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意思決定の行動経済学:その判断、正しいですか?

こんにちは、広瀬です。

現代社会においては、私たちは何かを決める時、どのように判断を下しているでしょうか?

自らの思いで判断する場合、親しい人から進められて判断する場合、また会社のプロジェクトなどで物事を決定する場合など、様々な場面で判断を迫られます。

今日は朝から雨が降りそうです。あなたは傘を持って出かけますか?それとも、降らないと信じて、そのまま出かけますか?これは、私たちが日常的に行っている「判断」の一例です。

ところで、その「判断」は正しい判断と言えますか? 何を以って「正しい判断」と判断しているでしょうか?

今回は、この「判断」について、人間の行動を心理学や社会学などの知見を交えて分析する「行動経済学」という学問分野の視点から解説を行います。

具体的には、Harvard Business Reviewに掲載された「The Big Idea: Before You Make That Big Decision…(画期的なアイデア:重大な決断を下す前に…)」を参考に解説を進めていきます。この論文は、行動経済学の大家であるダニエル・カーネマン教授を筆頭に、ダン・ロバロ氏とオリヴィエ・シボニー氏によって執筆されたものです。

カーネマン教授は、2002年にノーベル経済学賞を受賞した、プリンストン大学の心理学者であり行動経済学者です。2011年に出版された著書「Thinking, Fast and Slow(邦題:ファスト&スロー)」の中で、人間の思考プロセスを「システム1」(直感的で速い思考)と「システム2」(論理的で遅い思考)の二つに分け、それぞれの特性を解説しています。

行動経済学では、従来の経済学のように人間を常に合理的な存在と仮定するのではなく、実際の人間が持つ心理的なバイアスや、感情、直感といった要素がどのように意思決定に影響を与えるのかを研究しています。例えば、人は「限定品」や「希少品」という言葉に弱いといった心理的な傾向があります。

今回は「判断」という観点から行動経済学を引き合いに出していますが、行動経済学の中でも特に重要な理論の一つである「プロスペクト理論」は、今回の解説文全体を支える重要な理論的基盤となっています。プロスペクト理論では、人は利益よりも損失を過度に重視する傾向があり、これを「損失回避」と呼びます。プロスペクト理論を含む行動経済学には、ナッジ理論やゲーム理論、ピークエンドの法則やバンドワゴン効果など、他にも普段の生活に役立つ様々な理論や法則があります。これらの理論や法則については、また別の機会に解説できればと思います。

なお、行動経済学の考えは企業経営者や企業リーダーが日々下す判断のみならず、日常生活のあらゆる場面で活用できる考え方なので、是非、皆さんもこの解説文を読み進めて頂き、日々の「判断」の場面で活用していただければと思います。

目からウロコのような行動経済学の世界に一歩足を踏み入れて、今の生活に役立ててください。

「その判断、正しいですか?」がキーワードです!




1. 意思決定のチェックリスト

私たちは日々、大小様々な意思決定を行っています。朝食は何を食べるか、どの服を着ていくかといった些細なものから、転職するかどうか、結婚するかどうかといった人生を左右するような重大なものまで、その種類は多岐に渡ります。

重要な意思決定を行う際には、様々な情報を収集し、多角的な視点から検討することが重要です。しかし、人間は感情や経験、先入観などの影響を受けやすく、客観的な判断を下すことは容易ではありません。

このような意思決定を行う際に参考になる考え方に、「行動経済学」があります。行動経済学は、心理学や社会学などの知見を経済学に導入し、人間の行動をより現実的に分析する学問分野です。伝統的な経済学では、人間は常に合理的な行動をとると仮定していますが、行動経済学では、人間の非合理的な行動や心理的なバイアスに注目します。

