なんですね。戦国時代の忍者は信長や秀吉と戦う反権力勢力ですが、そういう話なんですか?
PANTA 『下忍』は幕末の忍びの末裔役なんですよ。幕府の密命を受けて物を運んでるとき銃撃されるんですが、自分の先祖と被るんです。俺の高祖父も幕末に勤王を討ちに行くっていったまんま消息を絶っているから。
町山 そうなんですか!? 忍びといえば『忍びの者』(1962年)という映画があって。
PANTA 『忍びの者』は素晴らしいです! あれこそ忍者映画ですよね。それ以前はガマや大蛇が出てきたりトリッキーな忍者ばかりでしたが、あれほど忍者をきちんと正面からリアルに描いた映画はない。ふたりで切磋琢磨して忍びを競わせてね。
町山 PANTAさんの『下忍』のシーンを観たらあの映画に出てくる伊藤雄之助が演じた百地三太夫みたいでした。
PANTA 今自分がそういう見た目になってるもんで怖いですよ(笑)。できれば主人公の市川雷蔵のほうでありたかったのに、なんで伊藤雄之助のほうになっちゃったのか(笑)。
町山 『忍びの者』の原作者・村山知義はプロレタリア運動家でもあったんですよ。左翼で原作も『赤旗』に連載してた。当時の共産党と新左翼との闘争を百地三太夫と彼に操られる石川五右衛門に投影した話だったらしいんです。
PANTA そうなんだ! 『カムイ伝』より前だよね。僕は崔洋一監督の『カムイ外伝』(2009年)に出てるんですが、カムイを追う追い忍の伊賀の頭領なんですよ。
町山 PANTAさん、忍者俳優ですね!
PANTA 忙しいんですよ。伊賀になったり甲賀になったり(笑)。
町山 隠れキリシタンも演じていますしね。
PANTA 『沈黙−サイレンス−』(2016年)でね。『カムイ外伝』のとき物語には出てこないけれど、PANTAに託してる役であると崔監督から言われたんです。それが隠れキリシタンが原城に籠城した37,000人のなかに山田右衛門作という南蛮絵師がいて、島原の乱の陣中旗の絵を描いたんです。バチカンではジャンヌ・ダルクと十字軍と天草が三大陣中旗にされているそうで、その陣中旗を描いた山田右衛門作がダブルスパイで、37,000人が虐殺されたなか、ひとりだけ生き残ってるんですよ。崔監督はその役割を俺に演じさせたんですよ。だからセリフがなくて絵だけ描いてるんです。その後、マーティン・スコセッシの『沈黙』が来る。全部が繋がってるんですよ。島原の乱の籠城は、ポルトガルのイエズス会の援軍が来るのを待ってるんですが、彼らは来なくてオランダ船を先頭にした徳川十二万の軍勢が攻めてくる。結局ポルトガルのイエズス会も来ない、原城も全滅、その後ポルトガルの宣教師ふたりが潜入する『沈黙』の物語になる。
町山 そうか! PANTAさんの反逆の軌跡は四百年以上の歴史があるんですね。
PANTA そうなんですよ! 同じ反逆者なら天草四郎になりたかったなあ(笑)。美少年のほうにね。
●『沈黙−サイレンス−』裏話と「ダダリオを探せ」誕生秘話
PANTA 『沈黙』の撮影後、「アフレコはハリウッドに呼んでくださいね!」とスコセッシに言ったら、「いやN.Y.だから」って(笑)。でも次に来た連絡は、「原宿に来てくれ」って。「N.Y.じゃなくて原宿かよ!」と思って行ったら浅野忠信くんをはじめみんながいてアフレコをやったんです。左側の画面にはブダペストのキャストチームの映像が映ってて、右側の画面にはN.Y.からスコセッシをはじめ監督チームが映ってる。「じゃあ今から録るから」って、リモートアフレコしたんですが、驚いたのはタイムラグがまったくないこと。今日海外とリモート通信で話すのは、スコセッシと話して以来! スコセッシから町山へ!
