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(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<1章第4話>

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たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
1章 弘子おばちゃんの憂鬱
第4話 ひとつのアイデア


「ちっちゃいころの童子丸ねぇ、ほんまに可愛かったんよ〜。いつもわたくしの後を付いて来てねぇ〜」

 葛の葉はそう言って、懐かしそうに目を細めた。童子丸とは安倍晴明の幼名である。

「それがねぇ、おっきなって、まさかわたくしらを調伏する側になるやなんてねぇ〜、思わへんよねぇ〜」

 そう続けた葛の葉はおかしそうに笑う。笑い事では無いと思うのだが。渚沙なぎさは少しばかりはらはらしてしまう。

「でも葛の葉さんは、悪いことした妖怪や無いんでしょ? それやったら大丈夫なんや無いんですか?」

「そう言うわけにもねぇ〜、いかへんのが人間の世なんよねぇ〜。どうしてもたいだがいの妖怪は、怖がられるもんやからねぇ〜」

 葛の葉が憂鬱そうな溜め息を吐くと、茨木童子があっけらかんと「ええや無いか」と言う。

「俺らは人間に怖がられてなんぼや。それに今、俺らを斬る様な存在はそうそうおれへん。見えるもんが滅多におらんからな。ええ世の中になったもんやで」

 そして優雅に日本酒を流し込む。それは確かにその通りなのかも知れないが。

 渚沙も最近まで、自分が妖怪が見える人間だなんて知らなかった。そう、たけちゃんと会うまでは。渚沙はコーラでたこ焼きを食べる竹ちゃんを見て、ふわりと癒される。仔カピバラ姿の竹ちゃんは、可愛らしさ爆発である。妖怪なのにお酒を飲まないところもほっこりを誘うのだ。

 もともと動物園でとはいえ人間世界で生きていた竹ちゃんはともかく、茨木童子や葛の葉などという妖怪と、渚沙の様な人間は、本来なら相容れぬものである。こうしてたこ焼きとお酒を交わしていても、それは変わらない。

 だから弘子ひろこおばちゃんのことを世間話のひとつとして話をしても、決して相談はしない。人間に寄り添わない妖怪に言っても、解決にはならないからだ。

 それでも子を産みたい、親になりたいという気持ちは、女性というカテゴリの中で共通するのだろうか。

 弘子おばちゃんの次男くんのお嫁さんは今、不妊治療をされているのだそうだ。

 病院で検査をしてもらったところ、次男くんとお嫁さん、どちらにも原因が無かったそうなのだが、なかなか子宝に恵まれないのである。悲しいことだが、次男くんとお嫁さんの相性の問題なのだろう。

 お嫁さんが子ども好きということもあるのだが、お嫁さんは弘子おばちゃんをお姑さんとして慕っていて、弘子おばちゃんと次男くんに賑やかな家族を味わって欲しいと言うのだそうだ。

 弘子おばちゃんは女手ひとつで多忙を極めていたから、寂しさを感じる暇も無かったそうなのだが、確かにそれだと、次男くんには淋しい思いを味わわせてしまったのかも知れない。

 お嫁さんは末っ子だそうなのだが、3人兄弟で育ったとのことで、賑やかな環境が当たり前だった。そして楽しい思い出が多いからか、それを作ろうとしているのだ。

 見方によっては押し付けの様なものだと思われるかも知れない。確かにお嫁さんは、少しばかり思い込みの強いところがあるのだそうだ。それでもこれは次男くんへの愛情と、弘子おばちゃんへの思いの賜物である。

 気丈に振る舞って、痛かったり辛かったりするであろう避妊治療に取り組むお嫁さんを見て、弘子おばちゃんが単純に喜べるはずも無い。

「もしな、同居してへんかったら、お嫁ちゃんもそんな急がんで済まんかったんやろかて思ってなぁ。子どもが欲しいて気持ちは分かるんよ。私かて子どもふたり産んどるからな。でも、やっぱり子どもは授かりもんやって、私なんかは思ってまうんよ。不妊治療が不自然やなんて思わへんけど、私に家族を、て思ってくれてるわけやから。それを思うたらありがたいとも思うねん。でもやるせへんなぁとも思うんよ。あんま無理せんとなぁ。息子とふたりの楽しさもあるはずやねんから」

 それは弘子おばちゃんの思いやりである。お嫁さんにしんどい思いをして欲しく無い。お嫁さんの好意が分かるからこそだ。

 弘子おばちゃんは、それをどうにかしてお嫁さんに伝えたいと思った。だが口が悪いので、巧く言葉にできる自信が無いのだと言う。

 次男くんも、お嫁さんを気遣っていた。子どもを諦めろとは決して口にしないが、少しゆっくりしても良いのでは無いか、治療を休んでも良いのでは無いか。やんわり言っている様なのだが、お嫁さんは聞く耳を持たない。

「私は大丈夫やから!」

 そう言って笑うそうなのである。

 そうなのだ。竹ちゃんが言った通り、健気と言えるのだ。愛する人とそのお母さんに新しい家族をあげたい、その一念で大変なことを乗り越えようとしているのだから。

 それを弘子おばちゃんは、きっと次男くんも感謝しているのだ。だからこそ、お嫁さん自身に幸せに生きて欲しいのだ。

「そんなもん、ずばっと言ってやりゃあええやろ。無駄な治療すんなって」

「言えるかそんなん!」

 茨木童子のとんでもなく無神経なせりふに、渚沙は反射的に突っ込みを入れる。

 だが確かに、思い込みが強めなお嫁さんだから、多少迂遠に言っても通じないのかも知れない。もちろん茨木童子の様な物言いは論外だが。

「文はどないやろ」

 葛の葉がぽつりと言い、渚沙は一瞬ぴんと来ずに「ふみ?」と首を傾げた。

「今で言うたらお手紙やねぇ。それやったらいくらお口が悪い言うても、落ち着いて書けるんや無いやろかねぇ〜」

「なるほどなぁ。弘子おばちゃんに言うてみますわ」

「ふむ、葛の葉にしては、良いことを言ったカピ」

「うふふ〜」

 確かにお手紙なら、ゆっくり書くことができるだろうから、伝えたいことがきちんと書けるかも知れない。

 今の時代はお友だちとのやりとりもSNSなどが主流だが、今またじわじわとお手紙の良さが広がっているとも聞く。渚沙自身はお手紙など書いたことももらったこともほとんど無いのだが、弘子おばちゃんの世代は、きっとお手紙にも馴染みがあるのでは無いだろうか。


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山いい奈
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