待合室にて
「白内障の手術をしたらまあ、よく見えるようになって。
そうしたら家の中の汚れが気になってねえ」
「そうなのよ。壁のスイッチのところなんて手垢で真っ黒!
今までは見えてなかったのよね」
「そうそう。私もお家に帰ってすぐお掃除をしたわよ」
「年寄りの家が汚いって言うのは、それなのよね。見えないんだもの」
近所の眼科の待合室で老マダム二人が話している。
たまたま長椅子に隣合って座った見知らぬ患者同士らしい。
私はといえば、大病院での白内障手術が終わって一ヶ月経過。
かかりつけの眼科に予後検診に行っていた。
老マダムの会話をはたで聞いていた私も、内心激しく頷いた。
白内障の手術から帰るなり私が何をしたかって。
茶渋で汚れたシンクをメラミンスポンジで磨くことだった。
そもそも手術前にこういう患者の経験談を聞きたかったよ。
よく患者の会ってあるじゃない。
患者の会とか自助グループとか。
そういう所で先に手術経験者の話を聞いていれば。
もっと気楽に手術も受けられたのに。
いや既に白内障患者の会とか、あるのかな?
さすがに私も子宮筋腫の時は調べましたよ。
入院して全身麻酔の手術だったから。
あれこれ本を読んだりネットで経験談を探したりしたけれど。
白内障だとねえ。
まず目が不自由だから。
文字情報の収集はやる気にもなれなかった。
まして全身麻酔の手術でもない。
部分麻酔の日帰り手術だもんね。
つい、ろくに調べずに手術に臨んだけれど。
前もってこういう情報があればもっと安心できただろうなあ。
と思いながら聞いていた。
老マダムたちの話は続く。
「眼科はいつも混むのよ。三時間ぐらい当たり前」
「でも先生も一生懸命やってらっしゃるのよね」
そうなんだよねえ。
何で眼科はこんなにも混むのか?
人類の全てが老眼になるからだ。
他の病気は人類全員が罹るわけじゃない。
けれど老眼や白内障は人類の殆どが罹る。
患者に対する医師の絶対数が不足している。
そうに違いない。
なんてことを考えながら眼底検査を待つ。
目薬を差され、瞳孔が開いて行く。
検査が終わり帰る頃には、世の中は真っ白に光っているのだった。
どっとはらい。
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