町山 (笑)。どんな撮影現場だったんですか?
PANTA 撮影のときは、スコセッシに「サー」を付けていいのかわからなかったんですよ。「ミスター」もおかしいかな? とかいろいろ悩んでね。スタッフ連中はみんな「サー」付けで呼んでたんです。でもスコセッシが「俺にサーをつけるなんて、俺にFUCK YOU! って言ってるようなもんだ」って言ったんですよ。彼らしいでしょ?
町山 たしかに!
PANTA それで俺も悩んだあげく、日本語の「〜さん」の距離感がいいなと思って、「マーティンさん」って呼んでたんです。でも、撮影が終わる頃には「マーちゃん」になってた(笑)。あの映画で、主人公の宣教師アンドリュー・ガーフィールドが「I brave to ask you?」って言い方をするんですよ。「あなたはなぜ黙ってるんですか?」って。神に疑問を持った時点でバチカンではダメですから、遠藤周作の『沈黙』もバチカンではダメんですよ。でも今の法皇フランシスコさんは朗らかな人だからと、マーちゃんが『沈黙』の原作を持って行ったらしいんですね。そしたら「もう私は読んでます」って大司教が言ったそうです。
町山 それは凄い話ですね。『沈黙』は世界中で翻訳されましたが、転んで破門された信者の話だからカトリックではずっと禁書だったんですよ。スコセッシはバチカンで『沈黙』の試写をやりましたが、フランシスコ法皇がもともとイエズス会出身だから彼らに観せて承認を受けた結果、400年の破門が解けたんですよ。だから映画の最後に、ずっと破門になっていたアンドリュー・ガーフィールドが演じた実在の宣教師も破門が解けたんですよ。PANTAさん、『沈黙』の他にもアメリカ映画に出たんですよね?
PANTA そうです。ちょっと前だとHBOのドラマ『ウエストワールド』シーズン2でオファーがあったんですよ。
町山 日本のサムライ・ワールドが出てきますよね?
PANTA まさにそれです! そのときの役が「親分」と言われたので、たぶんサムライ・ワールドの親分役なのかなと。でも、カリフォルニアで6ヶ月のロケと言われたので、ちょうど頭脳警察50周年イヤーやその準備とかち合う時期だったので、断っちゃったんですよ。そしたら、うちのスタッフが怒りまくってね。「なんて美味しい話を断ったんだ!」って(笑)。
町山 たしかにそれはめちゃくちゃ惜しい話ですよ!
PANTA シナリオが回ってきたとき、親分が「ファーストショーグン・源頼朝」って書いてあって、将軍と親分は意味違うよ! って思ってね(笑)。その前には、アレクサンドル・ダダリオっていう『カリフォルニア・ダウン』(2015年)にロック様の娘役で出てる女優さんがいるんですけど。
町山 あのセクシーな!
PANTA そう。『I Am Not a Bird』(最終的なタイトルは『Lost Girls & Love Hotels』)って映画で、彼女を俺が日本で助ける役で出演したんですよ。
町山 助ける役ってどういう設定ですか?
PANTA 車に飛び込もうとする彼女を俺が助けるの。脚本だと日本語で助けなきゃならないのに、英語で助けちゃったからテイク1は失敗しちゃった(笑)。あれは日本で撮影したから出られたけど、まだ公開されてないと思う。日本のラブホテルを徘徊する女性の物語みたいなんだけどね。そのときの出会いがキッカケで、アルバム『乱波』の「ダダリオを探せ」って歌を作ったんですよ。
町山 あのパンクっぽい曲の誕生秘話は、そういうことだったんですか!
●安保世代への挽歌「アウトロ」と、「万物流転」封印を解除した理由
町山 最近の曲を聴いて思ったのは、PANTAさん声が本当に若々しいですよね?
