第38話 英文契約書を実際に書く―文章にする(3)
契約書の英文と普通の英作文をくらべると
前回に箇条書の契約書を文章にしてみたら、次のようになりました。まず売主に関する条文です。
The Seller shall deliver the Product.
The Seller shall deliver one (1) set of the Product.
The Seller shall deliver the Product no later than 30 March 2024.
太字にした部分が重複していますね。英作文という見地から見ると、何となく不経済に思えます。その通りです。きっとこんな風に書き換えたらどうかという意見が出てきそうです。
The Seller shall deliver one (1) set of the Product no later than 30 March 2024.
買主についても同じです。出来上がった条項は3文です。
The Buyer shall pay Japanese Yen Five million (JPY 5,000,000) CFR Kobe (Incoterms 2020).
The Buyer shall pay the price by TT remittance.
The Buyer shall pay the price within 10 days after the date of this Sales Contract.
‘Japanese Yen Five million (JPY 5,000,000) CFR Kobe (Incoterms 2020) ‘というのは ‘the price’ と同じだと考えれば、太字の部分が重複しています。そこで取りまとめるとこうなります。
The Buyer shall pay Japanese Yen Five million (JPY 5,000,000) CFR Kobe (Incoterms 2020) by TT remittance within 10 days after the date of this Sales Contract.
英文契約書の作文法
ではこれが英文契約書の書き方として正しい方法でしょうか。いずれもそんなに長い文章ではないので、理解に窮することもなく、問題があるとは言えません。
しかし、ここでちょっと立ち止まって考えてみたいことがあります。
1文の中に主語の数は1つ、主題は1つ
英文契約書を書くときに気を配るべきことがあります。それは1つの文章の中では、
① 主語は1つ
② 主題は1つ
にするということです。(☚これがポイント)
国際契約はどうしても長くなりがちです(第1話参照)。長いことが即ち悪だ、というわけでもないのですが、少なくとも ① 主語と ② 主題の原則は守ってほしいのです。このどちらか1つが破られていると、読みにくい文章になりますし、両方が守られていない文章は悪文です。なぜでしょう?
分かりやすい文章がよい文章
それは分かりにくいからです。契約書は最終的には紛争解決のための資料ですから、分かりやすいことが命です。当事者以外で、ときには法律に詳しくない人や、忙しい裁判官、仲裁人にも一読すればすぐに分かってもらえることが必要です。(☚これがポイント)
1つの主語
小説の文章なら許されるかもしれませんが、1文中に登場人物やことがらが複数あると、どうしても考えの流れが妨げられます。契約書では避けるべきです。
これを見てください。
すぐに意味が把握できましたか。この文章には主語が2つあります。
読む人は「売主は」という主語をまず頭に入れ、それからどう発展するのか考えて読み、動詞である「……保証し」までを把握して、頭におさめます。その後も引き続いて「売主は……」と続けば、思考の流れが妨げられることはありません。
ところがそこで、主語が「買主は」に変わると、その時点で「えっ!」と思って混乱するか、悪くすれば出発点に戻ってしまうのです。(☚これがポイント)
なお、1つの主語というのは、主語に当たる単語が1回だけ使われる、という意味ではありません。’the Seller’、’it’ などと、同じ主語が代名詞も含めて、2回、3回出てくるのは問題ありません。流れを妨げないからです。
1つの主題
もう1つ大事なことは、1つの文章の中で、異なる主題を持ち出すことは、これも思考の流れを妨げ、文章を分かりにくくするということです。
最初に売主に関する3項をまとめて、次のように1文にしましたが、実はこの中には、①引渡義務、②数量、③引き渡し時期 という3つの話題(つまり主題)があります。
The Seller shall deliver one (1) set of the Product no later than 30 March 2024.
この例ではそれぞれの内容が短いので、記憶が途切れることはないでしょうが、もしそれぞれの項目について修飾がついて、1行、2行にわたっていたとしたら、読みにくい文章になってしまいます。
このことは主語の数の原則が守られていても、言えることです。
少し長くなりましたが、契約英文を書くときのコツをお話ししました。