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「知らない」ことが力を発揮することもある

息子の成長に伴い、今の僕の境遇が不思議に感じられるようになった。目の前で満面の笑みではしゃぐを息子を見て、「僕はどうやってこの状況を作ってきたのだろう?」と疑問に思う。

3年前、転職して病気してすぐに退職。その後、妻と交際して4か月後に結婚した。

冷静に考えると、よくそんな行動を起こせたなと、当時の自分に理由を尋ねたくなる。どこからその力が湧いてきたのだろう?

まだ妻と交際する前、密かな恋心を抱いていた時、僕は妻と付き合って結婚する未来が来ることは一ミリも疑っていなかった。迷いなく、こんなことを書いていた。

おかしな言い方だけど、まるで未来を見知っているようかの感覚だった。

なんで迷いがなく、理想の未来に向けて行動できたのかを自分なりに突き詰めていくと、僕が「妻と交際、結婚するにあたり、余計な情報を頭に入れていなかった」、もっと言えば、「交際、結婚について必要な情報を知らなかった」からではないかと思うに至った。

今は知らないことがあっても検索すれば何でも知ることができる。書籍や雑誌で欲しい情報が手に入る。知ろうと思えば、何でも知れる便利な状況にある。

しかし、情報を入れすぎるとうまく処理できず、消化不良を起こしてしまうこともある。知ることによって恐怖や迷いが生じ、まだ見ぬ未来をネガティブに考えて行動を抑制してしまうかもしれない。

僕が妻と交際して4か月で結婚するという行動に出たのは、一般的に言われる結婚の手順を知らなかったからだろう。結婚のためどれくらいの交際期間が必要なのか、プロポーズのタイミングや場所、両家顔合わせはどうするか、結納など、すべての項目について適切な答えを知らなかった。両家顔合わせをしたのは、入籍から1年以上が経ち、かつ妻が息子を妊娠中の時だった。

僕は妻と付き合うまで、結婚を意識したことがなかった。自分には一生無縁なものだと思っていた。ましては、ゼクシイなど手に取ったこともない。

交際期間がどうとか、両家顔合わせがどうとか、そんなことは僕にとってどうでもよくて、ただ、妻と結婚したいからその通り動いただけだったのだ。

無知の強さというか、向こう見ずというか、これを決して人に勧めるものではないのだけど、「知らない」ことが力になることはある。僕はそう思う。


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