日本の契約書はそれほど長くはありません。それに対して、なぜ国際契約書は「長い」のでしょう。
私の経験をお話しします
イギリスにいたときにあるプロジェクトで、現地の弁護士と一緒に何通かの契約書を作りました。その中に、ペットボトルの原料を売る売買契約がありました。原料はベルギーの会社から買って、イタリアに持って行きます。
こういう契約をするときは、ほとんど世界中で、国際商業会議所が作った「インコタームズ」という条件書が使われます。例えばFOB(輸出国で商品を船に積んだら、売主の引き渡しに関する義務が終わる)とか、CIF(FOBに加えて、売主は買主のために、船会社との運送契約や、保険会社との保険契約もする)とかいった略称で知られる船積み条件があります。たった3文字ですむのです。インコタームズはいわば世界標準で、承認なら誰も疑いません。
ところがです、弁護士はインコタームズのルール・ブックを見ても納得せず、「自分で全部一から書く」といって聞かないのです。それほど、自分で書かないと安心しない癖がしみこんでいるのです。
国際契約書が日本の契約書と、異なる理由
日本では、わざわざ書かなくても分かることは書きません。一から全部書くなんて時間の無駄と考えます。また、もし何かあっても法律を見ればだいたいの答えは出そうです。(☚これがポイント)
しかし国際契約では:
☛ 業界が違う
☛ 文化が違う
☛ 常識が違う
☛ 言葉が違う
☛ 宗教が違う
☛ 法律が違う
と「違う」ことだらけです。
その結果、何にも頼らず上に紹介した弁護士のように、とにかく自分たちで決められることは、書いておかなければ気がすまないのです。
契約書に書くことについては、法律任せではなく「当事者自治」が原則なのです。(☚これがポイント)
たとえば「不可抗力」
というわけで、国際契約書には「万一、日が西から昇ったら」といったような(ちょっと大げさですが!)ことまで書いてあるのです。
このようなことを「不可抗力」と呼び、日本の契約書では「不可抗力のため契約の履行ができなくなったり、遅れたりしたときは、当事者は責任を負わない」という程度の短い条項を設けたり、ときには何も書かないこともあります。日本にはそのような趣旨の法原則があるので、それに頼ることができるからです。
ところが英国法にはそのような法原則がありません。「約束したことは約束したこと。雨が降っても槍が降ってもやるべきだ」と考えます。それでは困るので「不可抗力のために履行が出来なかったら免責される」というようなことを必ず契約書に書きます。
その時にもう1つ面白いことがあります。
狐や熊は動物ではない!
契約書に「犬、猫、及びその他の動物」と書いてあったとします。では「狐」や「熊」は「その他の動物」に入るでしょうか?
答は、英国法の契約解釈原則に従うと、入らないのです。「その他の動物」といったときには、その前にあげられた犬や猫のような「家庭愛玩動物」だけを指すというのです。また、「不可抗力、例えば……」といって具体例を並べたときも、その例の範疇に入るものに限定されてしまうのです。何でもかんでも不可抗力事由が対象になるのではないのです。
詳しくは別の機会にお話ししますが、大抵の契約書では、多くの例をあげると共に、「それだけではない」という趣旨の語句を加えておきます。
こんなに長い例示?
長い例をひとつあげておきましょう。こんなことだって世の中にはあるのだというだけで、こんな風に書かなくてはいけないとか、これがよいというわけではありません。