(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<2章第1話>
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たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
2章 渚沙と竹子の出会い
第1話 初対面は劇的に
渚沙がお祖母ちゃんの跡を継ぎ、「たこ焼き屋 さかなし」を経営する様になったころ。今から1年ほど前のことである。
『大仙陵古墳に、野生のカピバラが棲み付いている』
そんな噂がネットなどで囁かれる様になった。
大仙陵古墳は大阪府堺市にある、日本最大規模の前方後円墳である。被葬者は不明となっているのだが、管理者である宮内庁が仁徳天皇の陵墓に治定しているため、仁徳天皇陵古墳とも呼ばれている。
この大仙陵古墳を含む百舌鳥・古市古墳群は世界文化遺産にも登録されていた。大仙陵古墳は世界最大規模の墳墓ということもあって、きっと観光客も増えていることだろう。
大仙陵古墳の最寄り駅はJR阪和線の百舌鳥駅である。「さかなし」のあるあびこには、大阪メトロの駅からは少しばかり離れるが、阪和線の我孫子町駅がある。そこからなら電車1本で行けるのである。
そんなお手軽さもあって、好奇心をくすぐられた渚沙は定休日を利用して見に行ってみることにした。
かつて目撃情報があった沖縄ならともかく、大阪で野生のカピバラなんて眉唾物ではある。百歩譲ってヌートリアを見間違えたのでは無いだろうか。
ヌートリアはカピバラと容姿が似ていて、良く勘違いされてしまう動物である。最近西日本を中心に生息域が広がっているそうだ。
カピバラとヌートリアの見た目の大きな違いは、尻尾の有無である。カピバラには無いが、ヌートリアは長いものを持っている。それが見分けるのに役立つだろう。
渚沙は視力が悪いわけでは無いが、遠くのものはさすがに判別しづらい。なので小型の双眼鏡を用意した。今や通販で2,000円ぐらいで入手可能だ。
カピバラやヌートリアは水辺に棲まう動物である。なのでいるとするなら古墳を取り囲むお濠の部分だろう。
百舌鳥駅に降り立ち、地図アプリを頼りに10分ほど歩く。すると徐々に林の様な森の様な、豊かな緑が見えて来た。
「……これか」
果たしてその緑が、大仙陵古墳そのものだったのである。正面に木造りの拝所があり、その向こうに緑の木々が広がっていた。
WEBなどで見る写真は、そのほとんどが空から見下ろす様に撮られたものだ。周りに住宅なども写っていたのだが、そのサイズ感がいまいち把握できなかった。だがこうして正面から見ると、広大な森である。
「凄いなぁ」
渚沙は感嘆する。平日の午前中だからか、観光客は少なかった。数人が拝所からスマートフォンなどで写真を撮ったりしている。
大仙陵古墳は学校の教科書にも掲載されている、馴染みのある古墳である。渚沙はあびこで育ったので、家から近いところにそんな有名な墓所があることは、不思議な感覚だった。
大人になって自由に行動ができる様になってからも、こちらに来る機会はあまり無かったので、こうして直に見るのは初めてだった。
堺東にある堺市役所の21階展望ロビーからは、堺の街並みとともに、大仙陵古墳を始めとする数カ所の古墳が見えるそうである。
大仙陵古墳のお濠は3重になっていて、古墳そのものからいちばん近いお濠は木々に阻まれて見ることはできない。そして拝所から見えるのは第2のお濠のほんの一部である。渚沙は身を乗り出す様にして、くまなく視線を巡らせた。
すると目の端になにやらうごめく様なものを捉えた。たすき掛けにしていたバッグから小型双眼鏡を出して見てみる。すると茶色い動く物体がいた。
(ほんまにおった!)
渚沙は興奮し、引き続きその生き物らしきものを見つめる。確かにカピバラの様な、ヌートリアの様な。見分けは尻尾の有無である。だがヌートリアの尻尾は細いものなので、望遠鏡越しでもはっきりと見ることができなかった。
(まぁ、多分ヌートリアやろうけど)
カピバラはさすがに現実的では無い。ヌートリアと仮定して、ヌートリア(仮)は水辺をのんびりと歩いていた。結構な急斜面だと言うのに、器用なものだ。
正面に向かって歩いて来ているので、その顔が見える。こうして見るとカピバラにも見えるが、いややはりこんなところにいるわけが無い、と打ち消しつつ。
その時、ヌートリア(仮)が顔を上げた。その瞬間、目が合った様な気がした。望遠鏡越しとは言えまだそれなりの距離があるので、本当に気のせいだと思うのだが。
するとヌートリア(仮)が水の中に入る。そのままこちらに向かってまっすぐに泳いで来た。
(え、どうしたんやろ。なんやなんや)
渚沙は少し焦ってしまう。渚沙が望遠鏡を目から外すと、ヌートリア(仮)は裸眼でも見える距離にまで近付いていた。
(……って、あれ? ほんまにヌートリアか?)
確かにカピバラとヌートリアは似ている。それでも尻尾以外にも見た目に違いがある。大きさも違う。こうして近付けば近付くほど、カピバラに似ている様な気がするのだが……。
やがてその動物は渚沙の真下にたどり着き、お濠の壁を軽々と登って来た。
「……えええええ?」
これにはさすがに驚きの声が出た。周りに人がいなくて良かった。挙動不審だと思われる。この時はまだそう思えるほどの冷静さがあったわけだが。
その生き物はお濠を登り切るとさらに柵も登り、その柵の上に4本足で立った。そして。
「お前、竹子のことが見えているのだカピな」
渚沙は気を失いそうになった。