ハイジの木靴
こどもの頃、毎週日曜午後7時半からのカルピスまんが劇場『アルプスの少女ハイジ』を楽しみにしていた。頑固なアルムおんじとか意地悪なロッテンマイヤーさんに目を見張りながら、ペーターのおばあさんが食べたがっていた白パンや、ハイジの履いていた木靴もやたら気になった。
学生時代に参加したインターナショナルサマープログラムで、同じクラスのスイス人の女性と知り合った。ハイジの話をしたら面白がって、「日本に帰る前に私の家に来たら?」と言ってくれた。ハイジの国をこの目で見るチャンス到来! すぐにディスカウント航空券を買いに走って確保したが、前半の日程は彼女は仕事で不在のため単独行動となった。それまでツアーに一人で参加することはあったものの、これが事実上、私の初めての一人旅になる。
観光地だから英語が通じると思って安心していたのだが、喉が渇いてドリンクを買う時、ドイツ語で値段を言われて焦った。当時は翻訳ソフトもなく、私は簡単な会話すら勉強していなかったのだ。今更ながら自分の無謀さに呆れつつ、ドリンク片手に川のほとりに腰を下ろした。
すると、どこからともなく日本語が聞こえてきた。それも大声で。
こんにちは〜! あいしてます!
向こう岸から笑顔で手を振る見知らぬ青年。その一言に、どれほど勇気づけられたことだろう。私も大声で「ありがとう!」と返して立ち上がった。ここまで来たからには、ハイジの故郷(は遠いので似た景色)を見ないわけにはいかないのだ。
写真はもう色褪せてしまったけれど、一人でクルーズ船から眺めたこれらの光景は、今でもしっかり目に焼きついている。
その後、長々と鉄道に揺られながら、向かい席のおじさんのドイツ語と身振り手振りで意思疎通を試みた。互いにさっぱりわからなくて残念だったけど、最後に握手を交わして別れた。最終目的地のバーゼルに到着した時には、もう暗くなっていた。
翌日、知人宅に移動し、さっそく市内を案内してもらった。
由緒ある街ゆえ見どころは沢山あったのに、私がハイジの木靴を買って帰りたいと言ったばっかりに、蚤の市を探してまわることに😅
なかなか見つからなくて諦めかけた時、蚤の市に出店している女性が「私、オランダで買った木靴なら家にあるけど、それでよければ譲ってあげようか?」と親切にも申し出てくれた。その彼女が自宅まで木靴を取りに帰っている間、私たちが店番をして、今も私の手元にあるのがこちら。
たしかにオランダの木靴だけど、私にとってはもうこれこそが、スイスの、ハイジの木靴になった。
【追記】