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割安株を探せ!

割安株を探せ! 日産自動車


 7月31日の「唐突な」日銀の利上げと8月2日の米雇用統計を受けたFRBの利下げ開始示唆により、世界で積みあがっていた円キャリートレードが一気に巻き戻され、先週月曜日(8月5日)にはドル円が一時1ドル=141.66円、日経平均が史上最大の下げ幅となる4451円安の31458円、NYダウも1033ドル安の38703ドルとなった。

 その時点で、ドル円は37年半ぶりの円安となった7月3日の一時1ドル=161.95円から20.69円(12.53%)の反発、日経平均は史上最高値(終値、以下同じ)となった7月11日の42224円から10766円(25.49%)の急落、NYダウも同じく史上最高値となった7月17日の41198ドルから2495ドル(6.06%)の下落となった。

 さすがに先週末(8月9日)には、ドル円がNY終値で1ドル=146.57円、日経平均が35025円、NYダウが39497ドルと「回復」しているが、まだまだボラティリティは拡大したままである。元凶となった円キャリートレードはレバレッジ分がほとんど解消(ロスカット)されたが、長年かけて積みあがったコアのポジションはまだ半分程度は残っており、ここからさらなる解消に向かうか新たな積み増しに動くかを見極める必要がある。ポイントは日米経済の先行き比較に移っているはずである。

 とくに下落幅の大きかった日本の株式市場では個別銘柄の株価も大きく変動しているが、ここで改めて投資すべき「割安株」が出現しているかもしれない。「割安株」と言っても、割高だった株価が急落して割安になっているケースと、もともと割安だった株価が急落で「さらに割安」となっているケースがある。

 ここでは後者を中心に何社か取り上げていく。これらの株価はもともと割安に放置される理由があったところから「さらに」状況が悪化しているケースばかりであるが、そこを勘案しても投資できる水準に近づいているかどうかの判断となる。

 今回はその1回目として日産自動車を取り上げる。確かに「いくら何でもそれ(日産自動車)はダメだろう」と考えられていると思うが、いくつかの条件付きで「投資できる」と考えているからである。

 日産自動車は2024年度に入ってから「結構重要なニュース」を2つ発表している。どちらも日産自動車の「足元の問題点」が現れているため、別々に詳しく解説する必要がある。まずここから順番に始める。


その1 日産自動車の「足元の問題点」 2024年4~6月期決算は前年同期比99%減益


 2つの「結構重大なニュース」の1つ目である。

 日産自動車は7月25日に2024年4~6月期の営業利益が前年同期比99.2%減の9億9500万円となり、それを受けて2025年3月期の営業利益予想を当初の6000億円から5000億円に1000億円に引き下げると発表した。

 もともと日産自動車の2024年3月期は、売上高が前年度比19.7%増の12兆6857億円、営業利益が同50.8%増の5687億円、純利益が同92.3%増の4266億円と、一見「好調」に見えていた。主に円安加速による大幅増益である。

 同じ2024年3月期におけるトヨタ自動車(以下、トヨタ)は、売上高が前年度比21.4%増の45兆953億円、営業利益が同96.4%増の5兆3529億円、純利益が同101.9%増の4兆9449億円であり、本田技研工業(以下、ホンダ)は、売上高が同20.8%増の20兆4288億円、営業利益が同77.0%増の1兆3819億円、純利益が同70.0%増の1兆1071億円となっていた。

 単純計算した売上高営業利益率だけで比較しても、日産自動車の4.48%に対して、トヨタは11.87%、ホンダが6.76%と大きな差がある。同じように「円安メリット」を享受したはずの2024年3月期の業績比較である。

 2025年3月期の日産自動車の予想営業利益は、通期平均のドル円を前年度から10円の円安である1ドル=155円として6000億円だったが、トヨタは1ドル=145円と前年度から据え置いて4兆3000億円、ホンダも同じく1ドル=140円に据え置いて1兆4200億円と、「ますます」差が拡大している。

 そこへ7月25日に日産自動車の2024年4~6月期速報(営業利益が前年同期比99.2%減)と2025年3月期の業績予想の下方修正(営業利益予想を6000億円から5000億円、純利益予想を3800億円から3000億円)が発表された。

 この7月25日のドル円は1ドル=153円台まで円安が修正されていたが、もちろん通期平均が1ドル=155円のまま予想している。

 オンライン記者会見した日産自動車の内田誠社長は業績悪化の要因として「米国での販売不振で在庫が増加したため、古いモデルで高いインセンティブ(販売奨励金)が必要となったから」と説明している。

