カーステレオ
父の日前日、ペーパードライバーの娘は父親をフル稼働させてしまう。もう22歳であるというのに。
私は父の運転する車の助手席に座る。
会話の多くない車内はいつも通りで、時々思いついたことをそのまま言葉にする。
カーステレオから流れる洋楽を聴いて「どんなことを歌っているか当てようゲーム」をしていた15年前の夏と変わったことはほとんどない。変わったことといえば、流れていた洋楽がカネコアヤノのアルバムに変わったことと、父のように英語を流暢に話すという夢を諦めたことくらいだ。だが、まだ、時々は英語を話す自分を想像してわくわくしてしまう。
時々、「音がいいね。」と満足気に頷く父は、父特製カスタムカーステレオの音の仕組みなどを教えてくれる。相槌を打ちながら、私は父の血を引いていると思う。譲れない趣味があったり、持ち物にこだわってしまう。私は、「今日は暑いね。着いたら珈琲飲もうね。」と相槌の後に付け加える。
駐車場に車を停めて目的地まで歩く。なるべく早歩きで。2日目のイベント会場は予想以上に賑わっている。コーヒーショップのテントを見つけると、この暑さから解放される気がしてしまう。
アイスコーヒーを2つ買って、木陰に座る。
15年前の夏と変わったことはほとんどない。
変わったことといえばアイスを握っていた手で珈琲を持っていることくらいで、まだ自分自身を大人ではないと認識してしまっている。
ぼんやりと憧れていたのかもしれない。
父のように、母国語のように英語を自由に操りたかった。父のように真面目さと同時にユーモアを持ちたい。自分の選択に胸を張って生活したい。柔軟な強さと譲れない何かを持ちたい。
理想ばかりでは生きられないけれど、
知識と強さを振り翳さない大人になりたい。
知識と強さを留めておける大人になりたい。
父親の運転する車の助手席に座って帰る。助手席に座る娘はお気に入りの桃色のワンピースを着ている。15年前の夏とほとんど変わらず。
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