PANTA 顔は伊藤雄之助ですけどね(笑)。声はまだまだ美少年のままだよ!
町山 PANTA & HALのころ、よく評論で「PANTAさんの声は少年の声だ」って書かれてたんですよ、今もまったく変わってない。
PANTA そうですか。声優でデビューしたいな〜! 少年役で使ってくれないかな(笑)。
町山 「アウトロ」という新曲も青春時代の歌詞じゃないですか?
PANTA あれは最近作った曲です。1960年と70年安保を生きていた世代にわかりやすいように書いたんですよ。
町山 恋と革命の歌詞で、すごく青春を感じたので、昔の歌詞なのかなと思ったんですよ。
PANTA ちょっと昔っぽく書いてみたんですよ。たとえばゲバラにしても、チェ・ゲバラになる前には『モーターサイクル・ダイアリーズ』(2004年)でバイクで旅行してたり、サッカーチームの監督になったり、そういう青春を送ってるじゃないですか。
町山 アウトロって、本来曲の最後に付くものじゃないですか。でも歌詞は凄く青春。どういうことなんですか?
PANTA 人生の晩年という意味でアウトロなんです。昔を思い返しているんですね。
町山 「プレベを弾いてみた」はどういう意味なんですか?
PANTA フェンダーのプレシジョンベースっていう有名なジャズベースの種類があって、通称プレベって言うんですよ。「銃をとれ」のベースラインがまさにプレベなんです。ポール・リビアとレイダースとか、昔からいろんなミュージシャンが使ってるベースラインだし、そもそも俺もベースを弾いてたから、プレベのフレーズが大好きなんですよ。
町山 グループサウンズ時代はベースだったんですか?
PANTA そうなんです。
町山 いろいろ謎が解けました! ベースをいじりながら作った曲が「銃をとれ」だったんですね?
PANTA そう。それで「爪弾いてみた」っていうのを歌詞に織り込んでね。
町山 まさに青春の歌じゃないですか。バンドを始める前の歌を今歌ってるんですね。歌詞に「黄泉比良坂」と出てくるのは?
PANTA 黄泉の国とを往ったり来たりする、あの世と現世を繋ぐ、『古事記』に出てくる場所のことですね。
町山 「オルフェウス」みたいなことですよね?
PANTA そうです。黄泉に行く長い坂道で、振り返っちゃダメよ、みたいな意味です。
町山 その前に「聖少女」と歌ってるじゃないですか。『聖少女』も『よもつひらさか往還』も倉橋由美子さんの小説ですよね?
PANTA まさにその通りです! 作者名も歌詞に入れようかなと思って、最初にネイキッドロフトで人前で歌ったときは「倉橋由美子〜」って歌ってるんですよ。でもあまりにもダイレクトすぎるだろうってことで「聖少女」になったんです。当時の若い連中が背伸びして『パルタイ』や『聖少女』を持ち歩いていた、そういうイメージですね。『聖少女』には近親相姦とかいろいろな意味がいっぱい塗り込まれているから、倉橋由美子という個人名を出すよりは「聖少女」のほうがイマジネーションが広がるかなと。
町山 面白いですね。1960年代後半のことを歌っているのに「アウトロ」なんですね。
PANTA 当時のリアルタイムだったらそんな曲は歌えてないですよ。振り返れる今だからこそ歌える。空を見上げながら過去を回想してるんだけど、空にはオスプレイが飛んでるんですよ。
町山 オスプレイだけが現代なんですね。
●橋本治の死と寺山修司の記憶
町山 『zk』のなかで橋本治さんが亡くなられますね。あのときはどんな心境でしたか?
PANTA 2019年の1月でしたね。ちょうどユーロスペースで試写を観た後、1階で脚本家の小川智子さんたちとみんなでお茶をしているとき、石川セリからメールが来て「橋本さんが亡くなられた」と。大ショックで、それから何を話したのか全然思い出せなくて、車で帰ったんだけどハンドルは荒川に向かっていて、夜中に荒川のほとりでひとり大泣きしました。
町山 それで「冬の七夕」という曲を作られたんですよね?