 確かに同日公表された資料によると、2024年4~6月期における北米の販売台数は前年同期の328万台から323万台に「微減」となっているが、主に販売奨励金と思われる「販売パフォーマンス」は前年同期比1104億円悪化している。実数字は発表されていないが、主に販売奨励金を前年同期比1104億円「余計に」支払ったということである。

 販売奨励金は北米だけで支払われているわけではないが、日産自動車は販売奨励金を「そのまま」販売価格から差し引いて売上計上しているはずである。ところが日産自動車全体の2024年4~6月期売上高は(北米だけの数字は発表されていない)前年同期の2兆9177億円から2兆9984億円へ807億円増加しており(繰り返すが販売奨励金は売上高から差し引かれているはずである)、それで営業利益が前年同期の1286億円から10億円(正確には9億9500万円)と1276億円も減っている。どう考えても辻褄が合わない。

 「ここだけ」見ても内田社長の7月25日の説明は「嘘っぱち」で、日産自動車は2024年4~6月期において「何か表に出せていなかった損失」を販売奨励金の増加額として「ギリギリ営業赤字にならない程度の1104億円」をコスト計上して営業利益を「削った」はずである。

 だから2025年3月期の通期営業利益予想も1000億円引き下げ、わざわざ決算短信発表前に公表した。「これで終わりか?」と聞かれても分からない。

 ここまで書くと、今回の記事は日産自動車を「割安株」候補としてではなく、不明朗な決算処理を追及しているのか?と言われそうであるが、日産自動車としては「この程度」なら可愛いもので、大騒ぎするつもりもない。

 ただ日産自動車は2025年3月期のドル円の期中平均を1ドル=155円として(ユーロ等も同程度に修正して)通期予想を立てているため、残り8か月が現在の1ドル=145円程度が続くなら為替だけで数千億円の減益要因となる。つまり通期で赤字転落する事態まで想定して「割安株」であるかどうかを、ここから判断することになる。


その2 日産自動車の「足元の問題点」 ホンダとの協業について


 2つの「結構重大なニュース」の2つ目である。

 日産自動車とホンダは2024年3月25日に「自動車の知能化・電動化に向けた戦略的パートナーシップの検討開始に関する覚書」を締結したと唐突に発表していたが、その後も両社の足並みが揃っているようには見えなかった。

 それが8月1日になって、この戦略的パートナーシップを深化させ次世代SDVプラットフォームの基礎的要素技術の共同研究契約を締結したと発表した。SDVとは車と外部の双方向通信機能を使って車を制御するシステムのことであるが、依然として全体図が曖昧で、両社の「温度差」も「思惑の違い」も残ったままである。

 さらに同じ8月1日、この両社に三菱自動車が加わるとも発表されている。もともと三菱自動車は度重なるリコール隠し発覚で三菱グループから追放されそうになり、まだ拡大一辺倒だったゴーン時代の日産自動車が2016年10月に2373億円出資して34%の筆頭株主となり連結子会社化していた。しかしゴーン追放後は「ほとんど」放置状態となっていた。

 要するに日本の自動車業界は、トヨタが連結子会社のダイハツと日野自動車、それに資本提携先のいすず、スズキ、マツダ、SUBARUを加えて全世界で1600万台体制となっている。そこで日産自動車も取り残されないよう「唯一残っていた」ホンダに接近しただけであるが、それでも三菱自動車も合わせて全世界で800万台体制となり、国内自動車業界は「2大グループ」に集約されたと見せかけられなくもない。

 それに日産自動車もホンダもEVに出遅れているが、先行するテスラやBYDなど新興勢力に対抗するためには巨額の設備投資や研究開発費が必要となる。ここでもホンダと費用分担すれば負担軽減できると考えただけである。トヨタにはHV(ハイブリッド車)を中心に据える明確なEV戦略(対策)がある。

 つまりこれら日産自動車の行動は戦略的でも何でもなく、当然にすぐに業績に反映されるわけでもなく、(後からまとめて検証するが)発表後の株価は下落している。

 しかし日産自動車のEVをめぐる事情は、もっと複雑である。もともと日産自動車は2010年から「リーフ」を発売するなど、決してEVに出遅れていたわけではなく、EV関連特許も豊富に保有している。ただ拡大一辺倒のゴーンは当時EVに興味を示さず、日産自動車のEV事業も拡大することはなかった。

