BOOK REVIEW『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』
「必殺」シリーズの奥は深い。第1作『必殺仕掛人』放映から50年を記念する形で刊行された高鳥都著『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』はそれまでエンディングのテロップにその名が流れていくだけだった「必殺」シリーズのスタッフへの微に入り細を穿つインタビュー集である。連続シリーズ最後となった『必殺剣劇人』から35年、番組を生んだ山内久司、仲川利久の2人のプロデューサーをはじめ、「必殺」シリーズ初期を支えた監督や脚本家、メインをつとめた俳優たちは鬼籍に入った。そこで現在も存命中の関係者を辿り、この国民的殺し屋番組とは何だったのか、その正体を探っていく高鳥都の苦労と興奮が全384ページの大著に凝縮されている。
高鳥都は1980年生まれ。シリーズ最大の人気を誇った『必殺仕事人』オンエア中にこの世に生を受けたことになる。それゆえ“後追い世代”の持つ強みが本書には満ち溢れている。『必殺仕掛人』からリアルタイムでこのテレビ映画シリーズを追っている世代のジレンマ……初期の暴力的でハードボイルドな作風からソフトで時事ネタもふんだんに盛り込んだ後期への変容に戸惑いながらも、でも『必殺』であることに違いなく、複雑な思いで肯定していった……から自由である。そんなスタンスから物怖じせずに26人のスタッフからシリーズの変容を聞き出していく(厳密には番組関係者行きつけの喫茶店のマスターまで登場するので、告白者の数はもっと増える)。シリーズの核心となっているキャメラマンにして監督の石原興への取材を巻頭に置き、まず「必殺」シリーズの「撮影・照明・録音」に携わる6人の話に始まり、美術から岡っ引きを演じた俳優まで「画の中」に携わる人々(9人)に話を伺う第四章まで、印象的だった監督との仕事、シリーズのエピソードが明かされていく文字通りの「告白」となっている。殺しを金で請け負うダークな世界観からエリマキトカゲがネタになる娯楽時代劇への変容に作品を世に送り続けた26人の「必殺」人生に耳を傾けている。
本書はシリーズを俯瞰するガイド本ではない。大まかに分類すればメイキング本になるが、様々な役職から1週間に1本のテレビ映画を作り続けていた京都映画撮影所に交錯する人間それぞれのドラマとなる一級の研究資料になっている。すでにこの世にいない監督のそれぞれの仕事ぶりも、仕上がったテレビ映画の作家論とは異なった視点から語られる。頻繁にその名が上がる深作欣二や工藤栄一の天才肌の仕事ぶりに並び、シリーズ最多監督作を誇る松野宏軌のアルチザンとしての振る舞いが多くのスタッフの口から挙げられる。松野の着実な仕事ぶりがまだ若い世代であった石原興たちの活躍を保証したのだ。石原曰くマカロニウエスタンの手法で描かれたエログロ時代劇としての初期「必殺」シリーズが、遂には15年に及ぶ長寿番組として続いたのは、実は松野宏軌のような監督によって成し遂げられてきたことになる。本書によってもたらされたこの評価は極めて大きい。劇場用映画斜陽の時代、テレビ映画に賭けた若い世代のスタッフたちが時に意見を揉みあいながら、自由な現場で「必殺」の映像世界は作り上げられていった。本書に納められた「告白」は70年代テレビ映画の撮影現場で何が起こったのか、その歴史に物怖じしないインタビュアーに向かって実態を明らかにされる。そこから発せられる言葉は同時に「必殺」シリーズの呪縛に囚われているリアルタイムで番組を見続けて来たファンの魂をも解放する。
本書のボーナスとしてトリを務める「念仏の鉄」こと山﨑努へのインタビューは本書の総括にして解説にもなっている。石原興をはじめとする京都撮影所の面々のバイタリティと面白さに山﨑もまた惹かれ、その一員になった。この27人目の「告白」をもって、50年に及ぶ「必殺」シリーズの現場取材は見事に完結する。(編集部・田野辺)
『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』
高鳥都・著
立東舎刊、定価2750円
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