赤ちゃん絵本のヒミツ
今回のテーマは、「赤ちゃん絵本」。近年は、赤ちゃん絵本に進出する出版社が増えており、ヒット作と呼ばれるものも数多く刊行されています。ロングセラーが中心とされてきた赤ちゃん絵本の世界。その変化と造本にはどんなヒミツがあるのでしょうか。
1.赤ちゃん絵本のはじまり
日本で赤ちゃん絵本が登場したのは、半世紀前の1960年代のこと。この頃は、絵本の表現方法や芸術性などが大きく進化した時期ともされています。ちょうど高度経済成長期にあたり、生活の中に絵本を採り入れる余裕が出来てきた時期であったも、その成長を後押ししたのかもしれませんね。
いないいないばあ(童心社 1967年)
文:松谷みよ子 絵:瀬川康男
定価:本体700円+税
赤ちゃん絵本の第一号とされるのが、累計700万部に迫る驚異的なロングセラー絵本『いないいないばあ』です。隠れているお顔がパァっと現れる楽しさを、ページをめくる行為に置き換えていて、本ならではの特徴を活かした作品です。
2.赤ちゃん絵本の大きさ
さて、赤ちゃん絵本を造本の視点から解剖してみましょう。今回はブックスタートの選書(2018-2020)30冊をサンプルとしています。
ブックスタートについては、こちらをご参照ください。
まず、赤ちゃん絵本の大きさを見てみましょう。
一般的に本の製造現場では、表紙ではなく本文の縦横の寸法で本の大きさを表します。サンプル30冊の本文を計測してみてまず驚いたのが、縦横同寸の正方形が多いこと。12冊もありました。最も多かったのが174㎜です。170㎜から180㎜位の寸法は、0歳児の視界の広さや赤ちゃんが手に取って両手に収まるサイズとも言われ、定番の寸法となっているようです。
ディック・ブルーナさんの場合は、約160㎜の正方形を基本形とし、ページ数は赤ちゃんが集中できる時間を考慮した12場面をベースとしたと言われます。そして、登場するキャラクターの多くは、しっかりと前を向いていて、赤ちゃんと向き合って一緒に遊んでいるよう描かれているのは、良く知られていますね。これは先に紹介した『いないいないばあ』も同様です。長年愛される作品には、やはりヒミツがあるものですね。
もこもこもこ(文研出版 1977年)
作:谷川俊太郎 絵:元永定正
定価:本体1,300円+税
ブックスタートの選書の中で一番大きなサイズの作品は『もこもこもこ』。283㎜×224㎜で、他の作品と比べ断然大きな作品です。この作品は、もともと赤ちゃん絵本として制作された訳ではなかったそうで、発刊後に赤ちゃんがとても喜ぶ本、と保育士さんの間で評判が広まり、自然と赤ちゃん絵本の定番商品となったとか。現在も発行元のWebサイトでは「幼児から」と紹介されています。
3.赤ちゃん絵本の耐久性
赤ちゃん絵本に限らず多くの絵本は、何度も読むことや、本の扱い方に慣れていない子どもたちが手にすることを前提に設計されています。中でも重視されているのが、耐久性です。ブックスタートの30冊でも、ほとんどの作品が糊だけでなく糸も使って綴じており、高い強度を持たせています。
絵本には、ボードブック(合紙絵本ともいいます)という仕様もありますが、30冊の中ではわずか3冊でした。ボードブックは、ボール紙を使用して堅牢性を重視した仕様となっており、指先が未発達で「めくる」という行為がまだ難しい乳児でも扱いやすいのが特徴です。ブックスタートは、本との初めての出会いや月齢の浅い赤ちゃんと本を一緒に楽しむ時間を推奨した選書となっているため、必ずしもボードブックである必要はないのかもしれませんね。
赤ちゃん絵本セット(戸田デザイン研究所 1992年)
作・絵:とだこうしろう
定価:本体1,800円+税
赤ちゃん絵本の中には、とても小さな作品もあります。4冊のボードブックがパチンとまとまるのが可愛らしい『赤ちゃん絵本セット』は、それぞれの絵本の大きさが縦横共に100㎜しかありません。まるで絵本の赤ちゃんのようですね。
ボードブックの多くは、専用の機械で製造しています。本を綴じる製本機には幾つかの種類がありますが、ボードブックは本文の裏面の紙面全体を糊で貼り合わせる特殊な構造となっているため専用機が必要なんです。この機械は、日本にはたった数台しかないと言われています。
4.赤ちゃん絵本の色
近年は、「sassyの絵本シリーズ」や柏原晃夫さんの「いっしょにあそぼ」シリーズ」など、赤ちゃんの発達心理学に基づいた作品をよく目にするようになりました。
あかあかくろくろ(学研プラス 2010年)
作・絵:柏原晃夫(かっしー)
定価:本体880円+税
生まれたばかりの赤ちゃんは、聴覚が先に発達しその後に視覚が発達していくと言われています。まず白と黒、そして次第に赤色が認識できるようになり、またはっきりとした色差があった方が認識しやすいということが分かってきており、これらに基づいた作品が数々発表されるようになりました。その代表ともいえるのが、『あかあかくろくろ』です。赤ちゃんの認識できる色を採用し、はっきりとしたコントラストで描かれていますね。
印刷は、通常プロセスカラーと呼ばれる4色の掛け合わせで色調を表現しますが、あらかじめ使用する色を決め、特色とよばれるインキを採用して印刷する絵本もあります。絵の輪郭をはっきりと見せたり、べったりとペンキを塗ったように色付けする効果があるためです。じっと絵を見つめて特色で印刷された作品を探してみるのも楽しいのですが、それは私だけかしら。
5.進化し続づける赤ちゃん絵本
ころりん・ぱ!(ほるぷ出 2017年)
作:ひらぎみつえ
定価:本体850円+税
そして、2017年に刊行されて大ヒットとなったのが、『ころりん・ぱ!』。鮮やかな色使いだけでなく、動く仕掛けが施されているのが特徴です。口コミで広がり、発行からわずか2年余りで累計発行部数は20万部を達成する人気ぶり。このような作品も赤ちゃん絵本の市場に刺激を与えているんですね。
その他にも本の角を丸く加工したり、蛍光剤を使用していない紙や植物由来のインキを採用するなど、赤ちゃん絵本にはさまざまな工夫がされているケースもあります。新しい技術や研究が次々に反映されているなんて、絵本って本当に面白い!
いかがでしたか?
赤ちゃん絵本というと、赤ちゃんだけが楽しむようなイメージもありますが、赤ちゃんから大人までが楽しめるのが赤ちゃん絵本。つまり年齢制限がない本が、赤ちゃん絵本なんです。ロングセラーの作品にも新しい作品にも、いろいろな発見があると思いますので、ぜひ楽しんでみてください。
ご案内は…
矢阪亜希子
印刷業界初!の絵本専門士(第5期)/JPIC読書アドバイザー(第25期)。絵本まるごと研究会や地域の読書支援ボランティアなどを通じて、造本の視点から見た絵本の魅力を伝えていきます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?