 また日産自動車はルノーからEV子会社「アンペア」に巨額出資を求められていたが、日産自動車が「アンペア」に出資すれば日産自動車が所有するEV関連特許も「株主として」提供を求められる。ところが日産自動車は「アンペア」に対しては称す株主でしかないため、「アンペア」に対する出資も特許提供も経済安全保障上のリスクでしかない。

 しかし同志社大学神学部卒で「神父様のように(とくにルノーに)慈悲深い」内田誠社長は2023年7月に6億ユーロ(1000億円)も「アンペア」に出資すると決めてしまう。後に三菱自動車も2億ユーロ出資すると決めるが、共にEVに関して何の恩恵も受けておらず全くの「死に金」であり、今回のようなEV関連への「新たな投資」が必要となる。

 ところでこの「神父様にように慈悲深い」内田誠社長は、スカウトされたわけではないが2003年に37歳で日産自動車に途中入社している。ゴーンCEO(当時)が特別背任等で2018年11月に逮捕されて辞任し、後任CEOとなった西川(さいかわ)もストックオプション行使の不正発覚で2019年9月に辞任した直後に社長に指名されている。前評判では有力候補者の中では最も指名の可能性が低かったが、温厚な(だけの)性格が評価されたのかも知れない。

 この指名も「いかにも」日産自動車らしいが、実際に内田社長となってもリーダーシップを発揮しているとも経営センスがあるとも言い難い。神父様としてなら優れているかどうかは分からないが、それは企業トップに必要な資質ではない。

 実際に内田社長就任後の日産自動車の最終損益は、ゴーン時代の無謀な拡大路線のツケにコロナ蔓延が重なったこともあるが2020年3月期が6712億円、2021年3月期が4486億円の巨額損失となった。そこから回復するも2022年3月期が2155億円、2023年3月期が2219億円の純利益でしかなく、2023年3月期に「やっと」4266億円の純利益となっていた。

 ところが内田社長は2023年3月期の株主総会を控えた2023年5月、執行役No2のグプタCOOと指名委員会委員長の豊田正和・筆頭独立社外取締役を退任させて実質ワントップ体制としてしまった。途中入社の内田社長も日産自動車の「伝統」である社内抗争は結構お得意だったようである。

 ここで通産省出身の豊田社外取締役は、ルノーのEV子会社「アンペア」への出資とEV特許の提供に最も強硬に反対していたため、とくにルノーの「言いなり」である内田社長が豊田社外取締役を退任させてまで「アンペア」への出資を強行したことになる。肝心のEV関連特許の提供は「うやむや」になったままである。

 これに関連して岸田首相も、性的少数者への批判発言があったとして(たったそれだけの理由で)通産省から出向していた新井勝喜・首相秘書官を2023年2月に更迭しているが、この新井秘書官こそ岸田首相に最も真剣に日産自動車の「アンペア」への出資とEV関連特許の提供に警鐘を鳴らしていた。

 岸田首相は2023年5月に訪仏してマクロン大統領と面会しているが、この件を持ち出した形跡はなく、日産自動車は(内田社長は)「アンペア」への出資を強行してしまった。

 ここまでくれば内田社長も「慈悲深い」では済まされず、岸田首相と同罪で日本の安全保障上の脅威を取り除くどころか、増幅させていたことになる。

 ここで日産自動車が割安株として「投資すべき」であるかどうかの判断には、間違いなくこの内田体制の「迷走」がマイナスなるが、そこは日産自動車の「伝統」である社内抗争で自然に淘汰される可能性もある。つまり現在の内田体制も盤石ではないため投資判断には致命的マイナスとはならない。


その3 日産自動車とルノーの「黒歴史」


 やはり避けて通れず今後の展開にも関連するため、簡単に振り返っておく。

 バブル時代の無謀な拡大戦略のツケに「伝統」の社内抗争激化が重なり、日産自動車は1999年には破綻寸前となり必死に救済先を探していた。当時は公的資金による一時国有化といった発想はなく、金融機関そのものの経営破綻も続いており日産自動車まで救済する余裕などなかった。 

 ぎりぎりのタイミングでルノーによる救済が決定し、ルノーは1999年3月の第三者割当増資の14億6425万株(1株=400円で5857億円)と2002年3月の新株予約権行使の5億3975万株(同じ1株=400円で2159億円)、合計で20億400万株(8016億円)を日産自動車に出資して44.37%の筆頭株主となり、連結子会社とする。

