【 】夜空に穴があいた日
すき間ばかりの星空に
大きな穴があいたのは
誰かの家のカレーの匂いが
漂い始めた頃だった
穴の中は真っ黒で
星明かりを呑み込んで
誰の頭の真上とも思えるくらい
大きな大きな欠落になった
穴の奥は真っ暗で
何もない
何も見えない
何も聞こえない
見上げていたたくさんの
あんぐりと口をあけた人々の
一人が大きな声をあげた
「おーい」
声は
返ってこなかった
帰ってこなかった
音は暗闇に吸い込まれて
まっすぐ穴の中へ翔けていったものだから
いろんな人が
声をあげた
「おーい」
「おーい」
「つながっていますかー?」
「誰かいますかー?」
「あしたのてんきはー?」
「カヨコがすきだー!」
「会社なんて行きたくなーい!」
「どこに繋がってるんだー?」
「おーい」
「わたしもだいすきー!」
「実家に帰りたいー!」
「試験めんどくさいー!」
それぞれだった
皆
思い思いの言葉を飛ばして
穴の不思議さを面白がった
誰が何を言ってもいい
誰の言葉も気にしない
ただ好奇心に従順に
こどもも、大人も
しまいには犬やカラスも
皆が穴に話しかけた
ただ自分の思う言葉を
空に投げた
穴は
何も言わなかった
しだいに声は減っていき
そのうち誰も
穴を見上げることを
しなくなった
空が白んで
朝日が顔を見せた頃
夜空の穴は
ほぐれて消えた
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他人を気にせず
自分の言葉を
空よりも遠くへ。
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