行動経済学の考えに沿って作られた「意思決定チェックリスト」は、私たちが陥りがちな思考の罠を回避し、より良い意思決定を行うための強力なツールとなります。

1.1 チェックリストを使うことのメリット

  • 多角的な視点
    チェックリストの質問に答えることで、様々な角度から問題を検討することができます。

  • 見落とし防止
    チェックリストを使うことで、重要な要素を見落とすリスクを減らすことができます。

  • 客観性向上
    感情や直感に左右されず、客観的な判断を下すことができます。

  • 議論の促進
    チェックリストをチームで共有することで、活発な議論を促し、より良い意思決定につなげることができます。

  • 意思決定プロセスの改善
    チェックリストを用いることで、意思決定プロセスを可視化し、改善点を特定することができます。

1.2 チェックリストが効果的な意思決定の種類

チェックリストは、すべての意思決定に有効なわけではありません。特に、以下の条件を満たす意思決定に効果的です。

  • 重要度が高い
    意思決定の結果が、組織や個人に大きな影響を与える。

  • 繰り返し発生する
    類似した意思決定が、何度も行われる。

  • 複数の人が関わる
    チームで協力して意思決定を行う。

1.3 チェックリストを使用する際の注意点

  • 形式的にチェックしない
    チェックリストの項目を機械的に確認するのではなく、それぞれの質問の意図を理解し、真剣に検討することが重要です。

  • 状況に合わせて修正する
    チェックリストはあくまでも参考です。状況に応じて、項目を追加したり、削除したりするなど、柔軟に修正する必要があります。

  • 議論のツールとして活用する
    チェックリストをチームで共有し、活発な議論を促すことで、より効果的に活用することができます。

意思決定のチェックリストを活用することで、私たちはより合理的で、より質の高い意思決定を行うことができるようになります。

次の章では、行動経済学の観点から、人間の意思決定におけるバイアスについて詳しく解説していきます。


2. 意思決定の行動経済学

人間の行動は、常に合理的であるとは限りません。私たちは、感情や経験、周りの環境などに影響され、非合理的な判断を下してしまうことがあります。このような人間の行動を、心理学や社会学などの知見を交えて分析するのが、行動経済学です。

行動経済学では、人間の意思決定における様々なバイアス(認知の偏り)が研究されています。これらのバイアスを理解することは、私たちがより良い意思決定を行う上で非常に重要です。

2.1 システム1とシステム2

人間の思考プロセスは、大きく2つに分けられます。

  • システム1
    直感的で速い思考。無意識に働き、瞬時に判断を下します。

  • システム2
    論理的で遅い思考。意識的に働き、じっくりと分析や推論を行います。

https://diamond.jp/articles/-/308738 より抜粋

例えば、道を歩いているときに、目の前にボールが飛び出してきたとします。このとき、私たちは瞬時に危険を察知し、避ける行動をとります。これはシステム1が働いている例です。

一方、複雑な計算問題を解いたり、論文を書いたりするときは、システム2が働いています。

システム1は、日常生活の多くの場面で役立ちますが、常に正しい判断を下すとは限りません。バイアスの影響を受けやすく、誤った判断に繋がる可能性もあります。

2.2 様々なバイアス

行動経済学では、様々なバイアスが定義されています。ここでは、代表的なバイアスをいくつか紹介します。

  • 確証バイアス
    自分の考えに合致する情報ばかりを集め、矛盾する情報を無視する傾向。「A社の商品は高品質だ」という先入観があると、A社の商品の良い評判ばかりが目につき、悪い評判は無視してしまう、といったことが起こります。

  • アンカリング
    最初に提示された情報に引っ張られて、その後の判断が影響を受ける傾向。自動車販売店で、最初に高額な車を見せられると、次に見た車の価格が安く感じてしまう、といったことが起こります。

  • フレーミング効果
    同じ情報でも、提示の仕方によって判断が変わってしまう傾向。「90%の成功率」と表示された手術の同意書と、「10%の失敗率」と表示された手術の同意書では、前者の方が安心できると感じてしまう、といったことが起こります。

  • 損失回避
    損失を過度に恐れるあまり、利益を得る機会を逃してしまう傾向。宝くじで100万円当たったが、投資で10万円損をした場合、100万円の利益よりも10万円の損失の方が大きく感じてしまい、投資を敬遠してしまう、といったことが起こります。