 実は当時のルノーに資金的な余裕はほとんどなく、大株主のフランス政府も巻き込んだ「大々的な資金回収を含む搾取計画」が実行に移され、その先兵としてカルロス・ゴーンが送り込まれる。 

 当時の日産自動車の経営トップだった塙義一はルノーだけが自身のトップ残留を約束していたため、はるかに有利な条件を提示するも経営陣の総退陣を条件にしていたGMなどの対抗案をすべて拒否してしまった。

 だいたいアフリカなどの植民地から搾取を重ねて発展してきたフランスに頼るからこういうことになる。同様に移民の子でこれ以上の出世の見込みがなかったゴーンも、生き残りをかけて猛烈に資金回収と搾取を進める。2001年に塙はそんなゴーンに日産自動車社長兼CEOを譲るが、自分はしっかり代表取締役会長となり残留する。その後のゴーンも資金回収と搾取を続けてルノーに大いに貢献したため2005年にはルノーの社長兼CEOも兼任する「異例の出世」となる。

 ゴーンは具体的には日産自動車の工場、設備、関係会社株式など「手あたり次第」に売却してルノーのタンジール工場(モロッコ)建設やロシア最大の自動車メーカーであるアフトヴァズ買収などの資金を分担させ、日産自動車の生産設備、研究開発機能、知的財産を好き勝手にルノーのために使い、また高額配当、(キャッシュフローは伴わないが)連結利益、ゴーン自身への巨額報酬などを吸い上げ続ける。

 またルノーは2019年までに受取配当だけで出資した8016億円以上を回収しているが、そのうち2002年の新株予約権行使で払い込んだ2159億円はすぐに全額以上を吸い上げてルノー株式の15%を1株=50ユーロで取得させている。日産自動車は大株主であるルノー株式を取得しても議決権はなく、ルノーの株価はリーマンショック後に一時12ユーロ台まで急落して大幅な評価損計上となっただけである。ルノーは日産自動車がいなければリーマンショックを乗り切れなかったはずである。

 さてそんなゴーンも「いささか」やりすぎたため、そのゴーンに取り立ててもらっていた西川(さいかわ)らがゴーンを特別背任で東京地検特捜部に告発する。東京地検特捜部はより立件が容易な金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)でゴーンと代表取締役だったケリーを2018年11月の来日時に逮捕する。

 その時点のゴーンは「めったに」日産自動車に出社せず、また日産自動車からの高額報酬の半分はルノー本社に隠していた。その処理を巡って有価証券報告の虚偽記載を主導したとして逮捕されたことになる。当初はゴーンを擁護していたルノー本社も、不正があったとしてゴーンを解雇・告発している。

 ゴーンは日本で逮捕・保釈を繰り返していたが、公判開始前の2019年の年末にレバノンに逃亡したままである。フランス政府は遠慮なくゴーンを国際手配し、フランス内外の個人資産を差し押さえている。移民の子の運命である。


その4 やむを得ず日産自動車株式の売却に踏み切ったルノー


 ところでそのころのルノーも日産自動車と同じでゴーンの無謀な拡大戦略のツケにコロナショックや日産自動車の連結赤字が加わり、2020年12月期に80億ユーロ(当時の為替で約1兆円)もの巨額赤字となり、50億ユーロの政府保証付き緊急融資で破綻を免れる。ルノーの株価も再び20ユーロを割り込む(現在は40ユーロ前後である)。

 ここに至りルノーは日産自動車に見切りをつけ、また政府保証融資の条件としてEVへの巨額投資を約束させられていたが資金もないため、やむを得ず日産自動車株の売却に踏み切る。日産自動車にも「ようやく」ルノーの搾取から逃れられる可能性が出てきた。

 かといってルノーも日産自動車に対する支配権(有形・無形のメリット)は出来るだけ確保しておきたい。またかねてより日産自動車に要求していたEV子会社「アンペア」への巨額出資もEV関連特許の提供も仕上げておきたい。

 一方で日産自動車も「今度こそ」ルノーに対して強い立場で交渉に臨めるはずであるが、そこでも「神父様のように(とくにルノーに対して)慈悲深い」内田社長はいつものように「言いなり」で、先述のように「アンペア」へ6億ユーロも出資してしまう。

