(基本的な話)発信者情報開示命令申立てを検討する場合のメモ②
※令和5年4月29日改稿
※令和5年8月23日追記
新法が令和4年10月に施行され約7か月が経過する。
開示命令制度によって、今まで発信者情報開示請求訴訟によって行っていた作業がだいぶ短縮されたため、投稿者の特定までの日数がかなり短くなった例も多い。
もっとも、代理人目線では、正直なところ業務負担はあまり軽減されておらず(作業量は従前と変わらず、回転量だけが上がっているというのが率直な感想である)、インターネットの誹謗中傷案件の処理が劇的にやりやすくなった…というわけでもない。
新法が施行された主なメリットとしては以下が挙げられる。
①Twitter(X)、Google(YouTube動画・コメントやGoogle口コミ)に対する電話番号開示請求が開示命令1本で行ける。
元々、これらの会社が日本で外国会社としての登記を行ったということもあり、電話番号開示請求訴訟は起こしやすくなっていたのだが、開示命令1本で行けるようになり、電話番号ルートが格段にやりやすくなった。
特に、Twitterに関しては、いきなり電話番号の開示命令を申し立てられることは圧倒的なメリットである(Twitterは接続先IPアドレスを記録していないという問題があって、IPアドレスルートでの特定率は体感5割以下であった)。
アカウントの電話番号は、IPアドレスと異なりログ保存期間にそこまで厳密に縛られないため、時間的余裕もあるのがよいところである。
※なお、相手方が対象とするアカウントの電話番号を保有しているか否かは、原則として申し立ててみなければわからない。開示命令の申立てでは、電話番号・メールアドレス・IPアドレスの開示をまとめて申し立てることができるので、ひとまず全ての申立てを行っておくのがセオリーとなるだろう(後述のTwitterを除く)。
②管轄が東京か大阪で取れる(改正法10条3項)。
サイトによっては、投稿時IPアドレスを交渉で出してくれるところがある。この場合、一段階目は裁判外交渉を行い、二段階目の手続から開示命令制度を用いることになるのだが(そもそも、2段階目から使えるというのがこの開示命令制度の大きなメリットである)、プロバイダが地方所在の場合(よくあるのがケーブルテレビ会社)、今まではその管轄の地方裁判所に訴訟提起をする必要があった。
開示命令は条文上、
1 東京・名古屋・仙台・札幌高裁管轄→東京地裁
2 大阪・広島・福岡・高松高裁管轄→大阪地裁
に申し立てられる。
東京はteamsでのweb会議ができるので(大阪はまだ申し立てていないので不明)、便利度があがった。
一方、新法施行後に感じるデメリットは以下である(法律のせいではない部分が多いが…)。
①Twitter社の対応の悪化
令和4年12月頃までは、Twitter社に対して開示命令の申立てを行い、電話番号・メールアドレス・IPアドレスの開示決定が得られた場合は、決定から数日~一週間程度でこれらの情報の開示が得られていた(なお、当時でもTwitter社側の代理人弁護士は一人で1日10件近くの期日に対応するなどしていたようで、代理人側の努力に助けられていた部分は大きい)。
しかしその後、Twitter社の対応が劇的に遅くなり、令和5年4月現在では、
①Twitter社に対する開示決定を得る
②開示決定から1ヶ月が経過し決定が確定したタイミング(改正法10条1項、同条5項)で、民事9部に対して執行文付与と送達証明書の申請を行う
③民事21部(執行センター)に間接強制の申立てを行う
④2~3週間程度経過すると、間接強制の決定が出される(※Twitter社は、間接強制の相手方となった場合、意見書の提出を無視する)
⑤間接強制の決定後、5日以内にTwitter社からメールで開示
という過程を経なければならない有り様となっている。
【令和5年8月追記】
現在、Xの情報保有の確認にかなりの時間がかかっている。少なくとも、初回期日までに保有確認が終わるような事例はほとんどなく、X側の情報保有確認のためだけに、期日が2度、3度、4度・・・と繰り返されることも稀ではない。
そのため、「①Twitter社に対する開示決定を得る」までが、最低でも2か月程度かかってしまう事例が多数存在している。