  • 利用可能性ヒューリスティック
    思い出しやすい情報に基づいて判断してしまう傾向。飛行機事故のニュースを見た直後は、飛行機に乗ることが怖くなってしまう、といったことが起こります。

  • 代表性ヒューリスティック
    類似したものに当てはめて判断してしまう傾向。高学歴で真面目そうな人は、医者や弁護士のような職業に就いていると思い込んでしまう、といったことが起こります。

2.3 バイアスへの対策

バイアスの影響を軽減し、より良い意思決定を行うためには、以下の方法が有効です。

  • 自分のバイアスを認識する
    私たちは皆、バイアスの影響を受けています。まずは、自分がどのようなバイアスに陥りやすいかを認識することが重要です。

  • 複数の情報源から情報を収集する
    一つの情報源だけに頼らず、様々な角度から情報を集めることで、偏った見方を防ぐことができます。

  • 異なる視点から物事を考える
    自分の意見だけでなく、他の人の意見も積極的に聞き、多様な視点を取り入れることが重要です。

  • データに基づいて判断する
    感情や直感に頼らず、客観的なデータに基づいて判断することで、バイアスの影響を軽減することができます。

そして、これらの対策を実行する上で役立つのが、「意思決定のチェックリスト」です。チェックリストは、意思決定プロセスにおける潜在的なバイアスを明らかにし、より客観的な判断を下すためのツールです。

例えば、「確証バイアス」を防ぐためには、「反対意見も検討したか?」「異なる情報源から情報を得たか?」といったチェック項目を設けることができます。

「アンカリング」を防ぐためには、「最初の情報に固執していないか?」「他の選択肢も検討したか?」といったチェック項目が有効です。

このように、チェックリストを活用することで、私たちはバイアスの影響を意識し、より合理的な意思決定を行うことができます。

次の章では、チェックリストの具体的な内容について解説していきます。


3. 意思決定の3つの質問カテゴリー

意思決定の質を高めるためには、多角的な視点から検討し、潜在的なバイアスを排除することが重要です。そのために有効なツールが、行動経済学の知見に基づいた「意思決定チェックリスト」です。

このチェックリストは、以下の3つのカテゴリーから構成されています。
それぞれのカテゴリーには、具体的な質問項目がいくつか用意されています。

  • 自問自答の質問
    3つの質問。

  • 提案者への質問
    6つの質問。

  • 提案評価の質問
    3つの質問。

これらの質問に答えることで、私たちは様々なバイアスに気づくことができ、より客観的で合理的な意思決定を行うことができます。

3.1 自問自答の質問

まず、意思決定者自身が行うべき質問です。自分自身の心理状態や潜在的なバイアスを認識することで、より客観的な視点で判断することができます。

3.2 提案者への質問

次に、提案者に対して行う質問です。提案の背景や根拠、 代替案の有無などを確認することで、提案内容をより深く理解し、潜在的なバイアスを明らかにすることができます。

3.3 提案評価の質問

最後に、提案内容そのものを評価するための質問です。予測の妥当性やリスクの評価などを確認することで、提案の信頼性を判断することができます。

以降の章では、それぞれのカテゴリーに含まれる質問について、具体的に解説していきます。まずは、4. 自問自答の質問 から見ていきましょう。


4. 自問自答の質問

意思決定を行う際、私たちは往々にして自分自身のバイアスに気づいていません。客観的なつもりで判断していても、無意識のうちに偏った見方をしてしまうことがあります。

そこで、より良い意思決定を行うために、まずは自分自身に問いかけることが重要になります。行動経済学の知見に基づいた「自問自答の質問」は、私たちが陥りがちな思考の罠を明らかにし、より客観的な視点を持つために役立ちます。

4.1 自己利益バイアスの確認

質問
推奨を行っているチームが、自己利益によって動機付けられた判断ミスを起こしているのではないかと疑う理由はありますか?

