(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<2章第10話>
こんにちは。ご覧くださりありがとうございます( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いします!
たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
2章 渚沙と竹子の出会い
第10話 賑やかな日々へ
茨木童子はすっかり酔っ払って床で寝込んでしまった。渚沙は手早く後片付けをし、温かいほうじ茶を入れて、食後の一息を吐く。
「渚沙ちゃんごめんねぇ〜。茨木は引きずって帰るからねぇ〜」
やはり葛の葉は悪びれずに言う。葛の葉はとてもスタイルが良い。その細腕で男性が運べるのか疑問になるが、きっと妖怪には渚沙が想像も付かない力があるのだろう。
「久々のお酒で羽目を外したのだカピな。情けないカピ」
辛辣な竹ちゃんに、葛の葉は「まぁまぁ〜」と取りなす様に言う。
「しばらく大人しくしとって、ほんまに久々に楽しかったと思うんよ〜。大目に見たってあげたいわぁ〜」
「ま、葛の葉が責任持って連れ帰るのなら良いカピ」
「私には何の責任も無いんやけどね〜」
確かに。だがこのまま放置されても困ってしまう。起きれば大仙陵古墳に帰るだろうが、いくら妖怪とは言え、いや、妖怪だから、ひとつ屋根の下で一夜を明かすのは怖さを感じる。
「葛の葉さん、よろしくお願いします。私じゃどうにもできひんので」
渚沙が丁寧に頭を下げると、葛の葉は「あら」と目を丸くし、次にはころころと笑う。
「大丈夫よぉ〜。ほら、今私と茨木、私の尾っぽで繋がってるでしょ〜。それで引きずれんの。結構便利やねんよ〜尾っぽ」
と言うことは、本当に文字通り引きずって連れて帰ると言うことか。茨木童子は怪我などしないのだろうか。
渚沙がそれを言うと、葛の葉は「知ったこっちゃあれへんわ〜」とまたからからと笑った。渚沙はつい呆気に取られてしまう。
「渚沙、妖怪はこういうものカピ。人間なら心配することも、妖怪には意に介さないことも多いのだカピ。だから渚沙も気にすること無いカピ」
「そうなんや……」
妖怪には妖怪の価値観がある。きっと人間と相入れない部分もあるのだろう。
「それはそうと渚沙ちゃん、あなた、ここでひとり暮らしなのかしら〜」
「そうです」
「寂しくなぁい〜? ほら、私もひとり暮らししてたんやけど、特にねぇ、童子丸と離れ離れになった後は寂しくて〜」
「童子丸?」
「安倍晴明の幼名だカピ。葛の葉は人間との間に子ども、童子丸をもうけたのだカピが、正体がばれて去らなければならなかったのだカピ」
「ああ」
確かに自分の子どもと離されて暮らさなければならないのは、悲しいことだろう。今の渚沙も両親と離れて暮らしているが、これは自立である。事情がまるで違う。
「寂しい、とはあんま思わんですけど、誰かと一緒やったら楽しいなぁて思いますねぇ、今夜みたいに」
すると葛の葉が、妙案を思い付いたと言う様に両手をぽんと打った。
「それやったらねぇ、竹子ちゃんをここに住まわすんはどうかしら〜」
「カピ?」
「へ?」
竹ちゃんの怪訝な声と渚沙の間抜けな声が重なった。
「何でカピか」
竹ちゃんが眉、は無いので目元をしかめて言う。
「だぁって〜、竹子ちゃん、たこ焼き気に入っていたみたいやからぁ〜」
「確かに竹子はたこ焼きが好きだカピが」
「ここに住んだら、毎日食べられるんじゃなぁい〜? ねぇ? 渚沙ちゃん」
「え、そりゃあ、まぁ」
定休日以外は毎日焼くものだし、どうしても売れ残りは出てしまう。竹ちゃんが食べてくれるなら助かるが。
しかし、日々カピバラが見られる、もふれる生活か……。渚沙は想像を膨らます。楽しそうではあるが。
「毎日食べられたら嬉しいカピが、渚沙に迷惑だカピ」
竹ちゃんはそんな殊勝なことを言う。
「私はかまわへんで、竹ちゃん。でもなぁ、ひとつ問題があってなぁ」
「何カピか?」
「サイズやねん。うち、そんな広く無いから、成人っちゅうか、おっきなカピバラやったら暮らしにくいんちゃうかなぁ」
大人のカピバラはなかなかなサイズ感なのである。もちろん大人の人間に比べたら小さい。2本足で歩けるのなら、子どもぐらいだろう。だがカピバラは基本4足歩行だ。大人だと小回りが利きづらそうである。
食べ物商売をしていることもあって、犬や猫など毛が抜けやすい動物の飼育は難しいだろうと思っていた。だがカピバラの毛はしっかりしているので、抜けたとしても分かりやすいのでは無いだろうか。それにイメージではあるのだが、抜けにくそうだ。
「ああ、それなら問題無いカピ」
竹ちゃんがそう言うや否や、みるみるその身体が縮んで行く。渚沙は驚きであんぐりと口を開けてしまう。竹ちゃんはあっと言う間に仔カピバラに変身した。
「ええーーー!?」
渚沙が声を上げると、竹ちゃんはしれっとした表情で2本足で立ち上がった。渚沙は驚かされっぱなしである。
「竹子は妖怪カピ。見た目の年齢を変えることができるのだカピ。これなら小さいカピ」
竹ちゃんはそう言いながら渚沙を見上げる。驚いた。それはもうびっくりしたのだが、途端に別の感情が芽生える。
「……可愛い〜!」
見たものの驚きと感情が綯い交ぜになって、渚沙はどう行動して良いのか分からなくなり、だが竹ちゃんの可愛さに抗えず、思わず力一杯抱き締めてしまった。
「こんなん一緒に暮らしたら絶対癒されるやんめっちゃ可愛いやん何やこれ!」
渚沙があまりのことで一息で言い切ると、竹ちゃんは平然と「ふむ」と頷いた。
「なら、世話になることにするカピか。渚沙もそれで良いカピか?」
「ええ、ええ、全然ええ。これからよろしく、竹ちゃん!」
「ふむ、よろしくカピ」
竹ちゃんの可愛さに押し切られた様な形になったが、こうしてぐっだぐだに渚沙と竹ちゃんの同居が決まったのである。
「ほな、お幸せに〜」
そんな言葉を残し、葛の葉は本当に尾っぽに繋がれた茨木童子を引きずって帰って行った。
ほんまに大丈夫なんかあれ。渚沙はそう思いつつも葛の葉と茨木童子を見送り、竹ちゃんと目を合わせて肩をすくめた。
「竹ちゃんは私との同居、ほんまにええん?」
「良いカピよ。こちらこそよろしくカピ」
「うん。よろしくね!」
賑やか、とは言わないまでも、楽しい日々になりそうだ。渚沙は胸を躍らせた。
そして同居を始めて少しして、竹ちゃんは渚沙の動きを見て家事を覚え、渚沙の仕事中に請け負ってくれることになった。
そして茨木童子と葛の葉が、竹ちゃんがいるからと言う理由で、毎夜入り浸る様になったのである。
静かなひとり暮らしが一転、騒がしい日々に変貌したのであった。