 ルノーと日産自動車は2023年7月26日に資本関係の修正に関する最終合意に達したと発表する。それによるとルノーと日産自動車は相互の株式を15%ずつ保有するが、ルノーは日産自動車が自社株買いなどで発行済株数が減少するたびに持ち株比率を43.4%で維持するよう市場で売却しており、その時点で日産自動車株式を18億3183万株保有していた。当初20億400万株だったため、ここでもルノーは「結構な」資金回収と売却益計上が出来ていたことになる。

 またその時点の日産自動車の発行済み株数は42億2071万株で、自社株は少ないので無視するとルノーの持ち株比率は43.40%となる。そこでルノーに15%となる6億3310万株だけ残して28.4%となる11億9873万株をフランスの信託会社に信託して順次売却することになった。

 この時点で日産自動車はルノーの連結子会社ではなくなり、日産自動車が保有するルノー株式に議決権が発生しているはずである。

 ここで重要なポイントは、信託されてまだ売却されていない日産自動車株式の配当はルノーに帰属し、その議決権は日産自動車取締役の選任・解任に関してだけはルノーに帰属することである。それ以外の議決権は信託会社に帰属するが、ルノーの意向に反するとも思えないため結局はこれまでと「あまり」変わらないことになる。

 さらに重要なポイントは、信託された日産自動車株式の売却指示はルノー「だけ」が行い、日産自動車はその株式に対して「最優先」で買い取る権利はあるが、買い取らなかった場合はその売却先については拒否できず、また事前に売却候補先を知ることもできない。ここはもう少し何とかしておくべきだったが、後の祭りである。

 これでは日産自動車が売却される株式を「すべて」買い取るしかない。そうでないと「ある日突然に」中国系企業やアクティビストが大株主として登場し、日産自動車の経営体制や経済安全保障上にも大きな脅威が残るからである。

 さらに日産自動車は買い取った日産自動車株式を「即座に全株」消却することを約束しているはずである。実際に日産自動車は信託された株式から2023年12月13日に2億1100万株を568.5円(総額1199億5350万円)で買い取り、同15日に全株消却し、2024年4月1日に1億24万株を593.40円(総額594億8400万円)で買い取り、同3日に全株消却して発行済み株数が現在の39億947万株となっている。

 日産自動車は買い取った株式をそのまま自己株として保有し、将来的に株式交換によるM&A等に利用することも出来ないことになる。

 現時点で信託されている日産自動車株式は8億8748万株となっているが、それではこの株数だけ買い取れば「完了」であるかと言えば、そうはならない。消却で発行済み株数も減るため、ルノーが保有する6億3310万株の持ち株比率が15%を越えてしまうからである。

 あくまでも計算上であるが、最終的に日産自動車はここから信託会社保有分の全株である8億8748万株とルノー保有分から2億1154万株の合計10億9902万株を買い取り、全株を消却すれば、発行済み株数が28億1044万株となり、ルノーが保有する4億2156万株が15%になる。

 それでは仮にこの10億9902万株の全株をいっぺんに買い取って、全株を消却したら、そこからの日産自動車に対する市場の評価は変わるのか?

 とりあえずルノーがこの下落している現在の株価近辺で売却に応じる可能性や、日産自動車が買い取り資金をどうするかなどは「後回し」にして、その効果だけ考えてみる。 

 ルノーは1999年~2002年に日産自動車に出資した8016億円の全額以上を配当で回収しており、また出資時の資金全額は三菱UFJ銀行パリ支店などから円資金で借り入れているため為替損益は発生していない。金利もこの期間の円資金ならそれほど高くなかったはずである。


その5 結局のところ日産自動車は「割安株」で投資すべきなのか?


 長々と書いてきたが、そろそろ結論としたい。

 2023年12月末の日産自動車の株価(終値、以下同じ)は554円、2024年の高値が3月22日の642円、日経平均が史上最高値となった7月11日が562円、2024年4~6月期の大幅減益を発表した7月25日の翌日の26日が466円、ホンダとの業務提携を発表した8月1日の翌日の2日が442円、日経平均が最大の急落となった8月5日が378円、先週末の8月9日が410円である。

 昨年末からの下落率が26.0%となる。外部環境がどうであれ、また何を発表しても日産自動車の株価は下落している。実は同期間にトヨタの株価も7.4%下落しており、ホンダの株価も3.1%下落しているが、日産自動車の株価下落率は「突出」している。