人は誰でも、自分の利益になるように考え、行動する傾向があります。これは、意思決定においても例外ではありません。提案者が、自身の昇進や報酬に有利になるような提案を行っている可能性も考慮する必要があります。

例えば、ある事業部のマネージャーが、新規プロジェクトの提案を行うとします。このプロジェクトが成功すれば、マネージャーは昇進する可能性が高くなります。しかし、プロジェクトのリスクを過小評価したり、必要な費用を少なく見積もったりしている可能性も考えられます。

このような自己利益バイアスを防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 提案者の立場
    提案者が置かれている状況や、提案によって得られる利益などを客観的に分析する。

  • 数字の根拠
    提案に含まれる数値データが、どのように算出されたのかを確認する。

  • 代替案
    提案以外の選択肢が検討されているかどうかを確認する。

もし、自己利益バイアスが疑われる場合は、提案内容をより慎重に検討し、必要であれば追加の情報を要求する必要があります。

4.2 感情ヒューリスティックの確認

質問
推奨を行っている人々は、それに惚れ込んでいませんか?

感情ヒューリスティックとは、感情的な反応に基づいて判断を下す傾向のことです。人は、好きなものに対しては、そのメリットを過大評価し、リスクを過小評価する傾向があります。逆に、嫌いなものに対しては、そのデメリットを過大評価し、メリットを過小評価する傾向があります。

例えば、ある企業が、新しい製品の開発を検討しているとします。開発チームは、この製品に強い愛着を持っており、成功を確信しています。しかし、市場のニーズを十分に分析していなかったり、競合製品との差別化が明確になっていなかったりする可能性もあります。

このような感情ヒューリスティックを防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 客観的なデータ
    感情的な要素を排除し、データや証拠に基づいて提案を評価する。

  • 冷静な分析
    メリットだけでなく、デメリットやリスクについても冷静に分析する。

  • 第三者の意見
    提案内容について、客観的な意見を持つ第三者に評価を依頼する。

もし、感情ヒューリスティックが疑われる場合は、提案内容をより冷静に分析し、必要であれば外部の意見を参考にする必要があります。

4.3 集団思考の確認

質問
推奨チーム内に反対意見はありましたか? もしそうなら、それらは適切に検討されましたか?

集団思考とは、集団で意思決定を行う際、メンバー間の調和を重視するあまり、批判的な意見が出にくくなる現象です。集団思考に陥ると、リスクの高い意思決定や、間違った方向への決定が行われる可能性があります。

これは、組織の心理的安全性が低い状態とも言えます。心理的安全性が低いと、メンバーは

  • 間違ったことを言ったらどうしよう

  • 自分の意見が受け入れられなかったらどうしよう

  • 周囲から否定されたらどうしよう

といった不安を感じ、発言をためらってしまいます。

例えば、あるチームが、新しいマーケティング戦略を立案しているとします。チームリーダーは、特定の戦略を強く支持しており、他のメンバーもそれに賛同しているように見えます。しかし、実際には、一部のメンバーは異なる意見を持っているものの、リーダーに反対することを恐れて、意見を表明できないでいる可能性があります。

このような集団思考を防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 多様な意見
    メンバーそれぞれが、自由に意見を表明できる雰囲気作りをする。

    • リーダーは、自分の意見を押し付けるのではなく、メンバーの意見に耳を傾ける姿勢を示す。

    • メンバーの発言に対して、否定的な反応を示さない。

  • 反対意見の奨励
    あえて反対意見を述べる役割を設ける。

    • 「悪魔の代弁者」を任命する

    • ブレインストーミングなどで自由にアイデアを出し合える場を設ける

  • 外部の視点
    必要に応じて、外部の専門家や利害関係者から意見を聞く。

    • 外部の意見を取り入れることで、客観的な視点を得ることができる

もし、集団思考が疑われる場合は、反対意見を積極的に聞き出し、異なる視点から提案を検討する必要があります。

4.4 ケーススタディ:価格構造の全面的な見直し

ビジネスサービス会社の営業担当副社長であるボブは、チームから価格構造の全面的な見直しを提案されます。しかし、ボブは、この提案がチームの自己利益に偏っている可能性を懸念します。なぜなら、値下げによって売上は増加するかもしれませんが、利益率が低下し、チームのコミッションにも影響が出る可能性があるからです。

