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霊水の導き

第1章:美術品対策室タスク警部の事件簿

雨の匂いが漂い始めた十月の夕暮れ、警視庁組織犯罪対策第三課美術品対策室のタスク警部は、いつものように帰路の寺の地蔵に水をかけていた。長い鼻から放たれる水は、まるで天からの恵みのように地蔵の頭上にやさしく降り注ぐ。

「タスクさん、今日も欠かさないねぇ」
寺の住職が声をかけた。タスク警部は大きな耳をゆっくりと揺らし、微笑みを浮かべる。
「些細な積み重ねが、いつか道を照らすのです」

その夜、携帯が鳴った。私立帝都美術館で特別展示中の円山応挙「雪松図屏風」が消失したという。警部は耳をピンと立て、現場に向かった。

現場に着くと、所轄の山田署長が待っていた。
「タスク警部、すまんが頼む。美術品対策室の出番だ」

警部は鼻を低くたらし、展示室の床を這うように嗅ぎ回った。
「線香の香り...それに古い膠の匂いがします」
「膠?」と山田署長。
「日本画の修復に使う接着剤です。かなり目の肥えた犯人かもしれません」

捜査は思わぬ方向へ進む。防犯カメラには、閉館後に清掃員として入館した人物の姿があった。しかし、その清掃員は実在の従業員と完全に一致。アリバイも確実だった。

「完璧な変装ですね」
若手刑事の発言に、警部は首を振る。
「いいや、もっと巧妙だ。清掃員になりすました犯人がいるのではない。清掃員を演じる必要すらなかったのです」

捜査二日目、新たな事実が判明する。展示品の搬入時、美術館の裏口で作業員同士の小さな接触事故があった。しかしその記録が防犯カメラから消えていた。

「内部の協力者がいるということですか?」と山田署長。
警部は黙って目を閉じる。大きな耳が、微かな振動を感じ取っていた。

「搬入時の事故。あれは仕組まれたものです」
「なぜわかる?」
「防犯カメラの真下で起きた事故。不自然です。カメラの死角を知るための...」

その夜、警部は美術館の警備室に潜んでいた。すると深夜、制服姿の警備員が入ってきた。が、その足音は昼間聞いた物と違う。警部はゆっくりと立ち上がった。

「まさか、あなたが...」

翌朝の取調室。机に座っていたのは、美術館の警備システム管理責任者・城田だった。

「わしは嘘が大嫌いでねぇ」
静かな声が、部屋に満ちる。
「嘘をつく者の前では、このように...」
警部は長い鼻を持ち上げ、天を指す。まるで偶然のように、外で雷が鳴り、稲光が窓を照らす。

城田は震え始めた。しかし、これは事件の入り口に過ぎなかった。

城田の自白により、裏で糸を引く古美術商・志村の存在が浮上。だが、強制捜査に入った志村の店からは証拠は見つからない。絵の行方は依然として闇の中だった。

そんな中、警部の鋭い嗅覚が新たな手がかりを嗅ぎ当てる。店内に漂う線香の香り。それは防空壕を改造した地下美術倉庫へと警部を導いた。

「なぜ気付いた?」逮捕された志村が問う。
「地蔵様に毎日水をかけていればこそ。線香の香りは、新しいものと古いもの、区別がつくようになる」
警部は静かに答えた。

後日の取り調べで、志村は限定的な証言を始めた。偽物の屏風と入れ替える手筈。防犯カメラの改ざん。保険金詐欺の計画。しかし、それらはあまりにも出来の良い完璧な計画だった。こんな周到な準備が、一古美術商にできるものだろうか。

「志村さん」
取調室で、タスク警部は静かに切り出した。
「あなたは、誰かの指示を受けていたのではありませんか」

志村の表情が強張る。かすかな震えが、その指先に走った。

「私にはこれ以上話すことは...」
その時、志村の腕に警部の目が留まった。着物の袖から覗く、かすかな入れ墨。見覚えのある文様だった。

「命が惜しければ、これ以上は話すな、と脅されているのですね」
警部の声に、志村は青ざめた。

「タスク警部」
志村は声を潜めた。
「私は、ただの使い走りです。指示された通りに動いただけ。それ以上のことは...」
言葉を濁す志村の瞳に、恐怖の色が宿っていた。

調書には、美術品の窃盗と保険金詐欺未遂の容疑しか記載されなかった。が、タスク警部の大きな耳には、より深い闇の足音が聞こえていた。

その夜、警部は例のごとく地蔵に水をかけていた。
「嘘は罪。されど、命を脅かされての沈黙は、また別の真実を語る」
警部は静かに鼻を上げ、祝福の雫を振りまいながら、志村の入れ墨の文様を思い返していた。

「タスクさーん!」
物思いに沈む警部に、子供たちが駆け寄ってきた。
「今日は水遊びして!」

警部は穏やかに微笑んで応えながら、心の中で誓っていた。子供たちの笑顔を守るため、この街の深い闇を、必ずや照らし出さねばならない。

その夜、警視庁のデスクで、警部は古い資料を広げていた。十年前の美術品窃盗事件。未解決のまま迷宮入りとなった連続事件の記録。そこに記された目撃証言。入れ墨の文様。すべてが、何かより大きなものを指し示していた。

外は雨が降り始めていた。
警部は大きな耳を澄ませる。
雨音の向こうで、新たな事件の予感が、確かに、蠢いていた。

<続く>


いかがでしたでしょうか?
以前から、絵本よりも少し長い短編を作ってみたいと思っていて、AIに相談しながら作ってみました。
いろいろな謎が残ったままなので続編を作ってみたいと思います。

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