暗愚なる一家/20首連作

墓守の兄に毎日花を届けるのが弟の仕事である。

姉が魚を食して吐く黒い鱗は妹の手により焼かれる

兄のスプーンはもっぱら花の頭をぶつために保持されている。

林檎をつかむ妹の手が煤まみれであると、あなたは気がつく

海に面した中庭で犬はトリュフをむさぼって腹いっぱい

表通りではピンクの鼠らがビンゴゲームに興じてるらし

犬はたまに兄から鋏で切った小さな花を土産にもらう

父の作るお菓子はきょうだいたちのかわいい靴下へとしまわれる

妹はアップルティーを飲み黄色のスカーフを手首に巻きつけ

母は川辺に腰かけ鳥をスケッチし山の水彩画を描く

その犬を産んだのはオルゴールの音色に泣くあるいきものだった

林檎の入った鞄。弟はそれをときに靴置き場にす

ある年に猫が生まれ父のお菓子には手のひらが加わりいった

猫が姉の魚を横取るために妹はたっぷりお茶を飲む

黄色のスカーフを盗んだ兄は手紙で「あさってかえす」とよこしたきり

母につき従う犬は川に遊び青い山のひとひらとなる

真紅の椅子に腰かけた犬へ弟はねんごろに「どけ」と告げけり

家が極めて丸いことを弟はかねてから奇矯と思いし

姉は母が雨に濡れた靴を本でぬぐうことを嫌っている

戻った黄色いスカーフ。黒い虫が渦を巻き、妹は狂う。

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門  #短歌


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?