ボブは、チームに、競合他社の価格戦略や顧客の価格感度などのデータに基づいた分析を求めます。また、値下げ以外の代替案、例えば、ターゲットを絞ったマーケティングキャンペーンなどを検討するように促します。

このように、自問自答の質問を意識することで、ボブは潜在的なバイアスに気づき、より慎重な意思決定を行うことができました。

自問自答の質問は、自分自身の思考の癖を認識し、客観的な判断を下すための第一歩です。これらの質問を習慣化することで、私たちはより質の高い意思決定を行うことができるようになります。


5. 提案者への質問

良い意思決定を行うためには、提案内容を多角的に検討することが重要です。しかし、提案者は往々にして、自分たちの提案を正当化することに意識が集中し、客観的な視点を見失いがちです。

そこで、意思決定者は、提案者に対して適切な質問をすることで、提案の背後にある思考プロセスを理解し、潜在的なバイアスを明らかにする必要があります。行動経済学の知見に基づいた「提案者への質問」は、提案内容をより深く理解し、より良い意思決定を行うために役立ちます。

5.1 顕著性バイアスの確認

質問
この提案は、記憶に残る成功との類似性に過度に影響を受けている可能性がありますか? より多くの類似性を求め、現在の状況との類似性を厳密に分析してください。

人は、印象的な出来事や感情的な出来事を鮮明に覚えているため、それらが意思決定に過度に影響を与える可能性があります。これを顕著性バイアスと言います。

例えば、過去の成功体験が、現在の状況に合致しないにもかかわらず、意思決定に影響を与えている可能性があります。

顕著性バイアスを防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 多様な事例
    過去の成功事例だけでなく、失敗事例や類似性の低い事例も検討する。

  • 客観的な分析
    過去の事例と現在の状況の類似点と相違点を客観的に分析する。

  • 感情的な影響
    感情的な要素に左右されず、論理的な思考に基づいて判断する。

意思決定者は、提案者に、過去の事例との比較だけでなく、現在の状況に特有の要素やリスクについて具体的に説明を求める必要があります。

5.2 確証バイアスの確認

質問
推奨事項とともに信頼できる代替案が含まれていますか? 追加のオプションをリクエストしてください。

人は、自分の考えに合致する情報ばかりを集めがちです。これを確証バイアスと言います。提案者が、自分たちの提案を正当化するために都合の良い情報のみを提示している可能性があります。

確証バイアスを防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 反対意見
    提案の反対意見やリスクについても積極的に検討する。

  • 情報収集
    多様な情報源から情報を収集し、偏りのない情報に基づいて判断する。

  • 代替案
    他の選択肢も検討し、それぞれのメリットとデメリットを比較する。

意思決定者は、提案者に、代替案を検討したプロセスや、反対意見に対する反論などを具体的に説明を求める必要があります。

5.3 利用可能性バイアスの確認

質問
1年後にこの決定をもう一度行う必要がある場合、どのような情報が必要ですか? そして、今すぐそれ以上の情報を入手できますか? 各種類の意思決定に必要なデータのチェックリストを使用してください。

人は、思い出しやすい情報や最近の出来事に基づいて判断する傾向があります。これを利用可能性バイアスと言います。提案者が、入手しやすい情報だけに基づいて判断し、重要な情報を見落としている可能性があります。

利用可能性バイアスを防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 情報収集
    必要な情報を網羅的に収集し、偏りのない情報に基づいて判断する。

  • チェックリスト
    情報収集の漏れを防ぐために、チェックリストなどを活用する。

  • 将来予測
    将来起こりうる変化を予測し、必要な情報を事前に収集する。

意思決定者は、提案者に、情報収集の方法や、将来予測に関する分析などを具体的に説明を求める必要があります。

5.4 アンカリングの確認

質問
その数字はどこから来たのでしょうか? もしかすると、
・根拠のない数字が使われている?
・過去のデータから単純に推測しているだけ?
・特定の数字にこだわっている理由がある?
といった可能性はありませんか? 他の方法で計算した数字や、業界の平均値などと比べてみて、改めて分析し直してみましょう。

