好きな人たちと過ごす時間から生まれるもの
「誰を好きか」より、「誰といるときの自分が好きか」が重要。
蒼井優ちゃんがご結婚するときの言葉が耳にあざやかで、初めて聞いた時からずっと、今も時折思い出す。
わたしは今日、好きな自分でいられたのかな。
これさえあれば満たされるという休日の過ごし方がある。それは、ライブやコンサートなど、好きな人のステージを観ること。気の置けない人とのおしゃべり。そしておいしいごはん。この3つがあれば、わたし今日しあわせだなぁ、と、じわじわ思う。
そしてさらにしあわせなことに、最近は、この3つが揃う日は少なくない。
昨日も杉本琢弥くんのライブを観に出掛けて、会場に着いたところであゆみさんから連絡が。たくやくん終わりでスタバのコーヒーをもって会場のお店まで来てくれて、そのままおいしいごはんを食べて、他愛もないことと意味があることを縦横無尽に行き来するおしゃべりを無限にして、翌日のおやつ用に季節限定のかわいいドーナツを手に、最近わたしたちの中で流行っているおいしいプリンを食べてきた。
「ごめんわたしマツエクの予約入れてたの忘れてた!」と1時間弱中抜けして待たせておくという無礼をはたらいたけれど、それをそのまま言えるのも、許してくれる関係も、ほかにはないなぁと思うんだ。
どきどきして、きゅんとして、散々笑っておなかもきもちも満たされる。そんな日が好きだし、冒頭の話を思い出せば、わたしはそんな日のわたしのことを好きなんだと思う。だってこの人、本当にずっとうれしそうだし楽しそうにしてるもん。
苦手な人と過ごす時間の苦しさは、嫌な自分が出てきてしまうことなんじゃないかとこの1か月ほどで思うようになった。
心のなかでイラッとしてしまったり、不意に棘のある言葉が口から出たり、それはいじわるかもしれないと思う行動をとってしまったり。そんな自分を、わたし自身が1番強く自覚する。そしてあとから、「あれはよくなかったよなぁ」というもやもやがぐるぐる回る頭で帰りの電車を過ごすんだ。
好きな人と過ごす時間を大切にした方がいい。そして、そういう人との約束を優先した方がいい。それはもちろん自分が気持ちよく過ごすためだし、不幸を生み出さないためにもきっと大切。好きな人たちには楽しく気持ちよくいてほしいから、自然と気遣う行動が出るし、無理なくできることなら協力するし、多少のことなら負担になっても頑張れてしまう。
そういう時間を過ごせる人とは、お互い「よい自分」が自然と引き出し合われて、楽しいとかうれしいとか好きとか、プラスの気持ちがたくさん生まれる。そういう時間をわたしたちが過ごすことは、ささやかな平和につながってるんじゃないかと思う。
だから今年もわたしは変わらずに、好きな自分でいられる人たちとたくさんの時間を一緒に過ごしていこうと決めている。好きなことは、遠慮せずに好きなだけ、だ。
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