(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<2章第2話>
こんにちは。ご覧くださりありがとうございます( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いします!
たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
2章 渚沙と竹子の出会い
第2話 現実を受け入れて
(は? カピバラが喋っとる? いやヌートリアか? いやどっちでもええわ! 何やのこれー!)
そう思えるだけ、渚沙はまだ冷静さを保っていたのかも知れない。それでもその場にへなへなとへたり込んでしまった。
するとその動物は渚沙のそばに降りて来た。渚沙は「ひっ」と戦慄の声を上げ、肩を震わす。
「お前、妖怪が見えるのだカピな」
「……は? ようか、い?」
動物が喋ることにも大いに驚いているのだが、妖怪だなんて非現実なワードが出て来て、渚沙はますます混乱する。
渚沙は目を白黒させて硬直するしか無かった。すると目の前の動物、どう見てもカピバラは、「ふむ?」と不思議そうに首を傾げた。
「竹子が見えると言うことは、妖怪が見えると言うことカピ?」
「……え?」
もう渚沙は「あ」とか「え」とかしか言えない。頭の中には「何やこれ!」しか浮かんでくれない。
そもそも妖怪とは何だ。渚沙はまた呆然としてしまう。妖怪とは、渚沙の中では幼いころに見たアニメの世界だ。片目を髪の毛で隠した隻眼の少年が、頭に目玉の父親を潜ませて、悪い妖怪などを退治するというお話だったと思う。
いや、これはアニメの世界では無い。現実に、カピバラが目の前で喋り、暗に自分が妖怪だと言っているのだ。
……そもそもこれは現実だろうか。もしかしたら渚沙はJR阪和線に乗り込んでから寝込んでしまい、大仙陵古墳に来たことも今も、夢なのでは無いかと思い始める。
そうだ、きっとこれは夢だ。夢の中では確か、……確か頬をつねるかして、痛かったら現実、痛く無かったら夢。古典的ではあるが、やってみるしか無い。
渚沙は意を決して、思いっきり頬をつねってみる。すると。
「痛ったぁ!」
「何をしているカピか」
つねった頬を抑えて悶絶している渚沙を、カピバラは呆れた様な表情で見ていた。
「これ、現実?」
「現実だカピよ。お前は妖怪が見える人間なのだカピ」
「え、知らん知らん知らん。妖怪とか初めて言われた。見えたことなんかあれへん。え、何やこれ」
ようやくまともな言葉が口から出て来た。いや、これがまともなのかどうかは怪しいところだが、とりあえずせりふにはなっている。
渚沙の目線はあちらこちらに動く。拝所があり、お濠があり、古墳の緑が広がる。そして正面に佇むカピバラに戻る。
「よう、かい?」
「そうカピ」
「カピバラやんな? 妖怪なん?」
「長く生きて、でもまだ生きたくて、カピ又になったのだカピ。カピバラの妖怪なのだカピ」
意味がまるで分からないのだが、ひとまずこれが現実だということは、どうにかこうにか受け入れようとしている渚沙である。が。
「いや、やっぱり意味分からへんねんけど、妖怪? おるん?」
「いるカピよ。竹子が見えるのに、お前は今まで妖怪を見たことが無いのだカピ?」
「あれへんよ。妖怪って、私ん中ではアニメとか漫画とかやもん。え、ほんまにどうゆうことなん?」
まだ受け入れ切れない渚沙に、カピバラは「やれやれカピ」と溜め息を吐いた。
「竹子はカピバラの妖怪なのだカピ。そしてお前は、妖怪が見える人間なのだカピ。ただそれだけなのだカピ」
「でも、私今まで妖怪とか見たことあれへんで。それやのに何でこんないきなり」
渚沙は焦る。だがカピバラは冷静に口を開く。
「妖怪はそこかしこにいるカピ。けど、お前の目にはきっと日常に溶け込んでいたのだカピ。妖怪にはいろいろな姿のモノがいるカピ。人混みに紛れているモノもいるカピ」
「……そうなんや」
これは現実で、目の前には喋るカピバラがいる。周りには少数ではあるが観光客がいて、こちらには目もくれない。カピバラのことは見えていないのだろうし、このままだと渚沙が不審人物になりそうだ。
その時、渚沙の肩が背後からぽんと叩かれた。振り返ると、案内ボランティアのおじいちゃんだった。気遣わしげな表情である。
「お嬢ちゃん、大丈夫か? 体調が悪そうやけど」
この大仙陵古墳には、ボランティアで古墳の案内をしてくれる人が詰めている。渚沙はおじいちゃんにどうにか笑顔を向けた。多分引きつっていただろうが。
「だ、大丈夫です。ちょっとふらついただけなんで。もう平気です」
「そうか? もししんどかったら言うんやで? タクシーとか救急車とか呼んだるから」
「はい。ありがとうございます」
おじいちゃんは安心してくれたのか、その場を離れて行く。おじいちゃんにはきっとカピバラは見えていなかった。もし見えていたら大ごとになっているはずである。
渚沙はあらためてカピバラを見る。普通の大人のカピバラである。動物園などで見る様な個体と何ら変わらない。
「ほんまに私にしか見えてへんねんな」
「そうカピね。探せば他にも妖怪が見える人間がいるかも知れないカピが、少なくとも竹子が妖怪になってからはお前が初めてカピ」
「そうなんや」
渚沙はようやく現実を受け入れつつあった。自分は妖怪が見える体質で、このカピバラは妖怪である。
おや、そうすると、あの噂は何だったのだろうか。
「あんな、私、ここにカピバラが棲んどるって噂聞いて、見に来たんよ。妖怪が見える人が他にもここに来て、あなたが見られたってこと?」
「その可能性もあるカピが、ここには生きてる生身のヌートリアもいるカピ。それが見間違えられた可能性が高いカピ」
「なるほどなぁ」
渚沙は納得して息を吐いた。