(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<4章第2話>
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たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
4章 期間限定の恩恵
第2話 てんてこ舞いがやって来た
「たこ焼き8個ちょうだい。持ち帰りで」
「はい。味はマヨソースでええですか?」
「うん」
「はーい。お待ちくださいねぇ」
渚沙は焼き上がっているたこ焼きを8個、発泡スチロールの容器に入れる。イートインなら舟皿に入れるのだが、お持ち帰りなら蓋が付いている容器を使うのだ。
刷毛でソースを塗り、マヨネーズを糸状に掛け、削り節をふわりと乗せる。蓋をして取っ手付きのナイロン袋に入れて、男性のお客さまに手渡した。
「ありがとうございます」
代金を受け取り、男性が去って行くと、渚沙の前には次の男性のお客さまが立つ。
「10個。ポン酢だけで。中で食ってく。ビールある?」
「缶ビールでよろしければ。ドライと一番搾り、どっちがええですか?」
「あー、一番搾り」
「かしこまりました。中に入ってお待ちください」
今度は舟皿を取り出した。
座敷童子が「さかなし」に来た翌日のことである。予想通り、お店は大層繁盛してしまっているのだった。
特にお昼ごはん時の今、お客さまはなかなか途切れず、渚沙は目が回りそうになりながらもたこ焼きを焼き続けている。
焼き上がっては売れて行き、焼いてる最中に列ができる。嬉しい悲鳴とはこのことなのだろう。
しかしひとりで切り盛りするのは大変である。とは言え、アルバイトなどを雇うことは考えていない。なにせこの繁盛は期間限定なのである。座敷童子がいる数日の間だけ切り抜ければ良いのだ。
鉄板を全部使っても追い付かないこの状況に、渚沙はひたすら手を動かすしか無かった。
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それでも13時を過ぎるころには、少し混雑も落ち着く。お客さまは来られるが、少しは余裕ができ始めた。
渚沙はたこ焼きをひっくり返しながら、竹ちゃんがそっと届けてくれた3個のおにぎりを頬張る。具は明太子とツナマヨ、鮭フレークである。
ふんわりと握られたお米の中に、具がたっぷりと入っている。海苔でくるまれ、ラップに包まれている。座敷童子がいる時はゆっくり座って食べられないので、こうしておにぎりにしてもらうのだが、その度にクオリティが上がっている気がする。
焼き上がりを待っている女性のお客さまが不思議そうな顔で見るので、渚沙は明るく言う。
「すいません、ひとりでやってるもんですから、お昼ごはん失礼しますね〜」
するとお客さまは「ああ」と納得してくれる。幸いにも苦言を呈するお客さまはいない。これも座敷童子効果なのだろうか。
そして15時になるころ、ご常連の弘子おばちゃんがやって来た。
「弘子おばちゃん、いらっしゃい」
「はいよ。また繁盛期が来たんか」
「うん、お陰さまで」
弘子おばちゃんは時折来るこの繁忙期を、当然ながら知っている。もちろん本当の理由までは言っていない。
「何なんやろな、毎度毎度。雑誌にでも載ったか?」
「ううん、多分誰かがSNSとかで拡散してくれたんちゃうかな〜」
もちろん方便である。こんな会話が繰り広げられるのも、毎度のことだ。
座敷童子のご加護というもののシステムがまるで分からない。だがそれが座敷童子という妖怪の力なのだろう。「さかなし」の前を通った人が、あれよあれよと吸い込まれる様に並んで行くのを、最初見た時には何事かと思って、目を見張って大いに焦った。
その日の夜に座敷童子に事情を聞いて、渚沙は「早よ言うてくれ」とうなだれた。たこの準備などはある程度どうにでもなるが、生地に使うお出汁は一晩掛けた水出しなので、当日に追加を作ることができないのだ。
煮出して作れば良いとも思うし、そもそもジャンクフードであるたこ焼きなのだから、ソースなどの味のお陰で僅かな味の差異は気付かれにくい。それでも一応矜持はあるのである。お祖母ちゃん直伝のたこ焼きを変わらず焼くことが、渚沙にとっての誇りなのだ。
この書き入れ時がいつまで続くのかは、座敷童子次第である。座敷童子が次のお家を見付けて「さかなし」を出て行くのは明日か、それとも1週間後か。
それは、渚沙や竹ちゃんはもちろん、座敷童子自身も判らないのである。