 先週末(8月9日)時点の日産自動車の時価総額は1兆6036億円で、予想収益はアテにならないが一応7月25日に修正した純利益の3000億円で計算した予想PERは5.34倍、3月現在の純資産の6兆4705億円で計算したPBRは0.25倍、予想配当率は25円配当として6.09%になる。

 これだけ見れば「非常に割安」となるが、少なくとも株式市場は「割安であるが投資すべきではない」と評価していることになる。ここまで長々と書いてきたように日産自動車の足元の状況は2025年3月期が最終赤字になりそうだとしても、それほど致命的な悪材料は残っていないはずである。

 それでも日産自動車は割安で投資すべきとはならない。

 2023年7月にルノーと合意した資本関係の見直しにより「これからどんどん日産自動車株が市場で売りに出される」との警戒が強いこともあるが、これも見てきたように必ず日産自動車が買い取ることになるため市場で売却されるわけでもない。

 それでは日産自動車が残る10億9902億株をいっぺんにルノーと信託会社から買い取れば、どうなるのか?

 今度こそ日産自動車がルノーの呪縛から完全に逃れることになり、日産自動車の経営陣が「初めて」強いメッセージを市場に見せたことになり、また発行済み株数も大幅に減って28億1044万株になるため1株当たりの純資産も配当も大幅に上がることになる。何よりもルノーと信託会社が保有する日産自動車が市場で売却される可能性も無くなるため、今度こそ日産自動車に対する市場の評価は一変するはずである。

 それでもルノーがこの水準の株価で応じるかは不明で、また日産自動車がその資金を調達できるかも不明で、仮にいっぺんに買い取るとなればTOBが必要となりルノーの株式だけ買い取れるわけではないが、そこはどうする?

 気にせずに「ルノーに対して残る株数の10億9902万株をいっぺんに買い取る交渉を始めた」とだけ公表するだけで市場の日産自動車に対する評価が一変し、今度こそ日産自動車は「とんでもなく」割安で投資すべきとなる。

 日産自動車にとっても、それが最大の株価対策となるはずで、また実際にも最も効果のある投資となるはずである。買い取り資金の調達についは複数の金融機関と交渉を始める予定であるとか、買い取ったら全株を消却する予定であるとか、実際にはTOBの手続きが必要であるくらい付け加えておけば十分である。

 もちろん虚偽開示にならないよう、実際にルノーや金融機関と交渉を始めておく必要はあるが、始めるだけでよい。そうすると市場が勝手にTOB価格を予想して株価も上昇するはずである。

 実際問題としてTOBとなれば市場平均のプレミアムを加える必要があるため、1株=500円あたりが妥当なところで、実際にこれまで日産自動車が買い取った株価は568.5円と593.4円だった。残りをいっぺんに買い取るなら1株=500円程度でもEVで資金が必要なルノーは応じると感じる。だったら必要資金は5495億円となるが、TOB資金なら融資に応じる金融機関もあるはずである。かもしれない。

 ただ間違ってもハゲタカと協力してはならない。あくまでも日産自動車だけで決断して完結させる覚悟が必要である。日産自動車の株主総会は6月25日に開催されており、依然としてルノー側から(10名のうち)4名が取締役に選任されているが、ルノーが取締役会で反対する立場でもない(スナール会長などルノーに籍のある取締役は決議に参加できないはずである)。

 それでは実際に1株=500円で全株買い取り消却できたとして日産自動車の財務状況等はどう変化するのか?

 発行済み株数が28億1044万株となり、仮に株価も500円になるなら時価総額は1兆4052億円である。日産自動車の2025年3月期は赤字になったとしても、2024年3月末現在の純資産の6兆4705億円からTOBに必要な5495億円増加したとして(その他はそんなに劣化していないはずである)5兆9210億円となり、PBRは依然として0.23倍である。

 繰り返しであるが日産自動車がその覚悟をもって準備を始めるだけでよい。「神父様のように慈悲深い」内田社長が決断できないなら(ルノーの関与が無くなれば最大の後ろ盾を失うため決断できないと思うが)、それこそ日産自動車の「伝統」である社内抗争が始まり自然に現執行部が淘汰されるかもしれない。少なくとも内田体制より「まともな」経営体制となるはずである。

 長々と書いてしまったが、その決断ができれば(決断ができる執行部となれば)今度こそ日産自動車は「とんでもなく」割安で投資すべきとなる。