申立人代理人弁護士としては、Xの対応によって手続が著しく遅延することを避けるため、たとえば、「Xへの送達から2か月経っているにもかかわらず情報保有の確認が終わっていない場合には、Xが情報を保有している前提で手続を進めるべきである」旨を裁判官に上申する、などの対応を行うべきである。
【追記終わり】
ちなみに、本年2月頃の決定でも間接強制を行わなくても開示がなされることがあったり、一方で未だに1月末の決定の開示がなされていなかったりと、およそ開示の予測が立たないのが現状である。
以上のようなTwitter側の対応から、Twitterに対して開示命令によってIPアドレスの開示を求めるのは現状無意味になっており、IPアドレスの開示は仮処分によって行わざるを得ない。
※仮処分であれば、決定を受領した当日から保全執行として間接強制が可能なため(むしろ、決定受領から2週間を経過すると間接強制ができない点に注意が必要である)、1ヶ月の短縮となる。
②提供命令を実施する案件の(コミュニケーション)難易度が高い
国内の掲示板(雑談たぬき、ホスラブ、ママスタ)や提供命令に対応する外国法人(Google、Meta)など、提供命令が機能する相手方の場合、代理人が積極的に動かないと案件が放置される可能性がある。
提供命令では、
①提供命令が裁判所から発出されたら、下位プロバイダの名称+住所を申立人代理人に提供する
②申立人代理人は下位プロバイダに対する申立書を起案して申立てを行う
③申立人代理人が、下位プロバイダに開示命令を申し立てた事実を第1事件の相手方に通知する(第1事件の代理人にメールをしたり、お問い合わせフォームから連絡したり、申し立てた事実のお手紙を送ったり、第1事件の相手方によって工夫する必要がある。)
という作業が求められる。
しかし、申立人代理人は③を忘れがち+プロバイダによってはプロバイダ側代理人が提供命令に慣れていないことがある、などの理由から、どこかで手続が停滞する危険があったりする。提供命令が発令された事案では、時々裁判所や相手方に進捗を尋ねる意識が必要である。
【令和5年8月追記】
Twitterの申立てが大量に行われており、Twitter側の事務処理が間に合っていない状況はまったく改善されておらず、むしろ悪化していると言わざるを得ない。そのため、
IPアドレスの開示については仮処分
電話番号・メールアドレスの開示については開示命令
というダブルの申立てを行うのが望ましいのは、令和5年8月時点でも変わっていない。
もっとも、近時の変更点として、今まではTwitter本社が発信者情報の開示を行っていたのに対し、令和5年7月頃から、Twitterの代理人弁護士から、パスワード付きのwordファイルで発信者情報が開示されるようになった。
上記に伴う変更点は以下のとおりである。
①グローバルIPアドレスではなくローカルIPアドレスが開示されてしまうという問題点があったが、代理人のスクリーニングが入るようになったため、その問題が生じなくなった。
②Twitterの代理人弁護士は早期に対応を行うため、必ずしも間接強制まで行かずとも開示がなされる事案が増えた(もっとも、早期に開示されることが保証されているわけではないため、発信者情報開示を受任する段階では、依頼者から間接強制用の委任状は取り付けておくべきだろう。)。
なお、昨年10月の新法施行後の別の問題点として、IPアドレスが1つしか開示されなくなったという点があるが、上記との関係で1点未解決の疑問がある。
それは、
【Twitterアカウントが削除されてしまい相当期間の経過がすると、Twitterは発信者情報を保有していないと答弁してくるが、IPアドレスからは技術上の理由から特定できなかったために別投稿を対象に2度目の申立てを行った事案であれば、1度目の開示での情報保有確認の後にアカウントが削除されたとしても、Twitterは一度過去に代理人弁護士へIPアドレスを渡しているはずであり、発信者情報を(代理人弁護士に送付したメール内に)保有していることになるのではないか】
という疑問である。
※なお、上記はニッチすぎる疑問であって、そもそもこの状況に陥る申立人代理人がどの程度いるのか、という話はあるのだが・・・。
上記の点について、何らかの追加情報があれば、また追記を行いたい。