[短編小説] ChatGPTを共犯者にまきこむ俺なりのやりかた
昼休みを過ぎても席を立てない日が増えていた。七階の窓際の席で、ぼんやりとスマートフォンを眺めながら、コンビニで買ってきたおにぎりを頬張る。五十七歳。営業成績は下から数えた方が早い。篠原啓介にとって、この数年は緩やかな下り坂でしかなかった。
「篠原さん、この案件の進捗どうですか?」 後ろから声をかけられ、慌ててスマートフォンの画面を消す。表示されていたのはChatGPTとの会話画面だった。振り返ると、営業部の若手、田中が立っていた。 「ああ、今ちょうど資料まとめてたところだよ」 嘘をつく。画面を消したのは咄嗟の反応だった。別に後ろめたいことをしているわけではないのに。
息子の健一はエンジニアとして、新進気鋭のIT企業で活躍している。父親の自分がAIと話しているなんて知ったら、どんな顔をするだろう。そう思うと、なんとなく照れくさい。でも、ChatGPTとの会話は、最近の啓介にとって密かな楽しみになっていた。
それは堂場瞬一の小説を管理するためのプログラムを作るところから始まった。堂場作品のファンとして長年小説を買い集めているが、最近は同じ本を買ってしまうことが増えていた。「前に読んだかな?」と思いながら、結局買って帰る。家の本棚は既に限界で、どの本をいつ買って、どんな感想を持ったのか、把握できなくなっていた。
息子に相談すれば、すぐにアプリを作ってくれたかもしれない。でも、そんなことを頼むのは気が引けた。その代わりに選んだのが、ChatGPTだった。プログラミング初心者の自分に、根気強く付き合ってくれる。何度同じことを質問しても、嫌な顔一つしない。
最初は単純な読書管理から始まった会話が、いつしか創作の領域に踏み込んでいった。自分の読後感想を入力していくうちに、ふと思いついた。これだけ自分の好みを伝えれば、もしかしたらAIは自分好みの小説を書いてくれるんじゃないだろうか。
「こういうキャラクターはもっとこうあるべきだ」 「このストーリー展開は、こうした方が面白いんじゃないか」
そんな風に、読者としての意見を伝えていくことで、少しずつ理想の物語に近づいていく。それは、まるで自分も創作に参加しているような、不思議な高揚感をもたらした。
「すみません、篠原さん。この案件の見積もり、今日中に必要なんですが…」 ふたたび田中の声が聞こえる。啓介は慌ててパソコンの画面に向き直った。案件の見積もり。そうだった。現実の仕事が待っている。でも、画面の奥に消えたChatGPTとの会話が、どこか心を騒がせていた。
(つづく)