「新左衛門は周りの人たちによって作られたものです」『侍タイムスリッパー』主演・高坂新左衛門役山口馬木也さんインタビュー
全国200館以上に拡大上映されて、2024年を代表する1作ともなった『侍タイムスリッパー』。『映画秘宝』noteでは安田淳一監督に続いて、朴訥ながら熱い魂を秘めた高坂新左衛門を演じた主演の山口馬木也さんにインタビュー。幕末から現代へとタイムスリップした侍の物語が広く人々を魅了したのも、演技に対して真摯に向き合い続けてきた山口さんが中心にいたからこそ! 改めて空前の大ヒットとなった『侍タイ』の話、そして時代劇に対する想いを語っていただいた。
文責:取材・文◎『映画秘宝』編集部(今井)
●想像以上の大ヒットを受けて
――初主演作である『侍タイムスリッパー』が全国150館以上にまで拡大上映されて、今の率直なお気持ちをまずお聞かせいただけないでしょうか。
山口 ひたすらビックリしています。まさかここまで作品が広がるなんて、まったく想像していなかったわけですよ。もちろん僕も監督も『侍タイムスリッパー』に対しては我が子を思うような気持ちで、いろんな人に観ていただいて、時間を掛けて、ゆっくりと育ってほしいとは思っていたけれども、ちょっとスピードが速すぎやしないかと。まだ現在の状況に自分自身が追いついておらず、途中で転びはしないかという心配もありますが、観てくれた沢山の方に一生懸命支えていただいている。とにかく感謝の念に堪えません。
●新左衛門は周りが作った
――安田淳一監督はクランクイン初日に山口さんが新左衛門として「こういう喋り方でいこうと思っています」と実際に会津弁で台詞を口にされた際、監督の中であまりにも役にピッタリと合っていたので、思わず涙ぐんだと仰っていましたが。
山口 新左衛門は会津藩の侍だから、当然会津弁を使わなければならないじゃないですか。だけど、僕は今まで会津弁の人物を演じたことがなかったんですよ。一般映画だと方言の指導者が付きますが、この映画はインディーズでそこまでの予算がない。会津弁が出てくる映画などを参考にしつつ、脚本を読んだ際に受けた「きっと新左衛門はこういう話し方をする人物だろうな」という印象を落とし込むしかなかった。実際の会津の方から見れば違和感を覚えてしまうことを覚悟した上で、喋り方に関してはキャラクターの温かみを優先しませんか、と監督に提案したんです。
――映画を観て、会津弁に関して特に違和感はなかったと思いますが。
山口 新左衛門は幕末から現代にタイムスリップしてきた侍だけど、例えば幕末当時のネイティブな会津弁で「ここはどこでガンス?」と話しかけると、相手役の方は「ガンス?」と、方言に対してリアクションを取らなければならなくなりますよね。この作品はその部分にはあまりフォーカスを当てていないし、やりすぎると混乱を招いてしまう。会津弁の方言に関してはギリギリ現代人が耳にしても違和感のない範囲を意識しましたね。結局芝居って、どんなにリアルに人物像を作り込んだとしても、他の役者さんとの関係性があって初めてその役の立ち位置が成立するんです。新左衛門という役にしても、周りの人たちとの関係によって作られていくものだと思います。
●技術を越えて気持ちで演じる
――安田監督が運営する未来映画社や冨家ノリマサさんの動画に山口さんが出演された時に、タイムスリップした侍が斬られ役を演じるという設定は複雑な入れ子構造になっていて、演じていて難しい面があったと語っていたのが印象的でしたが。
山口 山口馬木也個人としては役者だけど、演じる新左衛門は初めての演技をする人であって、役者として手慣れていてはダメじゃないですか。役者の素質が花開くという話でもないし、しかも新左衛門は本物の侍でもある。そういう構造が何周も回って、映画のラストで真剣を用いて戦うことになる。だけど、実際には竹光を使っている。その上で僕と冨家さんは役者として真剣に見せなければならない。演じる上でそのあたりをどのように区分けして帳尻を合わせればいいのか。最初はいろいろと考えていたんですけど、途中で吹っ切れましたね。
――動画でも技術を越えたところで、もう気持ちで演じるしかなかったと仰っていました。
山口 現場で衣装を着てカツラを被った時に、新左衛門として心に思い浮かんだことが本当であって、そこに複雑な構造は一切いらないと思いましたね。気持ちで行くしかないので、もう自分の身に纏うものだけ拠り所でした。床山さんは非常に優秀な方で、映画の前半で僕がタイムスリップしたばかりの本物の侍として画面に映っている時は、本当に髪の毛を力いっぱい後ろに引っ張って束ねてくれて、その上で本物にしか見えないカツラを用意してくれました。限りなく本物に近い状態に自分自身を持っていくことで、「これが侍なんだ」と演技の引き金になる。そうやって現場で認識したものを信用するしか方法がなかった。
●真剣では刀を振るスピードが違う
――本作は、時代劇の殺陣がテーマとなりますが、劇中の立ち回りに対して、山口さんはどのようなスタンスで臨まれたのでしょうか?
