イーサン・ホークが教えてくれたこと
「花がふってくるとおもう
花がふってくるとおもう
このてのひらにうけとめようとおもう」
と娘が口ずさんだのは、娘が学校に行かなくなってから2ヶ月ほど経ったときのことだった。
小学1年生になって、私もやっと自分の仕事を再開しようと意気込んでいた矢先だったから、校舎が見えた途端、泣きじゃくって一歩も動けなくなる娘の手を握って、私も途方に暮れていた。
本人曰く「不安でいっぱいになってしまった」とのことだった。
その心を守ってあげたかったけれど、出口の見えないトンネルは進めば進むほど、細く暗くなっていくようで、毎朝、連絡アプリに「欠席」ボタンを押すたびに、私の心もどんどん追い詰められた。
そんな時に、娘がさらさらと口ずさんだのが、この詩だった。
重く暗くなっていたトンネルの中に、その詩は、不思議なほど軽い足取りで入ってきた。
「なんて美しいんだろう」
と素直に思った。
「きれいな詩だねぇ!」
と私が言うと、
「うん」
と嬉しそうにしていた。
娘は学校には行けなかったが、放課後に行っていた民間の学童には行ける日があって、そこで習ってきたのだという。
八木重吉という詩人が書いた詩の一編だった。
この詩を口ずさむ娘を見て、なぜか心がふっと軽くなった。
何も解決はしていなかったけれど、
「この子はきっと大丈夫」と思えたのだ。
そして、私も一緒にこの詩を口ずさむようになった。
何かのおまじないのように。
それから何ヶ月かして、娘は、再び学校に通うようになった。
この詩のことはそのまま忘れていたのだが、
つい最近イーサン・ホークがTED Talkで語っているビデオを見て、ハッとした。
イーサン・ホークと言えば、私の中では、「今を生きる」での瑞々しい10代の子役、そして「リアリティ・バイツ」「ビフォア・サンライズ」での母性本能をくすぐるやんちゃな青年、その後あまり見かけなくなったなぁと思いきや、数年後、見事に素敵なイケおじとなってスクリーンに現れた(私の勝手な解釈です。大好きな俳優です)。
このTED Talkのイーサンの語りは素晴らしいので、ぜひ最後まで見て頂きたいのだが、私が特に好きな箇所をここに書いておきたい。(1分55秒辺りから。日本語の字幕で見れます)
『人間の創造力は重要なものでしょうか?
ふむ・・大抵の人は詩のことばかり考えていられるわけじゃない。自分の生活があるし、そもそもそんなに関心がない。アレン・ギンズバーグの詩だろうと、誰の詩だろうとね。
でも、父親が亡くなって葬式に行ったり、自分の子供を亡くしたり、「もう愛してない」と言われて失恋したりして、突然、必死に人生の意味を理解したいと考えるようになるんです。「こんなに嫌な気持ちを味わった人はいるんだろうか?暗闇からどう脱出したんだろう?」
逆の場合もあります。素敵な出会いがあって、心臓が爆発しそうだとか。好きすぎて、クラクラしてまともに考えられないくらいだとか。「この感じを経験した人はいるのか?一体自分に何が起きてるんだろう?」
こんな時、アートは、贅沢品ではなくて必需品になります。欠かせないものになるんです。』
これを聞いて、私はなぜ、娘の口から詩が流れてきた時、心が軽くなったのか分かった気がした。
論理的な言葉では辿り着けない、心の深いところに詩が入り込んで、暗闇に明かりを灯してくれたのだった。