人は、最初に提示された情報に引っ張られて、その後の判断が影響を受ける傾向があります。これをアンカリングと言います。提案者が、特定の数字やデータに固執し、客観的な判断を下せなくなっている可能性があります。

アンカリングを防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 情報源
    情報の出所を確認し、信頼性を判断する。

  • 複数
    複数の情報源からデータを集め、異なる視点から分析する。

  • 柔軟性
    初期値にこだわらず、状況に応じて柔軟に判断する。

意思決定者は、提案者に、数値データの根拠や、他のデータとの整合性などを具体的に説明を求める必要があります。

5.5 ハロー効果の確認

質問
チームは、ある分野で成功している人、組織、またはアプローチが別の分野でも同じように成功すると思っていませんか? 誤った推論を排除し、チームに追加の同等の例を探すように依頼してください。

人は、ある対象の良い面を知ると、他の面も良いと判断してしまう傾向があります。これをハロー効果と言います。提案者が、特定の人物や組織の実績に過度に影響を受け、客観的な評価を下せなくなっている可能性があります。

ハロー効果を防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 多面的な評価
    特定の側面だけでなく、多様な側面から対象を評価する。

  • 客観的な基準
    感情や印象に左右されず、客観的な基準に基づいて評価する。

  • 比較
    他の事例との比較を通して、対象を相対的に評価する。

意思決定者は、提案者に、特定の人物や組織の実績だけでなく、提案内容そのものを客観的に評価するように求める必要があります。

5.6 サンクコストに囚われる誤り、保有効果の確認

質問
推奨者は過去の歴史に過度に執着していませんか? あなたが新しいCEOであるかのように問題を検討してください。

人は、すでに投資した時間や費用を回収しようとして、不合理な判断をしてしまうことがあります。これをサンクコストに囚われる誤りと言います。

例えば、映画館でつまらない映画を見続けてしまうのは、せっかくチケット代を払ったのだから、途中で帰るのはもったいないと思ってしまうからです。これはまさに、サンクコストに囚われている状態です。すでに支払ったチケット代は、映画を見終えるかどうかに関わらず、戻ってきません。つまり、サンクコストです。合理的な判断は、「この映画を見続けることで、これから楽しい時間を過ごせるか?」という点だけに基づいて行うべきです。

しかし、多くの人は、過去の投資(チケット代)を無駄にしたくないという気持ちから、つまらない映画を見続けてしまい、貴重な時間を無駄にしてしまいます。

これは、ビジネスシーンでも同様です。
例えば、あるプロジェクトに多額の投資をしたものの、期待通りの成果が上がらないとします。この時、「これまで投資した費用を回収するためにも、プロジェクトを継続すべきだ」と考えてしまうのは、サンクコストに囚われている状態です。

過去の歴史や投資は、すでに取り戻すことはできません。合理的な判断は、「今後、このプロジェクトに投資を続けることで、どれだけの利益が見込めるか?」という点だけに基づいて行うべきです。もし、プロジェクトを継続することで、さらなる損失が発生する可能性が高い場合は、たとえこれまで多額の投資をしてきたとしても、プロジェクトを中止する決断をする必要があります。

また、自分が所有しているものを過大評価してしまう傾向を、保有効果と言います。例えば、自分が長年愛用している車に、客観的に見てそれほど価値がないにもかかわらず、高値で売却しようとしてしまうのは、保有効果の影響です。

サンクコストに囚われる誤りや保有効果を防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 将来
    過去の投資にとらわれず、将来の利益を最大化する視点で判断する。

  • 機会費用
    他の選択肢を選んだ場合に得られる利益(機会費用)も考慮する。

  • ゼロベース思考
    過去の状況を無視し、現状を客観的に分析する。

意思決定者は、提案者に、過去の歴史や投資にこだわらず、将来を見据えた提案を行うように求める必要があります。

5.7 ケーススタディ:設備投資のケース

製造会社のCFOであるリサは、製造部門からある工場への設備投資の提案を受けます。しかし、リサは、提案者が過去の投資に固執し、サンクコストの罠に陥っているのではないかと懸念します。

