英国判例笑事典 エピソード(8)「羨ましきかな!採点されぬ答案」

大豆ミールは世界的商品である

大豆ミール(大豆粕)は、大豆から油を搾ったあとのカスで、家畜の餌になります。アメリカは大豆の一大産地で、米国産大豆ミールは世界各国に輸出されています。輸出船積みに際して使われるルートの1つがミシシッピ川です。

1973年3月にミシシッピ川一体に大洪水が起こって、売主が契約通りの船積みができなくなるほか、アメリカ政府が輸出禁止令(6月27日発効)まで出す事態になりました。

1975年頃から契約違反を主張する紛争が何百件も起こって、文字通り「洪水」状態になったのです。

ところで、取引業者間では「GAFTA 100」と呼ばれる業界定番の契約書式が、使われていました。このGAFTA 100では英国の裁判所が紛争の際の管轄裁判所に指定されていました。

 ミシシッピ河で洪水が起これば、イギリスの弁護士が太る

そういうわけで、数多くの事件が英国の弁護士に豊富な仕事を供給し、弁護士の大事な飯の種になりました。これを指してある控訴審の判決の冒頭で、裁判官がこんなことを言っています。

大豆(ミール)訴訟はここ何年か英国の商業裁判所の主食である。本件はあまりに高蛋白(’high protein content’)なので、法廷弁護士は次から次へと倦むことなく、よりよい解決案をさがし続けている(太字筆者)。 

Bremer v Continental Grain [1983]

争点とその成り行き

争点は事件によってそれぞれに異なりました。第1話第2話その他に登場した有名な裁判官のデニング卿が、争点の多さと複雑さについて、こんなことを言っています。

GAFTA 100の件ではいつもその複雑さと技術的な点に、我々はかきまわされる。1975年と1976年に、盛りだくさんの試験問題が我々に出された(太字筆者)。

Bremer v Mackprang [1979]

7月10日か11日か?

たとえばその中で最終的に、現在の最高裁判所にあたる貴族院まで行った争点の1つに、「契約不履行日は7月10日か、11日か?」というのがありました。

GAFTA 100によれば、契約違反のときの損害賠償額の計算は、「契約不履行日」の市場価格に基づくことになっていました。1973年7月の10日には大豆の市場価格はトン当たり$635、翌日の11日には$585でした(ちなみにある事件では契約金額は$216だったそうです)。この1日だけでも$50の差があるのですから、1万トンの売買なら、損害賠償額に$50万の差が出るわけです。

一見簡単そうに見えますが、控訴裁判所は7月10日」としたのに対して、1978年5月18日に出された貴族院の答は7月11日」でした。貴族院の判例はすべての下級審を拘束しますから、もう議論の余地はなくなってしまったわけです。詳細は省きますが、そのほかいくつかの点についても拘束力のある「先例」が確立されました。

さてこんな中で、ちょうど貴族院の判決が出たのと同じ年の11月に、上にあげた2つ目の Bremer v Mackprang 事件の控訴裁判所の判決の日が来ました。

デニング卿曰く:

 GAFTA 100の件で……1975年と1976年に、盛りだくさんの試験問題が我々に出された。我々は一所懸命答案を書いた。その答案が最近貴族院に採点される派目になった。点数は50点ほどだった(太字筆者)。

Bremer v Mackprang [1979]

ずるいぞ!先生の答案は採点されないじゃないか!?

つまりいくつかある争点の半分ぐらいについてしか、貴族院は控訴審の判断に同意しなかったというわけです。せっかく一所懸命になって考えたのに、残念ですね。裁判官だってそう思うのです。デニング卿は黙っていません。その後に続けてこう言っています。

貴族院は幸せなことに、試験もされなければ、自分の答案が人に採点されることもない。仮に採点されたら、点数は我々のそれを上回るとは思えない(太字筆者)。

Bremer v Mackprang [1979]

でもこんなことを他の国の裁判官は判決書に書き残すでしょうか?英国の裁判所って面白いですね。

 ちなみにこの判決の最後でデニング卿は、肝心の契約不履行の日付については:

損害賠償額は1973年7月11日の価格をもって算定する(と貴族院が決めた)。

Bremer v Mackprang [1979]

 とそっけなく言っています。

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