国際契約英文法ー言わなくてもよいこと(1)
「国際契約英文法」のシリーズでは、英文契約書を普通にいう文法という見地から考えるほか、文章を書く作法という視点からも見てみます。英文契約書ってなぜこう書くのだろうか、と筆者が思うことを取り上げて考えます
あってもなくても、差し支えのない語句
英文契約書には、しばしば念のために書くが、あってもなくてもよい語句というものがあります。
The Parties agree that the English version shall be valid and binding.
当事者は英語版が有効で、かつ拘束力を持つことに合意する。
英文契約書について、その他の言語による翻訳が作られた場合に、正本は英語版であることを確認した条項です。
‘The Parties agree that …(当事者は……ことに合意する)’ という部分を見てみましょう。英語の語順に忠実に(少し無理して)訳してみると、次のようになります。
「当事者は合意する、以下の通り……」
とても契約書っぽいですね。でもちょっと考えてみましょう。本当にこれを書かなければならないのでしょうか?
契約書は合意事項、約束事項を書いた書類である
こんな説があります!
契約書の最初の部分にはしばしば次のように書いてあります(この部分については、「基礎からわかる英文契約書」の第21話で詳しくお話をしました)。
ここには、契約書の以下の部分に書いてあることは、すべて当事者の合意事項である趣旨が明記されています。だから一つひとつの条項には、当事者は何をすべきかを書きさえすれば十分だ、というのです。
なかなか説得力のある話ですね。
この説に拠るかどうかは別として、確かに契約書は約束ごと、合意事項の集積ですから、個別の条項の中に ‘the parties agree that (当事者は以下の通り合意する)’ と書いたとしたら、「合意する」を繰り返していることになるのは、その通りです。(☚これがポイント)
なぜ「合意する」と書くのでしょうか?
しかしこのように書く実例は少なからず存在します。その理由のひとつは「あることについて(片方、または両方の)当事者に合意がある」ということを強調する、というところにあるようです。
味は同じだとしても「赤いリンゴ」より「本当に真っ赤なリンゴ」といった方が、おいしそうなのと似ているかもしれません。
たまには「ないという合意がある」ということを強調することもあります。
This Letter of Intent is not intended to be legally binding.
本趣意書は法的拘束力を持つことを意図したものではない……。
ちょっと寄り道ですが、‘Letter of Intent’ (日本語では「趣意書」「意向書」などと呼ばれます)とは契約交渉の途中で、取りあえずの到達点を書き留めておくために作成される簡単な書面で、特に明記しない限りは、法的な効力を期待したものではないことが「一般的」です。ところが不注意な書き方をすると、法的効力を持ってしまうことがあるのです(Pennzoil vs. Texaco という有名な事件が、1987年にアメリカにありました)。そこで慎重な法律家は時に上のように書くわけです。
それはそれとして、ここで注目してもらいたいのは、'intended to be' という部分です。「と意図されている」ということですが、考えてみれば意図されているのは、分かり切っているのではないでしょうか?試しにちょっとこの部分を削除してみましょう。
This Letter of Intent is not legally binding.
ご覧のとおり、当事者の意図は不足なく伝わります。つまり 'intended to be' は 'the parties agree that' と同じように、「合意がある」ということを強調しているのです。ですから書く「必要」はなさそうです。
強調するだけなら、なくてもよい
法的効果の観点からすれば、単に強調するだけの語句は、あってもなくても構いません。それどころか、「合意がある」ということを不用意に強調してしまうと、特に強調しない場合には別の意味があるのではないか、という疑問を引き起こすことにもなりかねません。
ほかの例も見てみましょう
お金を借りる契約書の中で、借主が言っていることです。
I undertake that I will carry out the following work to the Property … :
1. Replace few roof slates (house and garage) …
私は不動産について次の作業をすることを引き受けます:
1.屋根のスレートをいくつか交換する(家と車庫)……
これも今までの例と似ていますね。’undertake’ という言葉は「引き受ける」とも訳せますが、契約書の中では「約束する」という意味に使われます。契約書自体は当事者の約束を書き連ねたものですから、再度「約束します」という必要はないといってよいでしょう。
この他の例が「基礎からわかる英文契約書」シリーズの第25話にもありますので参照してください。
いつも不要なのですか?
では、このように契約事項の先頭に何か書いてあるときは、それはいつも不要なのかどうかは次回に考えてみましょう。