PANTA まだ発表していないんですが、「冬の七夕」はいつか出そうと思っています。
町山 歌詞の中で、「毛糸に半分埋もれながら」とあるのは橋本さんですよね?
PANTA そうです。あの歌詞は全部橋本なんですよ。
町山 何度も「半分」という言葉が出てきますね。
PANTA そうなんです。橋本って半分なんですよ。俺のなかで橋本は、何分割しても大きく分ければ半分なんです。うまく表現できないんですが……。俺はずっと作家として本当に素晴らしかった橋本の側にいてチャラチャラしてたけど、果たして彼の放つことに俺は応えられていたのか? と考えると身につまされるんですよ。
町山 橋本治さんが亡くなったことでもうひとつ思い出すのが、寺山修司さんですね。PANTAさんは寺山さんとも交流がありましたよね?
PANTA 実際にお会いしたことはないんですよ。頭脳警察の録音スタジオに遊びに来たことがあったんですが、そのときもニアミスで。彼の『イソップ物語』というアルバムの「一番猫」という曲で頭脳警察が参加させてもらってるんです。彼の死から「時代はサーカスの象に乗って」という曲も書きました。ミュージカル『ヘアー』が69年12月に日本に上陸したとき、最初の脚本が寺山修司だったんですよ。アメリカでいう黒人問題のように、実は日本にも差別問題がいっぱいあるという要素を思いっきり盛り込んだんですが、「これは上演できない」と却下された。それで川添象多郎のオリジナルに近いかたちの脚色で東横劇場で初上演された。その却下になった脚本が『時代はサーカスの象に乗って』というオリジナルミュージカルになって天井桟敷で上演されるんです。その後、月蝕歌劇団でこれを上演したとき、彼女たちだけに歌わせておくのはもったいないから頭脳警察で出そうということで、シングルをリリースしたんです。
町山 寺山さんは「歴史なんか信じない」と言ってたし、PANTAさんは「歴史から飛び出せ」と歌った。その意味はヘルマン・ヘッセの「さようなら世界夫人よ」と同じテーマですよね。「時代はサーカス〜」も「万物流転」も、今回の「絶景かな」もそうですが、同じことをえんえん繰り返している人類の歴史に対して、「そこから飛び出そうぜ」と歌い続けた50年を振り返って、このめちゃくちゃになってしまった世界について今どんなお考えですか?
PANTA 10年間封印していた「万物流転」を歌う気になったのが、実はタルコフスキーの『サクリファイス』(1986年)を観直したからなんです。世界はまるで馬鹿者のように同じことを繰り返す。でも少しずつ違うんだ。少しずつ変わっていくんだ。いや変わらなければいけないんだっていう言葉が、映画のなかにあったんですよ。それで肩の力がスーッと抜けて。そうだよな、何も意気揚々と新しいことをやらなくても、ただ同じことを繰り返してるだけで、世界は少しずつ変わっているんだよなぁと思ったんですね。その意味で、今の時代も少しは良くなってほしいという願いを込めて、今「万物流転」や「絶景かな」を歌ってるんです。そんな心境ですね。
町山 「万物流転」は、「R⭐︎E⭐︎D」と同じようなかたちで、愚行を繰り返す歴史や人類に対する苛立ちと諦めが歌われていますよね。そこからさらに先に進むと、「絶景かな」と歌ってしまう。
PANTA そうです、俺にはその先に絶景が見えたんですよ。絶景のまたさらに先にはどんな景色が見えたのかを伝えるためにも、町山くんとはぜひまた対談したいね!
〈再録協力:ROCKET PUNCH LLC/ロケットパンチ合同会社・PANTA頭脳警察
オフィシャル〉
よろしければこちらも 町山智浩アメリカ特電『シン・ウルトラマン』
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