(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<2章第4話>
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たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
2章 渚沙と竹子の出会い
第4話 初めての牛肉
「ほな、焼こか」
実は、住居エリアの冷蔵庫の冷凍室には、冷凍したたこ焼きがいくつか入っている。端的に言うと「さかなし」の売れ残りである。
余った分はその日の渚沙の晩ごはんになる。トッピングを工夫したり、グラタンやチャーハン、スープなどにして食べていたのだが、やはり連日だと飽きて来てしまう。なので食べきれない分は冷凍して、それでも余れば実家に持って行ったりしていた。
それを温めるのも手ではあるが、竹ちゃんの初たこ焼きはぜひ焼きたてほかほかのものにしたい。
数個焼くのにお店の鉄板に火を入れるのは大変なので、家庭用の鉄板を使うことにする。同時に12個焼けるものである。鉄板焼き用のホットプレートの横にカセットコンロを出し、たこ焼き用の鉄板を置いた。
ダイニングテーブルはお祖母ちゃんが使っていた4人掛けのものをそのまま受け継いでいて、それなりの広さがある。年季は入っているが大事に使っているので、まだ充分現役なのである。そこに所狭しと鉄板2台とお肉やお野菜、たこ焼きの材料を置いた。
「これがたこ焼き用の鉄板な。ここに生地とか具材とか入れて、転がしながら焼いて行くねん」
「なるほど、丸い鉄板で焼くから丸いのだカピな」
竹ちゃんは椅子に着いて身体を伸ばし、興味深そうにたこ焼き用の鉄板を眺める。
「うん。竹ちゃん、たこ焼き見たことは?」
「あるカピ。古墳に移った時、他の妖怪が周辺のお散歩に連れて行ってくれたのだカピ。その時に見たのだカピ。けど見ただけで食べなかったのだカピ。お金を持っていないし、何より竹子たちは人間には見えないから、買うことができなかったのだカピ」
「なるほど」
何とも真面目なことである。それこそ見えないのだから、鉄板からひとつふたつくすねても、店員には分からないだろうに。モラルとしてはあまり良く無いのだが。
「ん? 妖怪って他にもおるん?」
「いるカピよ。今やあの古墳は妖怪の巣窟カピ。鬼とか狐とか、いろいろな妖怪がいるカピよ」
「そうなん? そんなことになってんの?」
「なっているカピ。いつか渚沙にも来て欲しいカピ」
「一応人間は、管理してはる宮内庁の人以外は入られへんねんけどな。見つかったらえらいことやわ」
「そうなのカピか?」
「そうなんやで。さてと」
カセットコンロに載せた鉄板が温まったので、油引きで米油を塗り、たこの切り身を入れた。ぱちぱちと爆ぜたところで生地を流し込む。続けて天かすと紅生姜のみじん切り、青ねぎの小口切りを振った。
「生地は小麦粉を、お出汁と山芋と牛乳と卵で溶いて作んねん。他の具材はお店によって違ったりもするけど、たこ焼きやからたこは絶対やし、他のもベーシックな基本のもんやな。変わり種でチーズとかキムチとか入れたりもするけど、お店で売るやつには入れへんわ」
「そうなのだカピね」
たこ焼きが焼けるのを待つ間に、横のホットプレートでお肉と輪切りにした玉ねぎを焼き始める。
「お肉はすぐに焼けるからな〜。塩こしょうしてあるけど、ポン酢付ける? 焼肉のたれもあるで」
「おすすめは何カピか?」
「大阪はポン酢や! て言いたいとこやけどな、好みやな。どっちも出してるで」
ポン酢もいろいろ使い勝手が良いのだが、焼肉のたれもお役立ちである。お肉や野菜炒めなどをする時に、一発で味が決まるのである。
ポン酢と焼肉のたれそれぞれを小皿に適量入れた。竹ちゃんはさすがにお箸やフォークなどが使えないので、渚沙が焼きあがったお肉などをたれに付けて、竹ちゃんの前に置いた小皿に入れてあげることにした。
やがてお肉が焼きあがる。渚沙は竹ちゃんの小皿にポン酢付けたもの、焼肉のたれを付けたものをそれぞれ置いた。
「これが、牛の肉なのだカピな。良い匂いだカピ」
「牛肉も初めて?」
「そうカピ。丘にいたころはペレットや草、竹などをもらっていたカピ。古墳では草や木の実などを食べていたカピ」
「基本草食か。そらそうやな。それやったら牛肉とか、ほんまに大丈夫?」
「大丈夫カピ。ねずみなども食べていたカピ」
「共食いや!」
渚沙はあまりの衝撃で思わず突っ込んでしまう。
「弱肉強食だカピ。カピバラはげっ歯類の頂点なのだカピ。それに加えて竹子は妖怪なのだカピ。最強カピ」
竹ちゃんは涼しい顔で応える。げっ歯類ヒエラルキーは分からないが、竹ちゃんが言うのならそうなのだろう。
竹ちゃんはまず、ポン酢を付けた焼肉にかぶり付く。大きな前歯を使って、器用に手繰り寄せた。
「……これは、美味しいカピ! ねずみとは比べものにならないカピ!」
竹ちゃんのつぶらな目が輝いている。竹ちゃんは続けて焼肉のたれの焼肉を食べる。
「こちらも良いカピ! 牛肉とは、こんなに美味しいものだったのだカピな」
「お気に召してくれたみたいで良かったわ」
牛肉の美味しさは、好きな人にとっては言わずもがなである。だがもちろん万人が好きなわけでは無い。竹ちゃんに気に入ってもらえて、渚沙は安心して顔を綻ばせた。
「渚沙、まだお肉が食べたいカピ。たこ焼きはまだカピか?」
「たこ焼きはもうちょっと。それまでお肉食べてて〜」
「望むところカピ。竹子はポン酢のが特に好きだカピ」
「お、さすが大阪のカピバラ。分かってるや〜ん」
渚沙はおどけて言いながら、また焼きあがった焼肉にポン酢を付けた。
「はい、どうぞ」
「うむカピ」
竹ちゃんは渚沙が小皿に置いたお肉を、また満足げな表情で頬張った。