大人だけれど
充分に大人と言われる年齢だけど未だにわからないことばかり。
こんな小道で一人しゃがんで途方に暮れているような。
よくそんな気分になる。
とある落語会の感想をツイッターに上げた。
落語の中で歌が歌われて、それに手拍子をする客が一名。
新作落語だから歌詞も面白いわけで、手拍子されたら聞こえなくなる。
同調して手拍子する人が現れるかと案じたが、その会場のお客様は充分に心得ていて誰も続かなかったと。
前にも書いたけど、落語の最中に笑いながら拍手バンバンするのも落語家の声や間を遮ってとても嫌だとも書いた。
私が思うところの落語会におけるマナーを正直に綴った。
すると落語初めての人に言われた。
「古参ぶって新しい人には来るなと言わんばかりの意見だ」と。
「あなたの意見を当の落語家の師匠が拝見したらどう思うかですね」と。
いや師匠なら〝拝見〟じゃなく〝ご覧になる〟だろう。
尊敬語と謙譲語の区別もつかない奴に言われたかねえ!
……とは言わなかったけれど。
「ご不快に思われたなら申し訳ありませんでした」
と謝る程度には大人だよ私は。
でもさ。
ああいう小道で途方に暮れてしまうのだよ私は。
言っちゃいけないわけ?
そういうことは?
別にあんたに落語会に来るなと言ったわけじゃない。
勝手に過剰反応して突っかからないで欲しい。
尊敬語と謙譲語の区別もつかないくせに。
(しつこいな)
何かもう子供の頃から「そんなこと言わなくても」と母親に眉をひそめられたことを思い出す。
でも母親は自分では言えないことを、子供が言うのを待っていた。
そうして、善人ぶって子供を叱る。
いい面の皮の子供が私。
〝ダブルバインド〟とか一言で片付けちゃうと、面白くも何ともない。
一人で言揚げする者に周りはここぞと尻馬に乗る。
けれど、空気が変われば袋叩きにする。
現実にそんな被害の記憶はないけれど、ない記憶を怖れるのだよ。
〝ほっちっち 赤の他人じゃ ほっちっち〟
田辺聖子さんの本で知った歌である。
私は関東の生まれ育ちだから、この関西のわらべ歌はリズムもフレーズも全く知らない。
でもとても身に染みるのだ。
歌ってみたいよ。
こういうことがあると特にね。