リサは、提案者に、過去の投資を無視し、新規事業としてこの工場を建設する場合でも投資する価値があるかどうかを検討するように求めます。また、他の工場との比較や、業界のベンチマークデータなどを用いて、投資の妥当性を客観的に評価するように促します。

このように、提案者への質問を効果的に活用することで、リサは潜在的なバイアスを明らかにし、より合理的な投資判断を行うことができました。

提案者への質問は、提案内容を深く理解し、潜在的なバイアスを明らかにするための重要なツールです。これらの質問を適切に活用することで、意思決定者はより質の高い判断を下すことができます。


6. 提案評価の質問

提案を評価する際には、提案内容そのものを多角的に分析し、その信頼性を判断することが重要です。

「提案評価の質問」は、行動経済学の知見に基づき、提案に潜むリスクやバイアスを明らかにし、より確実な意思決定を導くためのものです。

6.1 過信、計画のズレ、楽観的バイアス、競合他社の無視の確認

質問
実現の可能性が高いシナリオは過度に楽観的になっていませんか?

人は将来を楽観的に予測する傾向があり、その結果、計画が楽観的になりすぎる計画のズレに陥ることがあります。

例えば、新しいプロジェクトを始める際、必要な時間や費用を少なく見積もってしまう、といったことがよくあります。

また、過去の成功体験に囚われて、過度に自信過剰になり、リスクを軽視してしまう過信も、楽観的な予測に繋がる要因となります。

さらに、競合他社の動向を軽視してしまう競合他社の無視も、楽観的な予測を生み出す可能性があります。

楽観的バイアスを防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • 現実的な予測
    過去のデータや経験を参考に、現実的な予測を行う。

  • 外部視点
    プロジェクトに関わっていない第三者の意見を聞く。

  • リスク分析
    起こりうるリスクを洗い出し、その影響度を評価する。

  • 競合分析
    競合他社の動向を分析し、自社の計画への影響を検討する。

  • ウォーゲーム(戦略立案や競争環境分析の場面で使われる言葉)
    競合の視点に立って自社の戦略のシミュレーションを行うことで、自社の計画の弱点やリスクを特定する。

6.2 災害無視の確認

質問
最悪のシナリオはどの程度の被害状況を想定していますか?

人は、楽観的なバイアスに陥りやすく、リスクを過小評価してしまう傾向があります。

「まさか、そんなことが起こるはずがない」 「うまくいくに決まっている」

そう思いたい気持ちは分かりますが、重要な意思決定を行う際には、あえて最悪のシナリオを想定しておくことが重要です。

最悪のシナリオを検討することで、

  • リスクへの意識を高めることができます。

  • 被害を最小限に抑えるための対策を事前に検討することができます。

  • 万が一、問題が発生した場合でも、冷静に対処することができます。

具体的には、チームに、

「もし、最悪の事態が起こったら、どうなるだろうか?」

と想像させ、

  • 具体的な被害状況

  • 考えられる原因

  • リカバリープラン

を検討させましょう。

例えば、新製品の発売を計画している場合、

  • 売上目標を達成できない

  • 品質に問題が発生し、リコールになる

  • 競合他社から類似製品が発売される

  • 消費者の反応が芳しくない

  • 想定外のトラブルが発生する

といった最悪のシナリオを想定し、それぞれのシナリオにおける被害状況、原因、リカバリープランを検討する必要があります。

被害状況としては、

  • 売上減少

  • 顧客離れ

  • 訴訟リスク

  • 風評被害

  • 株価下落

などが考えられます。

リカバリープランとしては、

  • 緊急対策本部設置

  • 情報公開

  • 顧客への補償

  • 代替案の実行

  • 関係部署との連携

などが考えられます。

このように、最悪のシナリオを具体的に検討することで、リスクに対する備えを強化し、より安全な意思決定を行うことができます。

事前検死
最悪のシナリオを検討する際に有効な手法の一つに、「事前検死」というものがあります。事前検死とは、プロジェクトが失敗したと仮定し、その原因を分析する手法です。事前検死を行うことで、事前にリスクを特定し、対策を検討することができます。