山口 ラストシーンに集約されてしまいますが、安田監督が本作の裏テーマとして「時代劇史上、本物の真剣で戦っているようにお客さんに思わせたい」と掲げられて、物語は僕と冨家さんが真剣で戦うという展開になる。監督は「真剣だと思わせるために、刀を重く見せたい」とお話されました。それで参考資料として、ある剣術の流派で真剣を使った演武の映像を見せていただいたんですけど、僕には違和感があったわけですよ。
――と言いますと?
山口 刀を振るスピードが違うと感じたんです。要は、彼らは本気で相手を斬ろうとしているわけじゃない。物質としては本物の刀ではあるけれど、本当に相手を斬ろうと思ったら、刀に殺気が宿って、振るスピードも変わってくるはずです。それに命のやりとりにおいて、刀の重さを感じる余裕なんてないだろうと。それこそ、この映画で峰蘭太郎さん演じる殺陣師の関本さんの「竹光を本物の刀に見せてこその役者」という言葉を信じてもらえませんか、と監督に申し出ました。冨家さんとも「これは本当の刀で、振ったら相手を斬れるものだと思い込むしかない」と話し合いましたね。
――本作の殺陣師は清家一斗さんという東映剣会の方が担当されました。山口さんは清家さんとは以前からお知り合いだったとお聞きしましたが。
山口 清家さんには以前からお世話になっていて、幾度も殺陣を付けてもらっていました。彼の父親も殺陣師で、僕は彼の父親とも一緒に仕事をしていたんですよ。清家さんは父親の跡を継いだわけです。まだ若いけれど、かなり現場の数を踏まれて、百戦錬磨の頼もしい方です。演者の意図もキチンと汲み取ってくれて、抜群の殺陣を組んでくれる。『侍タイ』の真剣での立ち回りに関しても、最大の功績者は清家さんですよ。清家さんがどうやれば真剣に見せることが出来るのかと考えて抜かれて、あのような形になったわけです。
●冨家ノリマサさんとイチャイチャ
――冨家さんとは本作で初めて共演されたということですが。
山口 初めての共演だと思っていたんですけど、ある人が調べてくれて、実は過去の時代劇の作品でご一緒していたことが分かったんですよ。だけど、僕も冨家さんもそのことを全く覚えていなかった。同じ撮影現場だったけど、すれ違いだったのかもしれない。今回の『侍タイ』でお互いをキチンと認識して共演させていただきました。最初のご挨拶の時に冨家さんが「この映画は本当に良い作品で、馬木也も良い役者だから、俺はその神輿を担ぐためだったら何でもするよ」と言ってくださって、本当に嬉しかったです。
――劇中劇『最後の武士』の撮影シーンで、冨家さん演じる風見が新左衛門を優しそうな目で見守る姿が印象的だったんですけど、実際の現場でも冨家さんはそのような雰囲気だったのでしょうか?
山口 もう全く一緒です。だから、あの現場では新左衛門、風見という役ではあったけれども、2人とも役を演じているという意識はゼロでした。単純に冨家さんとイチャイチャしているだけで、「もう俺らイチャついているだけじゃん」って(笑)。最初からそんな感じだから、お互いに芝居をするといった感覚はそんなになかったですね。だから、脱線する時は2人で脱線して、そこを監督がブレーキを掛けてくれるという感じで、非常に面白い体験でした。ただし最後の立ち回りのシーンに関しては別です。それまでとは打って変わって、撮影に入る前はお互いに話しかけるような空気ではなかった。覚悟を決めてあの立ち回りのシーンに臨んだけど、冨家さんも凄まじい気迫でした。
――改めて山口さんの中で、冨家さんはどのようなご印象でしょうか?
