(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<1章第2話>
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たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
1章 弘子おばちゃんの憂鬱
第2話 弘子おばちゃんの溜め息
塩味の焼きそばにはお塩も使うが、味を補うために顆粒の鶏がらスープの素と日本酒も使う。
渚沙がフライパンを操る横では、お湯と糠に浸かった筍がことことと煮えている。1時間茹でて、あとは常温になるまで放置である。
焼きそばの具は豚肉ときゃべつ、人参とシンプルである。人参は短冊切りにし、ぎゃべつはざく切り、豚肉は細切れをそのまま使う。
そうして出来上がった塩焼きそばを2枚のお皿に均等に盛り付け、ダイニングテーブルに置いた。
「竹ちゃん、ご飯やで〜」
「うむカピ」
渚沙の間の抜けた呼び掛けに、竹ちゃんは平然と応えてダイニングチェアにひらりと上がる。ほかほかと湯気を上げる塩焼きそばを前に、竹ちゃんは「ふん」と鼻を鳴らした。
「いただきますカピ」
「はい。いただきます」
シンプルな塩焼きそばである。強いてコツと言えば、使う茹で中華麺をあらかじめレンジで温めておき、さらにフライパンに入れた時に日本酒を振ることである。こうすると麺が解れやすくなるのだ。
数年前ダイエットを意識して、最初にお汁物もしくはお野菜を口にするのがくせになっている渚沙は、まずきゃべつと人参を重ねて食べる。そして豚肉、中華麺と順にお箸を運んだ。
お野菜と豚肉の甘みがストレートに感じられる。麺は日本酒のお陰もあってもちもちである。塩焼きそばとは言えお塩はそう強くはしておらす、鶏がらスープの旨味がふくよかだ。
あまり味を強くしてしまったら、途中で食べ飽きたり、食べるのがしんどくなってしまう。小鉢ほどの量ならともかく、こうしたワンプレートは少し薄味だろうかと思うぐらいでちょうど良いのだ。
「うむ、なかなかのお味だカピ」
「そら良かったわ」
穏やかな時間が流れる。渚沙と竹ちゃんはゆったりと食事を進めて行った。
・
翌日になり、「さかなし」は営業を始める。渚沙はせっせとたこ焼きを焼き、お客さまに買っていただく。
その間、竹ちゃんは住居エリアでお掃除とお洗濯をしてくれる。本当に恐るべしだと思うのだが、カピ又である竹ちゃんは、人間ができることなら大概できてしまうのだそうだ。
普段は仔カピバラサイズの竹ちゃんだが、サイズを自在に変えられるので、家事をしてくれる時は大きくなるのだ。休日には一緒に家事をするので、その姿を初めて見た時には驚いたものだ。
竹ちゃんが家に来た時、ひとり暮らしをしていた時と同様、家事は全て渚沙がしていた。竹ちゃんはそれを見て、やり方を覚えたと言うのだ。
まさか妖怪とは言え、カピバラが家事なんて芸当ができるだなんて思いもしなかった。だが手伝うと申し出てくれるのなら、ありがたくお願いすることにしたのだ。
お陰で渚沙の生活はかなり楽になった。竹ちゃんはやたらと賢いカピバラだったのである。
そんなわけで家のことは竹ちゃんにお任せし、渚沙は「さかなし」に専念する。
木曜日、平日の今日は週末よりお客さまは少ない。それでもできあがりを置いておかなければお客さまにすぐにお渡しできないので、最低でも最大個数の10個は作っておく。
しかしうまいもので、新しく焼き始めるとお客さまが来てくださったりするのである。中年のふくよかな女性だった。昼前という時間帯的に、お昼ごはんにされるのだろうか。
「8個ちょうだい。焼きたてがええわ」
「今焼いてますんで、少しお待ちいただけたら」
「ほな待つわ。なんや、なんか椅子かなんか無いんかい」
「あ、失礼しました。今出しますね」
渚沙は焼いている最中のたこ焼きの状態を確かめてから、客席の方に行き、補充用の木製の丸椅子をひとつ外に出した。通行人の邪魔にならない様に、お店の外壁に沿わせて置く。
「こちら、使うてください」
「ふん」
女性はお礼を言うことも無く、小さな不機嫌を滲ませながらどっかりとその椅子に腰を降ろした。
こうした傲慢とも言えてしまうお客さまは珍しく無い。大阪という土地柄もあるのだろうか、厚かましいとも言える。
「お客さまは神さまです」なんて言葉が一世風靡した時代もあり、今や定着していると言えるだろう。それを言い出したご本人の本意からひとり立ちし、今やそれを盾に店員さんなどに横柄な態度を取るお客さまもいる。
渚沙がお客の立場になれば「なんやそれ」と思うのだが、こうして店員側の立場になった時、結局は気にしないことがいちばんなのだと解っている。
あまりにも目に余る様なら毅然と対応しなければならないが、これぐらいなら何てこと無い。幸い、今のところ渚沙の堪忍袋の緒が切れたことは無い。できるならこれからもそうであって欲しいと願う。
渚沙は焼き上がりつつあるたこ焼きを、ピックでくるくると回した。
・
15時近く、おやつの時間になるころ。
「まいど」とお顔を見せてくれたのは弘子おばちゃんだった。今日は前面にヒョウの顔がプリントされた迫力のあるチュニックである。
「6個をいつものポン酢マヨでな。食べてくからビールもちょうだい。ドライな」
「はぁい。弘子おばちゃんいつもありがとう。グラス使います?」
「あ、いらんいらん」
弘子おばちゃんは店内に入って行く。焼き上がっているたこ焼きがあるので、渚沙は舟皿に手際良く盛り付け、旭ポン酢を塗ってマヨネーズを掛ける。かつお節と青のりを振って、アサヒスーパードライとともに弘子おばちゃんに運んだ。
「はい、お待ちどうさんです」
「ん、ありがとう」
渚沙はまた鉄板の前に戻る。そこは通りに面しているから外も見えるわけだが、店内に目を配れる様にそちら側も広く開いている。
今は弘子おばちゃんの他にお客さまはいないので、渚沙は横目で店内を見ながらたこ焼きを見て行く。そろそろ新しいのを焼くかと、鉄板にたこの切り身を落とした。
するとその時、店内に「はぁ〜」と大きな溜め息が響いた。
渚沙でも無ければ、上にいる竹ちゃんでも無い。となるとその主は弘子おばちゃんになる。
ついさっきも溜め息が上がったのだが、それは缶ビールを飲んだ時の爽快なものだった。だが今回は、どうにも憂鬱そうな気配が孕んでいる様に思えた。
鉄板は生地を流して天かすと紅生姜を振ったところである。少しぐらいなら放置しても問題無い。渚沙は店内に意識を向けた。
するとまた大きな溜め息をひとつ。心配事でもあるのだろうか。
「なぁ、渚沙ちゃん」
弘子おばちゃんの少し戸惑った様な声が、渚沙の耳に届く。いつも快活な弘子おばちゃんなのに、珍しい。
「はい?」
「紗江子さんてさ、嫁さん、えっと、渚沙ちゃんのお母さんと、仲良かったか?」
紗江子さんとは、渚沙のお祖母ちゃんの名前である。弘子おばちゃんの質問の意図が判らず、渚沙は首を傾げつつも「そうですねぇ」と口を開いた。
「良かった方やと思いますよ。お互いに巧いことやっとったと思いますけど」
「別居やったっけ」
「そうですよ」
「やっぱり同居せぇへん方が良かったんやろか」
弘子おばちゃんはそうぽつりと漏らし、また溜め息を吐いた。