例えば、新製品の発売が失敗に終わったと想定し、その原因をブレインストーミングで洗い出す、といった方法があります。

事前検死を行う際のポイントは、

  • 自由な発想
    批判や否定をせずに、自由に意見を出し合う。

  • 具体的なシナリオ
    単に「失敗する」と考えるのではなく、「どのような失敗をするのか」を具体的に想像する。

  • 原因分析
    失敗の原因を特定し、対策を検討する。

事前検死は、プロジェクトの初期段階で行うことが効果的です。早い段階でリスクを特定し、対策を検討することで、プロジェクトの成功確率を高めることができます。

6.3 損失回避の確認

質問
推奨チームは過度に慎重ですか? リスクの責任を共有したり、リスクを排除したりするようにインセンティブを再調整します。

人は、利益を得ることよりも、損失を避けることを重視する傾向があります。これを 損失回避 と言います。損失回避は、時に過度な慎重さを生み、必要なリスクテイクを阻害する要因となります。

例えば、新しい技術を導入することで、大幅なコスト削減が見込めるにもかかわらず、「失敗したらどうしよう」という不安から、導入を見送ってしまう、といったことが起こります。

過度な損失回避を防ぐためには、以下のポイントを意識することが重要です。

  • リスクとリターンのバランス
    リスクだけでなく、リターンも考慮して判断する。

  • 心理的な影響
    損失に対する心理的な影響を理解し、冷静に判断する。

  • インセンティブ設計
    リスクテイクを促進するための適切なインセンティブを設計する。

6.4 ケーススタディ:企業買収提案のケース

多角化された工業会社のCEOであるデベッシュは、チームからある企業の買収提案を受けます。しかし、デベッシュは、提案に含まれる売上予測が楽観的すぎるのではないかと懸念します。

そこで、デベッシュはチームに、

  • 過去の買収事例との比較

  • 競合他社の動向分析

  • 買収後の統合プロセスにおけるリスク分析

などを実施するように求めます。

さらに、買収が失敗に終わった場合のシナリオを想定した事前検死を行い、リスク対策を検討するように指示します。

このように、提案評価の質問を活用することで、デベッシュは提案の信頼性を高め、より確実な意思決定を行うことができました。

提案評価の質問は、提案内容を客観的に評価し、潜在的なリスクを明らかにするための重要なツールです。これらの質問を適切に活用することで、意思決定者はより質の高い判断を下すことができます。


7. まとめ

人間の意思決定は、様々なバイアスの影響を受けやすく、客観的な判断を下すことは容易ではありません。しかし、行動経済学の知見に基づいたチェックリストを活用することで、私たちはバイアスに気づくことができ、より合理的で、より質の高い意思決定を行うことができます。

チェックリストを活用する上でのポイントは以下の通りです。

  • 形式的にチェックしない
    チェックリストの項目を機械的に確認するのではなく、それぞれの質問の意図を理解し、真剣に検討することが重要です。

  • 状況に合わせて修正する
    チェックリストはあくまでも参考です。状況に応じて、項目を追加したり、削除したりするなど、柔軟に修正する必要があります。

  • 議論のツールとして活用する
    チェックリストをチームで共有し、活発な議論を促すことで、より効果的に活用することができます。

  • 継続的に改善する
    チェックリストは、一度作成したら終わりではありません。定期的に見直し、改善していくことで、より効果的なツールになります。

行動経済学は、人間の行動をより深く理解するための重要な学問です。その知見を意思決定に活かすことで、私たちはより良い選択をし、より良い未来を創造することができます。

最後に、この記事で紹介したチェックリストは、あくまでも一つの例です。それぞれの組織や個人の状況に合わせて、独自のチェックリストを作成してみてください。そして、チェックリストを活用することで、より質の高い意思決定を行い、「その判断、正しいですか?」に答えられるようになりましょう。

今日も最後までお読み頂き、ありがとうございました。


参考書籍


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広瀬 潔(HBR Advisory Council Member)
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