山口 冨家さんはこの業界で何十年にも渡って第一線で活躍されている方ですよね。常に自答して、それまで築き上げたものをゼロに戻して新しい仕事に臨んでいく。そういったことを繰り返されてきた年輪と深みを感じました。やっぱりこういう人しか残っていかないんだと改めて思いましたよね。目指すべきところにいる人です。
●モノ作りの原点を
――安田淳一監督は撮影や照明をはじめ、この映画では11種もの部署を担当されました。監督のペースで撮影が進んでいくので、演者として戸惑われたとお聞きしましたが。
山口 監督はカメラを回しながら、常に頭の中でいろいろと考えているんですよ。撮り終えたと思ったらカットの声を掛けずに次に進んでいくので、こちらは知らずに芝居を続けていたことがありましたね。さらにいきなり監督のタイミングで本番の撮影に入ることもあって、「こちらはまだ着物も羽織ってないですよ」って(笑)。普通の現場では起こり得ないことですよね。だけど、途中からその状況が楽しくなってきたんですよ。映画の長い歴史の中で撮影の形式が出来上がったけど、監督のパッションで進んでいくこのイレギュラーな状況こそがモノ作りの原点なのかもしれない。ひたすら作品に没頭する監督の姿にはそう思わせるものがありましたね。
●二度目の「今日がその日ではない」はアドリブ
――真剣での勝負を終えた新左衛門と風見が「今日がその日ではない」と語るシーンが感動的でした。そのあと風見にヒロインの優子のことでからかわれた新左衛門がしどろもどろで同じ台詞を言うのもおかしかったのですが、安田監督が言うには二度目の台詞は山口さんのアドリブだったとお聞きしました。
山口 僕の記憶では事前に「アドリブしよう」と考えていたわけではなくて、自分でも思わず口に出てしまったんです。優子さんに頬を叩かれて居た堪れなくなったうえに、風見にからかわれて、新左衛門としてはその場から逃げたくなって、あの言葉が出てきたんだと思います。計算ではないですよ。
――安田監督によると、『トップガン マーヴェリック』(2022年)にも「今日ではない」という台詞が出てきたので、撮るだけ撮って編集で削ろうと思ったら、山口さんがアドリフで素晴らしいオチを付けてくれて、監督の中で『トップガン』を越えたと。
山口 自分で言うのも何ですが、気が利いていますよね(笑)。自分でもよく出たなと思います。僕は決してアドリブが得意なタイプではないので、ああいうことができる俳優だと思われて、今後の仕事でハードルが上がったとしたら、ちょっと困るなと(笑)。もうその場にいたキャストやスタッフさんたち、みんながくれたプレゼントですよ。良いお土産をもらったなという感覚で、あの時の現場の環境と空気が奇跡を起こしてくれたんです。
●時代劇に対する想い
――山口さんはドラマ『剣客商売』で共演された藤田まことさんに役者として感銘を受けられたとお聞きしました。また「時代劇があったからこそ役者を続けられた」とも発言されている。現在『侍タイムスリッパー』の大ヒットをはじめ、真田広之さんの『SHOGUN 将軍』(2024年)がエミー賞を受賞して、時代劇に対する機運が高まりつつあります。改めて時代劇に対する山口さんの思いをお聞かせいただけないでしょうか。
山口 人から人へ伝えられる形あるもの。それこそが時代劇の良さだと思っています。芝居は感性といったものに頼ってしまうものなんですけど、時代劇は所作がしっかりと出来ていないといけないじゃないですか。それは先輩から後輩へと伝えることができるんですよ。例えばお箸の使い方は難しいようでいて、小さな子供にもキチンと教えられますよね。それでいて教えてもらわないと、絶対に自然には身につかないことである。時代劇にも伝えないと身に付かない所作がある。決まった形があるからこそ、それを通して目に見えない何かを伝えることが出来るんじゃないかと。
――『侍タイ』を観て、改めて時代劇はこんなにも面白いものなんだと気づかされました。
山口 僕や友人の子供たちに『侍タイ』を観せたところ、チャンバラごっこをし始めたんですよ。ゆくゆくは小学校や中学校で『侍タイ』の鑑賞会をしてほしいですね。立ち回りだけではなくて、新左衛門がショートケーキを頬張るシーンを見て、「ケーキってこんなにも美味しいんだと改めて感じました」と仰る方がたくさんいて、僕もその感想を聞いて、それまで見えていた身の回りの景色がまた変わってくるわけですよ。そうやって時代劇は現代に生きる我々にもいろいろと考えるキッカケになるんじゃないのかなと思います。今回の映画で皆さんの時代劇に対する見方が変わったとしたら、それはもう安田監督の功績です。本当に何もないゼロの状態からこの作品を作り上げたのですから。僕自身、初主演作だからと言って必要以上に気負うことはなかったのですが、こういう形で時代劇が広がっていくのは素晴らしいことですし、この作品に携われて本当に良かったと思っています。
<告知>
10月21日発売の『映画秘宝』12月号にて、『侍タイムスリッパー』安田淳一監督インタビュー後編、ヒロイン優子役を務めた沙倉ゆうのさんのインタビューを掲載。乞うご期待!
『侍タイムスリッパ—』(2023年/日本/131分)
監督・脚本・撮影・編集:安田淳一
出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎、田村ツトム など
配給:ギャガ 未来映画社
公式HP:https://www.samutai.net/
絶賛公開中
©2024 未来映画社
山口馬木也(やまぐち・まきや)
1973年生まれ、岡山県出身。俳優として映画、テレビドラマ、舞台などで幅広く活躍。1998年、日中合作映画『葵花却(ひまわり)』(蒋欽民監督)でデビュー。2000年の映画『雨あがる』で初めて時代劇作品に参加。藤田まこと主演『剣客商売』(2003年)で息子役秋山大治郎を演じる。大河ドラマ『北条時宗』(2001年)『八重の桜』(2013年)『麒麟がくる』(2020年)、『鎌倉殿の13人』(2022年)に出演。代表作に『告白』(2010年)、『悪の教典』(2012年)など多数。『侍タイムスリッパー』は役者生活25年初の主演長編映画となる。